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エクリプス辺境伯家12
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「いったいなぜこうなったのだ」
ナタリー公爵らは途方にくれていた。昨夜兵士たちが物資の場所から火の気を感じたため調べようとしたらあっという間に火災が広がり物資はおろか兵士たちのテントや貴族らの陣屋まで何もかもを焼き払った。おそらく敵の斥候がしたのだと思うがどのようにして行ったのか理解できないのだ。
火の手が上がる少し前までは何も異常は無かったし火をつけても魔法使いがすぐさま消せる。なのに気が付いたらもう消火できないほどに状況は進んでいた。
あまりの勢いに陣地を放棄せざるをえなかった。後方に逃げ出す。貴族なのに地面の上で寝るという初めての経験だ。冷たいし砂がザラザラだし肌寒い。
翌朝元の場所を見るとすべてが黒こげで何も残っていなかった。食料や弓矢などにそのほか色々な物も原型を留めていない。装備なども放棄して逃げ出したがその残骸すらない。
「クソッ!ただでさえ防御が硬いのに!」
魔法使いたちは攻撃できるが装備などが無くてはほとんどの兵士が機能しない。このままでは敗北は確定だ。無理矢理出陣してきただけでなくこれだけの損失を出せばハインケル公爵など穏健派が騒ぎ出すだろう。
兵士たちに後方の貴族の領地に武器や防具や食料などを調達に向かわせている間軍をどうするかだ。水も乏しく食料も無いとなれば士気は激減だ。目の前の砦を突破すればすぐにでも手に入るがあれだけの攻撃をしながら第一の柵すら破壊できていないのだ。
何もない状態では動きようがない。
「申し上げます」
「どうした」
「敵の砦から・・・その・・・」
妙に言葉がしどろもどろだ。
「敵の砦から使者が来ました。旗を見るとランドール伯爵らです」
なんだと?いったいどうして敵の砦から消えた人間が現れるのだ?だが好都合だ、味方なので脅せばすぐに物資を差し出すだろう。そうして会うと予想外の話となった。
「なぜ我らが降伏しなくてはならないのだ!」
ランドール伯爵らはエクリプス辺境伯からの書簡とその内容を淡々と説明する。いま降伏すれば和解金や身代金の減額やある程度領地の所有と生活を保障するとのことだ。なぜ数で圧倒的に有利な我らが降伏しなくてはならない。
「やはり貴様らは敵と内通していたのだな!砦を攻め落としたらすぐにでも領地に攻め入って滅ぼしてくれる」
「現実をご覧になりなさいナタリー公爵ら。もうすでに勝敗は決しました。物資がほぼ無くなり荒野で放置されているあなたたちに何が出来ますか?私はもうすでに南部軍を見限っています。いまさら仲間などとは思わないでください。それと、辺境伯様はその気になればいつでもそちらを生かすも殺すも出来る人物。それなのにあえて話し合いで解決しようとしています。その温情を素直に受けるべきです」
それに少し眉をひそめるが淡々と事実を語る伯爵ら。なぜこいつらはここまで自信があるのだ?敵から何を入れ知恵されたのだ?
(こいつらはどこまで愚かなのだ?数が多いというだけなのに?もうすでに決着は付いていることが理解できないのか?ただの意地だな、救えない)
ランドール伯爵らはある程度この光景が見えていたし辺境伯様も同じだろう。だから交渉がこじれて終わってもかまわないと言っていたし別に抵抗されたからといってあの戦闘力ならこれだけの数を無力化することも容易い。お金はいくらあっても困らないがステラ様からの話だと領地の生産物を他国に売りさばけば南部の軍事予算程度などあっという間に稼げるそうだと計算しているそうだ。
自分らとしてはここで少しでも働いておいて南部に目をかけて欲しいという打算もあるがそれ以上に興味があるからだ。あの若さでここまで残酷かつ冷静に物事を進めておきながら敵の誇りを考えて情けをかける。出来る限り最小の損失で最大の結果を出す。
あえて危険な橋を一人で渡り周りの者たちの安全を確保してから付いてこさせるなど普通に考えても異常だ。貴族ならそういうことは臣下や部下にさせるのだが完全に真逆。この話が世に伝わればその名声は計り知れない。
だから見てみたいのだ。どこまで行けるのかと。
「どうしても降伏はしないと?」
「何度も言わせるな!南部軍は最強の軍隊!敗北などありえぬ!」
現時点ですでに立て直すことが不可能なほどに士気は激減し物資すら確保できない状態だ。おそらく周囲の領地から確保できると踏んでいるようだがそれすらも辺境伯さまは計算済みだ。周囲一帯は兵を出した後すぐに占領状態にしているし家族らは捕らえられている。その上百人力のゴーレムたちで固めているのでどうやっても追い払われる。
ここまで完璧に負けるとは清々しいほどだが辺境伯様は彼らを他国などに逃がすつもりなど無いし労働力としてもこれだけ大多数なのだ。またろくでもないことを企まれても面倒だし逃げられると人口が激減する。
元味方であったが書簡の内容を譲歩など出来ない。こいつらはただ南部に損害を与えてるだけだ。
「まぁ、予想どおりだね」
結局交渉はなんの理解点もなく終わり砦に戻ることになった。
「申し訳ありません。無理を聞いて頂けたのに何の成果も出せなくて」
「別にいいよ。礼儀はこれで払ったしもう何も遠慮がいらなくなった。あそこにいる全員にはここに侵略しようとした罪がどれだけ重いのか現実で理解させる」
普通ならば身分が高い者たちはそれなりに考慮するがここまで来るともう無意味だ。貴族家は潰され騎士たちにも重い罰が出され兵士たちも強制労働が待っている。良くて監視つきの生活で悪ければ何代も借金漬けの生活だ。
しばらくすると騎士や兵士たちが周囲の領地から無理矢理物資を持ち去ろうとしたがゴーレムたちに追い払われたと教えてもらえた。もはや輸送経路は完全に切れてしまいただひたすらに荒野に放置されている50000もの人間たち。
4日ほどそのまま放置しておくと軍全体に飢えが進行していた。疲労も限界まで溜まり脱走者が出始めてもおかしくはない。
「もうすでに統率は出来ない軍隊だから止めを刺そうか」
魔法で壊滅させるのかと思ったが完全に予想外の行動に出た。柵を一列だけ残してその内側に莫大な水や食料やうまい料理などの物資を置いたのだ。入り口に大量の羊皮紙を置く、その内容はこうだ。
『健全に働ける人物募集。この書類に名前を書き込めば内側に入れます』
満足に食事が出来ないため無数の人達がサインをして入ってくる。
「お前たち!何をしている、これは敵の分断工作だ!騙されるな!」
貴族たちは制止しようとするが圧倒的多数の兵士たちの殺気で黙らせられる。
さらに数日経つともうほとんどの人間が内側に入り残ったのは数えられる程度になる。
「いくらなんでもこれほど簡単に南部諸侯軍が瓦解するなんて」
目の前の光景が信じられない。ほんの半月前までは65000もの総数を誇っていた大軍がもはや完全に無くなった。
「意外と簡単でしょ。軍隊なんて楔を打ち込み鎖で少し拘束するだけで崩壊してしまう。まぁ、ここまですることもないんだけど」
それにしたってここまで脆いなんて規律が温いなどというがもはや最悪の状態まで悪化したのならばどうしようもない。元々戦場に来た多くは軍功と褒美を求めてきただけの兵士がほとんどだ。それが敵地を落とせず進むも引くも出来ず物資すらない飢餓状態に陥りもはや指揮系統は完全に崩壊。たとえ捕虜となろうとも生き残ることが出来るなら簡単に靡く。だけどそれはあなただからできることだ、他の人物では不可能なのだと。
「それじゃあ引導を渡しにいこうか」
私たちを連れて砦の外に出て行く。
ナタリー公爵らは途方にくれていた。昨夜兵士たちが物資の場所から火の気を感じたため調べようとしたらあっという間に火災が広がり物資はおろか兵士たちのテントや貴族らの陣屋まで何もかもを焼き払った。おそらく敵の斥候がしたのだと思うがどのようにして行ったのか理解できないのだ。
火の手が上がる少し前までは何も異常は無かったし火をつけても魔法使いがすぐさま消せる。なのに気が付いたらもう消火できないほどに状況は進んでいた。
あまりの勢いに陣地を放棄せざるをえなかった。後方に逃げ出す。貴族なのに地面の上で寝るという初めての経験だ。冷たいし砂がザラザラだし肌寒い。
翌朝元の場所を見るとすべてが黒こげで何も残っていなかった。食料や弓矢などにそのほか色々な物も原型を留めていない。装備なども放棄して逃げ出したがその残骸すらない。
「クソッ!ただでさえ防御が硬いのに!」
魔法使いたちは攻撃できるが装備などが無くてはほとんどの兵士が機能しない。このままでは敗北は確定だ。無理矢理出陣してきただけでなくこれだけの損失を出せばハインケル公爵など穏健派が騒ぎ出すだろう。
兵士たちに後方の貴族の領地に武器や防具や食料などを調達に向かわせている間軍をどうするかだ。水も乏しく食料も無いとなれば士気は激減だ。目の前の砦を突破すればすぐにでも手に入るがあれだけの攻撃をしながら第一の柵すら破壊できていないのだ。
何もない状態では動きようがない。
「申し上げます」
「どうした」
「敵の砦から・・・その・・・」
妙に言葉がしどろもどろだ。
「敵の砦から使者が来ました。旗を見るとランドール伯爵らです」
なんだと?いったいどうして敵の砦から消えた人間が現れるのだ?だが好都合だ、味方なので脅せばすぐに物資を差し出すだろう。そうして会うと予想外の話となった。
「なぜ我らが降伏しなくてはならないのだ!」
ランドール伯爵らはエクリプス辺境伯からの書簡とその内容を淡々と説明する。いま降伏すれば和解金や身代金の減額やある程度領地の所有と生活を保障するとのことだ。なぜ数で圧倒的に有利な我らが降伏しなくてはならない。
「やはり貴様らは敵と内通していたのだな!砦を攻め落としたらすぐにでも領地に攻め入って滅ぼしてくれる」
「現実をご覧になりなさいナタリー公爵ら。もうすでに勝敗は決しました。物資がほぼ無くなり荒野で放置されているあなたたちに何が出来ますか?私はもうすでに南部軍を見限っています。いまさら仲間などとは思わないでください。それと、辺境伯様はその気になればいつでもそちらを生かすも殺すも出来る人物。それなのにあえて話し合いで解決しようとしています。その温情を素直に受けるべきです」
それに少し眉をひそめるが淡々と事実を語る伯爵ら。なぜこいつらはここまで自信があるのだ?敵から何を入れ知恵されたのだ?
(こいつらはどこまで愚かなのだ?数が多いというだけなのに?もうすでに決着は付いていることが理解できないのか?ただの意地だな、救えない)
ランドール伯爵らはある程度この光景が見えていたし辺境伯様も同じだろう。だから交渉がこじれて終わってもかまわないと言っていたし別に抵抗されたからといってあの戦闘力ならこれだけの数を無力化することも容易い。お金はいくらあっても困らないがステラ様からの話だと領地の生産物を他国に売りさばけば南部の軍事予算程度などあっという間に稼げるそうだと計算しているそうだ。
自分らとしてはここで少しでも働いておいて南部に目をかけて欲しいという打算もあるがそれ以上に興味があるからだ。あの若さでここまで残酷かつ冷静に物事を進めておきながら敵の誇りを考えて情けをかける。出来る限り最小の損失で最大の結果を出す。
あえて危険な橋を一人で渡り周りの者たちの安全を確保してから付いてこさせるなど普通に考えても異常だ。貴族ならそういうことは臣下や部下にさせるのだが完全に真逆。この話が世に伝わればその名声は計り知れない。
だから見てみたいのだ。どこまで行けるのかと。
「どうしても降伏はしないと?」
「何度も言わせるな!南部軍は最強の軍隊!敗北などありえぬ!」
現時点ですでに立て直すことが不可能なほどに士気は激減し物資すら確保できない状態だ。おそらく周囲の領地から確保できると踏んでいるようだがそれすらも辺境伯さまは計算済みだ。周囲一帯は兵を出した後すぐに占領状態にしているし家族らは捕らえられている。その上百人力のゴーレムたちで固めているのでどうやっても追い払われる。
ここまで完璧に負けるとは清々しいほどだが辺境伯様は彼らを他国などに逃がすつもりなど無いし労働力としてもこれだけ大多数なのだ。またろくでもないことを企まれても面倒だし逃げられると人口が激減する。
元味方であったが書簡の内容を譲歩など出来ない。こいつらはただ南部に損害を与えてるだけだ。
「まぁ、予想どおりだね」
結局交渉はなんの理解点もなく終わり砦に戻ることになった。
「申し訳ありません。無理を聞いて頂けたのに何の成果も出せなくて」
「別にいいよ。礼儀はこれで払ったしもう何も遠慮がいらなくなった。あそこにいる全員にはここに侵略しようとした罪がどれだけ重いのか現実で理解させる」
普通ならば身分が高い者たちはそれなりに考慮するがここまで来るともう無意味だ。貴族家は潰され騎士たちにも重い罰が出され兵士たちも強制労働が待っている。良くて監視つきの生活で悪ければ何代も借金漬けの生活だ。
しばらくすると騎士や兵士たちが周囲の領地から無理矢理物資を持ち去ろうとしたがゴーレムたちに追い払われたと教えてもらえた。もはや輸送経路は完全に切れてしまいただひたすらに荒野に放置されている50000もの人間たち。
4日ほどそのまま放置しておくと軍全体に飢えが進行していた。疲労も限界まで溜まり脱走者が出始めてもおかしくはない。
「もうすでに統率は出来ない軍隊だから止めを刺そうか」
魔法で壊滅させるのかと思ったが完全に予想外の行動に出た。柵を一列だけ残してその内側に莫大な水や食料やうまい料理などの物資を置いたのだ。入り口に大量の羊皮紙を置く、その内容はこうだ。
『健全に働ける人物募集。この書類に名前を書き込めば内側に入れます』
満足に食事が出来ないため無数の人達がサインをして入ってくる。
「お前たち!何をしている、これは敵の分断工作だ!騙されるな!」
貴族たちは制止しようとするが圧倒的多数の兵士たちの殺気で黙らせられる。
さらに数日経つともうほとんどの人間が内側に入り残ったのは数えられる程度になる。
「いくらなんでもこれほど簡単に南部諸侯軍が瓦解するなんて」
目の前の光景が信じられない。ほんの半月前までは65000もの総数を誇っていた大軍がもはや完全に無くなった。
「意外と簡単でしょ。軍隊なんて楔を打ち込み鎖で少し拘束するだけで崩壊してしまう。まぁ、ここまですることもないんだけど」
それにしたってここまで脆いなんて規律が温いなどというがもはや最悪の状態まで悪化したのならばどうしようもない。元々戦場に来た多くは軍功と褒美を求めてきただけの兵士がほとんどだ。それが敵地を落とせず進むも引くも出来ず物資すらない飢餓状態に陥りもはや指揮系統は完全に崩壊。たとえ捕虜となろうとも生き残ることが出来るなら簡単に靡く。だけどそれはあなただからできることだ、他の人物では不可能なのだと。
「それじゃあ引導を渡しにいこうか」
私たちを連れて砦の外に出て行く。
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