上 下
15 / 85

自らの手を血で汚した現実と戦う

しおりを挟む
迫りくるゴブリンども、メイスを手に取り、振るう、でも相手は倒れない。敵の攻撃が来る、スモールシールドで何とか受け流す。その応酬を繰り返す。耳障りな声は嫌でも聞こえてくる。

倒れて、倒れて、倒れて、その心の声が自分の中で激しいほど聞こえてくる。でも、敵はなかなか倒れてくれない。

メイスに付くのは赤い液体と柔らかさと何か固い物を殴った感触だけ。自分の願いは遠くに聞こえる。だが、何かに引っかかる。それに足を取られ地面に横たわる。

そこに数多くのゴブリンが群がるーーーーーー

『あああああああああぁぁぁぁ!』

はぁっはぁっはぁっ、あ、あは、あはっ、夢、ゆめ、ユメ、だったか…。ここはピュアブリングのコテージの中のベッドだ。私達はダンジョンから宝を持ち帰り生還した。そのはずだ。これが夢でないことを体に手を這わせて確かめる。べっとりと汗をかいていた。

うん、ちゃんと感触はある。頬をつねれば痛みがある。現実に間違いない。

ライザという私自身をちゃんと認識できる。よく見たらラグリンネもエトナも同じようなことをしていた。

「起こしてしまったんだ」

あれだけの悲鳴だ。起きないほうがおかしいだろう。

「ううん。私もあまり寝付けなかった」

「酷く生々しい感触が頭から消えなくて」

「うん、そうだよね」

みんなほぼ同じ夢を見たようだ。

「ダンジョンもひどかったけど」

「最後の帰り道、ね。あれが本当に堪えた」

「彼がいなかったら私達は今頃…」

そう、本当にどうなっていたか分からなかった。それぐらい濃厚で残酷な日だった。

ゴブリンとの戦闘で必死になってメイスを振るい生々しい感触と命を殺めるという難しいこと、私たちが思い描いていた現実は跡形も無くなりただただ生き残るのに必死であった。

そこまでだったらまだ夢を諦められずにいただろう。宝を手に入れた帰り道に全てが崩れ去った。

『背教者』

秩序を乱すことを好む乱暴者たち。信仰する者にとって最大の敵である彼らと出会った。私達はそれを見抜けずうかつに事実を語り彼らは本性を現した。魔術による攻撃での無力化、その魔の手が私達に届こうとした直前ーーーーピュアブリングが助けてくれた。

「冒険者でも落ちぶれ堕落すればああなるのですね」

彼らの魔の手でどれほどの人々が汚されたのだろうか。それを考えれば今でも怒りが収まらない。今奴らは冥府へ渡っているだろう、その罪の清算のために。

「小腹が空きましたね」

1階にはチーズやら蜂蜜酒やらがあったことを思い出しそれで気を紛らわすことにした。3人とも同じようだ。降りると彼がいた。1階から明かりが漏れている

「ん。どうしたの」

明かりの下で何かをしていた。どうやら剣を磨いているらしい。かなりの敵を切ったのでそれが必要なのだと判断したのだろう。

「眠れないのなら気を晴らす強めの酒があるよ」

こちらが寝付けないのを見て取り勧めてくれるのはありがたいが。

「少しお話しませんか」

悩みを打ち明けたい。私たちの表情から彼はそれが優先的に必要なことだと感じたのだろう、研ぎ台から離れて私たちの近くに座ってくれた。

「どのあたりからがいい」

「出会った直後から」

あの時はまだ互いを知らなかった。何も知らないくせにマナストーンはどうにかすれば手にれられるだろうと甘い考えをもっていた。無知と無力なくせに無意味な自信と保証のない状況に焦っていた。その後色々あってダンジョンまで来たが現実は残酷だった。何かを倒すという意思を明確にして戦うということはどれほどの苦労を伴うかを思い知らされた。以前ゴブリンらを追い払ったので容易いことだと高をくくったがそんなものは程度の低いまぐれでしかないこと。

奥に入り明確な犠牲者がいてそれを助けたのも彼であり私達はささやかな援護しかできないこと、その後の殺しに大変苦労し持久の水薬を飲みながら行ったこと。犠牲者を連れて外に出てお日様の温かさと殺し合いの醜さと感触を己の手に残りその証拠に血で濡れたメイスを持っていたこと

最後に、背教者どもに対しての粛清。本当に色々なことがあった。こんなことは誰からも教えてもらってなかった。これが外の世界の現実なのだと。

「明言するけど。君たちに罪は何もないよ」

信仰職として正義を成した。たったその一言が私達には重いものだ。

「たかがあれほどで武勇伝なんて大げさかもしれないけど、間違いなく君たちの武勇伝の最初の1ページ目だよ」

気に病むな、誇れ。それで少しは心の重みが軽くなったように感じてしまう。

「あなたは何ともないのですか」

私たちの疑問をラグリンネが代表して聞く。

「なんで。あれぐらい世界のどこでも行われてることでしょ」

あの程度の不運でめげてちゃ話にならないだろ。そういうが、命の危機であったことには変わりはない。

「困窮極まれば誰だって心はすさむ。高貴な人間とてね。国王だって富を求め侵略戦争を命じた例なんていくらでもあるだろうし」

「それはそうですが」

「この世界のすべては天秤によって測られる重りでしかない。年を重ねた老人の命は大切かどうかじゃない、その存在の意味によって価値が違うだけ」

鉄の重りより銀の重りが強い、銀の重りより金の重りが強い、それだけだと。

「ま、僕からすれば世界の誰かがそうであるというだけでそれが本物か偽物かなんてどうでもいいでしょう。国王の子供だから金だとか、奴隷の子供だから鉄とかじゃないわけ。メッキを施せばいいだけ」

本当の重りの価値などその場その時その状況によって変わる、厳選する暇もなく無差別に天秤にかけられてしまうこの世界の現実。ただ私達が相手よりもちょっとだけ重かった。たったそれだけなのだと。

「天秤にかけられて問答無用で用無しにはならない。ふるいにかけられ生き残る可能性もある。延々と選別は行われていく、だれであろうとも」

「じゃ、あなたも」

僕の場合は…どれほど選別の天秤が行われたのだろうか。僕には分からない、部屋だってもっとあっただろうし子供の数も膨大であったはずだ。時間の感覚さえ分からなかった。自分の年齢さえも不明だ。年相応の子供なのかもしれないし桁外れに長生きしているのかもしれない。ともかく、僕は僕が知りえた以上のことは分からないのだ。

それを探すために冒険者などをやっているだけ。その目的や動機もまた不明のままに近い。生きる意味を探しているのは僕も同じだ

「今日であった現実が世界の一端であることはどうしようもない」

問題なのはこれから先に起こる自分の物語をどうしていくのかだからだ。少なくとも、自分の関係者がそうならないように。

「そうですね、私はクラスチェンジしたら教会と孤児院を引き継いでいかなければなりませんから」

面倒を見ている子供たちが同じように冒険者になりたいという未来はあり得ない話ではない。自分が経験した絶望に出会わないようにしっかりしないと。ライザをそう決意する。

「ラグリンネとエトナはどうするの」

先にお師匠様から引き取る許可をいただいているが彼女ら自身はどうなのだろうか。付いてきてくれるのかどうかは個人の選択なのだから。

「私は、もっと高みに上りたいです」「同じく、人々から多くの支持を集めたいよ」

尊い心臓という組織にはまだまだ上が存在している。どこまで上の椅子に座れるか、それを目指すようだ。今後ともご指導をお願いしますと。宣言される。厳しい現実を確認してもなお諦めてないようだそれでいい。

彼女たちの気持ちを和らげるためにホットワインを作ることにした。ワインの瓶を一本開けて鍋に少しの砂糖とレモンを入れて少し煮込む。出来上がったらそれをコップに人数分入れて彼女たちに渡す

『暖かくて甘くて美味しい』

それを飲んでだ大分気持ちが和らいだようだ。

『私たちの愚痴に付き合っていただき申し訳ありませんでした』

「パーティのメンタルケアも仕事の一つだから」

彼女たちはまたベッドルームに戻った。もう悪夢に悲鳴を上げることはないと思う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

お坊ちゃまはシャウトしたい ~歌声に魔力を乗せて無双する~

なつのさんち
ファンタジー
「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」 その男、絶叫すると最強。 ★★★★★★★★★ カラオケが唯一の楽しみである十九歳浪人生だった俺。無理を重ねた受験勉強の過労が祟って死んでしまった。試験前最後のカラオケが最期のカラオケになってしまったのだ。 前世の記憶を持ったまま生まれ変わったはいいけど、ここはまさかの女性優位社会!? しかも侍女は俺を男の娘にしようとしてくるし! 僕は男だ~~~↑↑↑ ★★★★★★★★★ 主人公アルティスラは現代日本においては至って普通の男の子ですが、この世界は男女逆転世界なのでかなり過保護に守られています。 本人は拒否していますが、お付きの侍女がアルティスラを立派な男の娘にしようと日々努力しています。 羽の生えた猫や空を飛ぶデカい猫や猫の獣人などが出て来ます。 中世ヨーロッパよりも文明度の低い、科学的な文明がほとんど発展していない世界をイメージしています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

付与効果スキル職人の離島生活 ~超ブラックな職場環境から解放された俺は小さな島でドラゴン少女&もふもふ妖狐と一緒に工房を開く~

鈴木竜一
ファンタジー
傭兵を派遣する商会で十年以上武器づくりを担当するジャック。貴重な付与効果スキルを持つ彼は逃げ場のない環境で強制労働させられていたが、新しく商会の代表に就任した無能な二代目に難癖をつけられ、解雇を言い渡される。 だが、それは彼にとってまさに天使の囁きに等しかった。 実はジャックには前世の記憶がよみがえっており、自分の持つ付与効果スキルを存分に発揮してアイテムづくりに没頭しつつ、夢の異世界のんびり生活を叶えようとしていたからだ。 思わぬ形で念願叶い、自由の身となったジャックはひょんなことから小さな離島へと移住し、そこで工房を開くことに。ドラゴン少女やもふもふ妖狐や病弱令嬢やらと出会いつつ、夢だった平穏な物づくりライフを満喫していくのであった。 一方、ジャックの去った商会は経営が大きく傾き、その原因がジャックの持つ優秀な付与効果スキルにあると気づくのだった。 俺がいなくなったら商会の経営が傾いた? ……そう(無関心)

討妖の執剣者 ~魔王宿せし鉐眼叛徒~ (とうようのディーナケアルト)

LucifeR
ファンタジー
                その日、俺は有限(いのち)を失った――――  どうも、ラーメンと兵器とHR/HM音楽のマニア、顔出しニコ生放送したり、ギャルゲーサークル“ConquistadoR(コンキスタドール)”を立ち上げたり、俳優やったり色々と活動中(有村架純さん/東山紀之さん主演・TBS主催の舞台“ジャンヌダルク”出演)の中学11年生・LucifeRです!  本作は“小説カキコ”様で、私が発表していた長編(小説大会2014 シリアス・ダーク部門4位入賞作)を加筆修正、挿絵を付けての転載です。  作者本人による重複投稿になります。 挿絵:白狼識さん 表紙:ラプターちゃん                       † † † † † † †  文明の発達した現代社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼ら怪魔(マレフィクス)は、古より人知れず災いを生み出してきた。  時は2026年。これは、社会の暗部(かげ)で闇の捕食者を討つ、妖屠たちの物語である。                      † † † † † † †  タイトル・・・主人公がデスペルタルという刀の使い手なので。  サブタイトルは彼の片目が魔王と契約したことにより鉐色となって、眼帯で封印していることから「隻眼」もかけたダブルミーニングです。  悪魔、天使などの設定はミルトンの“失楽園”をはじめ、コラン・ド・プランシーの“地獄の事典”など、キリス〇ト教がらみの文献を参考にしました。「違う学説だと云々」等、あるとは思いますが、フィクションを元にしたフィクションと受け取っていただければ幸いです。  天使、悪魔に興味のある方、厨二全開の詠唱が好きな方は、良かったら読んでみてください! http://com.nicovideo.jp/community/co2677397 https://twitter.com/satanrising  ご感想、アドバイス等お待ちしています! Fate/grand orderのフレンド申請もお待ちしていますw ※)アイコン写真はたまに変わりますが、いずれも本人です。

レベルが上がらない【無駄骨】スキルのせいで両親に殺されかけたむっつりスケベがスキルを奪って世界を救う話。

玉ねぎサーモン
ファンタジー
絶望スキル× 害悪スキル=限界突破のユニークスキル…!? 成長できない主人公と存在するだけで周りを傷つける美少女が出会ったら、激レアユニークスキルに! 故郷を魔王に滅ぼされたむっつりスケベな主人公。 この世界ではおよそ1000人に1人がスキルを覚醒する。 持てるスキルは人によって決まっており、1つから最大5つまで。 主人公のロックは世界最高5つのスキルを持てるため将来を期待されたが、覚醒したのはハズレスキルばかり。レベルアップ時のステータス上昇値が半減する「成長抑制」を覚えたかと思えば、その次には経験値が一切入らなくなる「無駄骨」…。 期待を裏切ったため育ての親に殺されかける。 その後最高レア度のユニークスキル「スキルスナッチ」スキルを覚醒。 仲間と出会いさらに強力なユニークスキルを手に入れて世界最強へ…!? 美少女たちと冒険する主人公は、仇をとり、故郷を取り戻すことができるのか。 この作品はカクヨム・小説家になろう・Youtubeにも掲載しています。

農民の少年は混沌竜と契約しました

アルセクト
ファンタジー
極々普通で特にこれといった長所もない少年は、魔法の存在する世界に住む小さな国の小さな村の小さな家の農家の跡取りとして過ごしていた 少年は15の者が皆行う『従魔召喚の儀』で生活に便利な虹亀を願ったはずがなんの間違えか世界最強の生物『竜』、更にその頂点である『混沌竜』が召喚された これはそんな極々普通の少年と最強の生物である混沌竜が送るノンビリハチャメチャな物語

処理中です...