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勇者育成機関個体番号a-235

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まず初めに自己紹介させてもらうね。

僕のことはa-235号って呼んでね。え?それが名前、って思うよね。でもね、この場所では個別の名前なんて必要じゃないんだ。そんなのは邪魔だし相手からすると人としての尊厳なんてないほうが都合がいいんだよ。

一応人を救済するという目的のようなものはあるかな。だけども、多くの人はその中身なんて確認しないでしょ。ちょっとまともに見えさえすればそれでよく実情なんてものに目を向けない。目をむけて改善しようとすれば色々手間がかかる。表面上でもまともであれば都合がいいんだ。

お金をちょこっと出すだけで大きな善業になる、なんてすばらしいことなのだろうと。一見するとまともに見える育成機関がここだよ。だから、いっぱい子供たちが入ってくるんだ。

そして、入った瞬間絶望と地獄と悪夢が待っている。

命がけの訓練、意味不明な教え、餓死を覚悟のサバイバル、膨大な量の書物の暗記、時には体の中身を弄るかのような行為さえも、全員にゆき渡る食事でさえも制限され熾烈な争奪戦、その他口外できないことは山ほどある。

反抗的な態度を見せれば荒縄の鞭と鉄の棒を使い大人たちはひたすらに打ち据えてくる。それで子供たちが死んだとしても何の問題もないからだ。補充はいくらでもできる。それが大人たちの答えだ。

それを繰り返されるたびに子供たちからは意思が消え去り感情のない濁った瞳となりひたすら耐えるしかなくなる。耐えうるにはあらゆる手段を用いて生き延びるしかない。

武器の使い方、魔術の使い方、治癒術の使い方、覚えること考えること試すこと実行すること。まさに死に物狂いだった。失敗することは数知れず成功することは蜘蛛の糸の先端をつかむがごとき。掴んでは手繰り寄せその糸が切れる前にまた糸を掴む。

理不尽でしょう?でもね、これを見ているあなただって今の自分になるために人知れず誰かの不幸を願ったこともあるんじゃないかな。相手が不幸になれば自分が幸福になる構図、これはどこでも変わらないよね。

他人より優越感に浸りたいなら相手の足を引っ張ったり良くない噂を流す、手軽で楽でいいよね。もっとも、それがうまくいく保証はないけども。

ちょっと横道に逸れたね。

で、話を戻すけどここはちゃんとした教育機関でありちゃんとした後ろ盾も得ているんだよ。それにもかかわらずこのような行為が日常茶飯事だと噂されればさすがにやばいことはわかるよね。大きな力の持ち主でそれを握り潰していたようなんだけどさすがに限界が来たみたい。

そう、お金や子供たちの補充が出来なくなってしまったんだ。資金と人材を補充できない組織は生き残りが難しくなるのが道理、でも内容に変更はできない。息絶えていく子供たちはどんどん増えていく一方で追加は来ない。

何十ものベッドがある部屋に僕一人だけが残されることになった。それでもなお訓練は終わらない。

どれほどの時間が過ぎたのかさえ僕には分からないし関係者たちでさえも分からなくなってしまったんだ。あったのは罪もない人々を過酷な拷問にかけ人体実験し最後には廃棄処分するということだけ。これじゃさすがに言い逃れできないよね。

そして、ついにその時がやってきてしまう。

『勇者育成機関は無実の人々を苦しめ無用の犠牲者を出し続けた。本日をもって解体閉鎖とする。だが心配はしなくていい。他の世界から強大な力を持つ勇者を召喚する奇跡を教会は創造した』

国王陛下直々の命令、らしい。ま、どれぐらい偉い人なのかなんて僕には分かりようもないけど。この組織はあまりにも悪評が立ちすぎてしまい弁護できなくなったことなのだろう。

まぁ、これで悪夢は終了することには変わりはない。でも、ただ一人生き残った僕からすれば自分自身を保証してくれるものは何もないことに気づいた。外の世界なんてわからないしぶっちゃけ生きてる意味さえも理解できない。

入り口のドアが開いた

「aー235号」

僕だけしかいない広い部屋に一人の老人がやってきた。

「なんでしょうか」

子供らしい軽い口調で返事をする。

「この勇者育成機関は本日をもって解散閉鎖されることになった」

「それがどうかしましたか。僕には意味が分かりません」

「君は本日をもって教育課程を卒業したとみなし外に出されることになる」

あれだけのことを行いながら教育課程とはすごいものだ。その一点に関してだけは偉大だと思う。それ以外はすべて悪行の限りを尽くしたと表現できるけど。

「ついてきたまえ」

僕のほうに手を伸ばす老人。その老人の手をとって部屋を出る。

部屋を出て長い通路を歩かされる。いつもなら歩いた先には地獄があったが今回は違うようだった。連れて行かれた先は外の世界だった。

暖かで優しいお日様と緑と地面の匂いと感触、いったいいつぶりだろうか。それすらもわからないほどに時間か過ぎていたのだ。そこには馬車が待っていた。老人は無言で「乗れ」合図する。それに従い馬車に乗る。

馬車の中には簡素な衣服が用意されていてそれに着替えさせられる。結構ましに制作されているようでぼろぼろの衣服に比べれば格段に良かった。

そうして、馬車でどこかへと連れていかれる。馬車はひたすら地を駆ける。昼と夜が交互にやってきて野営をしながらひたすら突き進む。ゴブリンなど多数のモンスターに襲われたが僕はそれを撃退する。

何度目になるかわからないまま時間だけが過ぎていきやがて人が住んでいると思わしき場所まで到達する。

「ここでお別れだ」

「はぁ…、お別れとは」

「文字通りのお別れだ、それも永遠のな」

意味が分からない、永遠のお別れって。

「これを渡すべき時が来た」

馬車の片隅の置かれた布地に包まれた物を僕に渡す。

それはとても豪華な装飾と飾りが細部にまで施された鞘に収まった大きな剣であった。見るからに勇者が持ちそうなものだった。中身ももちろんすごいのだろう。

「剣の銘はイヴラフグラ《富と咎を成すもの》君の母上の形見だ。それが君が何者であるかを証明してくれるだろう」

僕の母の形見。僕たちは天涯孤独の身の上であり戸籍などのこっていないはずなんだけど。世界から文字通り抹消された存在のはずだ。だけども、この老人の言うことにどこか真実味があった。

「我々が出来ることはもう何もない。何もないが、君には世界から大きな役目を与えられている」

「大きな、役目、ですか」

「今は何も考えず弱き民を救い強い悪を討つことだけ考えればよい」

旅の過程で『尊い心臓』という教会の属する者たちと『ゴルオング王国』接触し支援を取り付けろと、念押しされる。

老人の顔にはいろいろな感情が混ざっていた。期待不安無念後悔など、あともう一歩、最後の一押しのところで願いを絶たれた、そんな表情であった。

通貨のはいった袋も同時に渡される。

「我々には許されざる罪がありその罰を受けることも承知の上だ。でも、君には罪は何一つとしてない」

自由に生きなさい。そして最後に名前を与えられる

「さようなら、我らが愛すべき子。ピュアブリング(穢れなき殺意)」

それだけを残して老人と馬車はどこかに向かっていった
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