9 / 20
本編
09 オルバートさん
しおりを挟む別荘にやってきて、1ヵ月半が過ぎた。
私の仕事内容は、雑役女中のソレと変わらない。使用人が一人しかいないため、朝早く起きて料理の仕込みをし、ジルクス様の朝食を作る。ジルクス様が書斎に籠り始める頃に寝室に出向き、部屋の掃除をしてからシーツの洗濯を始める。
ジルクス様が魔物調査のために外に出かけられた後には、定期便で野菜や日用品などを売ってくれる商人の対応をする。
「ジルクス様にこのようなお美しい使用人がいらっしゃったとは」
もう何年もルヴォンヒルテ公爵家と付き合いがあるという初老の商人は、顎髭を撫でながらそう言う。私が謙遜して首を横に振ると、彼は「ははっ」と声に出して笑った。
「初めてあなたを見た時は、ついにジルクス様にも奥様が出来たのかと思ったくらいですよ」
「奥様には見えないと思いますが……」
「いえいえご謙遜を。その立ち姿、気品あふれる上品な話し方、次期公爵のジルクス様の隣に並んでもまったく遜色ありません」
「お上手ですね」
ルヴォンヒルテ公爵家と深い付き合いがあるらしい商人の男性は、ジルクス様のことをよく知っているようだった。
「いやぁねえ、ジルクス様はとっても男前で良いお人なのに、人を拒絶する雰囲気がありますからね。使用人の一人もつけやしないから、孤立化して……先が心配でした」
ジルクス様は、あまり社交界の場に出てこられない。
表向きは、領地で魔物討伐に精を出しているから、という理由。けれどジルクス様が銀髪で、人並み外れた美貌の持ち主であったことから、やっかみをつけたい人々が「女性よりも魔物が好きなのではないか」と噂を流し始めたという。
血塗れ公爵、冷血公爵──
社交界に出てこない事をいいことに、ジルクス様につけられた異名。気持ちのいい物ではなくて、他の人からジルクス様の話題が出た時は、私はその場を離れることが多かった。
ジルクス様に婚約者がいないのも、そういう噂が関係しているのだろう。
「別荘からあなたが出てこられた時は、ついに……と思ったのですがね」
「私はただの侍女ですから。ジルクス様の隣を歩んでいくことなど、考えることも恐れ多い事です」
「さようですか……」
彼の目元のしわが、きゅっと集まる。
残念そうに頭を下げる彼に、私も礼を返した。
「あなたもお辛い目に遭われたでしょうに。このオルバート、ささやかながらもあなたのお力になりとうございます。どうぞ、これからもご贔屓に」
(オルバートさん……やっぱり私の事を知っていたのね)
初めて出会った時、私は何か言われるのではないかと身構えてしまった。貴族ではないにしろ、商人ならば貴族の噂も耳にするだろう。当然、私が魔女として断罪されたことも。
けれどオルバートさんは、私の特徴的な髪を見ても何も言わなかった。恐怖するわけでも、驚くわけでもなく、ただ一人の人として普通に接してくれた。
国中の人間から嫌われているわけではないのだと、そう思わせてくれた。
オルバートさんの姿が見えなくなるまで、私は彼を見送った。
29
お気に入りに追加
977
あなたにおすすめの小説

呪われた令嬢と呼ばれた私が、王太子の妃になりました
ゆる
恋愛
「呪われた娘」と蔑まれ、家族からも見捨てられた公爵令嬢ロミー。
唯一の味方だった母を失い、孤独な日々を送る彼女に持ち上がったのは、侯爵家の嫡男・レオンとの婚約話。しかし、顔も姿も見せないロミーを「呪われた醜女」だと決めつけたレオンは、翌日には婚約を一方的に破棄する。
家族からも嘲笑われ、さらなる屈辱を味わうロミー――だが、その場に現れた王太子アレクセイが、彼女の運命を大きく変えた。
「面白い。そんな貴族社会の戯れ言より、お前自身に興味がある」
そう言ってロミーを婚約者として迎えた王太子。
舞踏会でフードを剥がれ、その素顔が明かされた瞬間、誰もが息を呑む――
ロミーは呪われた娘などではなく、絶世の美貌を持つ先祖返りのハイエルフだったのだ!
彼女を蔑んだ家族と元婚約者には、身分剥奪と破滅の裁きが待っている。
一方、ロミーは王妃となる道を歩みながらも、公爵家の地位を保持し、二重の尊厳を持つ唯一無二の存在へ。

婚約破棄されたので四大精霊と国を出ます
今川幸乃
ファンタジー
公爵令嬢である私シルア・アリュシオンはアドラント王国第一王子クリストフと政略婚約していたが、私だけが精霊と会話をすることが出来るのを、あろうことか悪魔と話しているという言いがかりをつけられて婚約破棄される。
しかもクリストフはアイリスという女にデレデレしている。
王宮を追い出された私だったが、地水火風を司る四大精霊も私についてきてくれたので、精霊の力を借りた私は強力な魔法を使えるようになった。
そして隣国マナライト王国の王子アルツリヒトの招待を受けた。
一方、精霊の加護を失った王国には次々と災厄が訪れるのだった。
※「小説家になろう」「カクヨム」から転載
※3/8~ 改稿中

「平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる」
ゆる
恋愛
平民との恋愛を選んだ王子、後悔するが遅すぎる
婚約者を平民との恋のために捨てた王子が見た、輝く未来。
それは、自分を裏切ったはずの侯爵令嬢の背中だった――。
グランシェル侯爵令嬢マイラは、次期国王の弟であるラウル王子の婚約者。
将来を約束された華やかな日々が待っている――はずだった。
しかしある日、ラウルは「愛する平民の女性」と結婚するため、婚約破棄を一方的に宣言する。
婚約破棄の衝撃、社交界での嘲笑、周囲からの冷たい視線……。
一時は心が折れそうになったマイラだが、父である侯爵や信頼できる仲間たちとともに、自らの人生を切り拓いていく決意をする。
一方、ラウルは平民女性リリアとの恋を選ぶものの、周囲からの反発や王家からの追放に直面。
「息苦しい」と捨てた婚約者が、王都で輝かしい成功を収めていく様子を知り、彼が抱えるのは後悔と挫折だった。

「悪女」だそうなので、婚約破棄されましたが、ありがとう!第二の人生をはじめたいと思います!
あなはにす
恋愛
なんでも、わがままな伯爵令息の婚約者に合わせて過ごしていた男爵令嬢、ティア。ある日、学園で公衆の面前で、した覚えのない悪行を糾弾されて、婚約破棄を叫ばれる。しかし、なんでも、婚約者に合わせていたティアはこれからは、好きにしたい!と、思うが、両親から言われたことは、ただ、次の婚約を取り付けるということだけだった。
学校では、醜聞が広まり、ひとけのないところにいたティアの前に現れた、この国の第一王子は、なぜか自分のことを知っていて……?
婚約破棄から始まるシンデレラストーリー!
【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜
光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。
それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。
自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。
隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。
それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。
私のことは私で何とかします。
ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。
魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。
もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ?
これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。
表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【 完 結 】スキル無しで婚約破棄されたけれど、実は特殊スキル持ちですから!
しずもり
ファンタジー
この国オーガスタの国民は6歳になると女神様からスキルを授かる。
けれど、第一王子レオンハルト殿下の婚約者であるマリエッタ・ルーデンブルグ公爵令嬢は『スキル無し』判定を受けたと言われ、第一王子の婚約者という妬みや僻みもあり嘲笑されている。
そしてある理由で第一王子から蔑ろにされている事も令嬢たちから見下される原因にもなっていた。
そして王家主催の夜会で事は起こった。
第一王子が『スキル無し』を理由に婚約破棄を婚約者に言い渡したのだ。
そして彼は8歳の頃に出会い、学園で再会したという初恋の人ルナティアと婚約するのだと宣言した。
しかし『スキル無し』の筈のマリエッタは本当はスキル持ちであり、実は彼女のスキルは、、、、。
全12話
ご都合主義のゆるゆる設定です。
言葉遣いや言葉は現代風の部分もあります。
登場人物へのざまぁはほぼ無いです。
魔法、スキルの内容については独自設定になっています。
誤字脱字、言葉間違いなどあると思います。見つかり次第、修正していますがご容赦下さいませ。

逆行転生した侯爵令嬢は、自分を裏切る予定の弱々婚約者を思う存分イジメます
黄札
恋愛
侯爵令嬢のルーチャが目覚めると、死ぬひと月前に戻っていた。
ひと月前、婚約者に近づこうとするぶりっ子を撃退するも……中傷だ!と断罪され、婚約破棄されてしまう。婚約者の公爵令息をぶりっ子に奪われてしまうのだ。くわえて、不貞疑惑まででっち上げられ、暗殺される運命。
目覚めたルーチャは暗殺を回避しようと自分から婚約を解消しようとする。弱々婚約者に無理難題を押しつけるのだが……
つよつよ令嬢ルーチャが冷静沈着、鋼の精神を持つ侍女マルタと運命を変えるために頑張ります。よわよわ婚約者も成長するかも?
短いお話を三話に分割してお届けします。
この小説は「小説家になろう」でも掲載しています。

退屈令嬢のフィクサーな日々
ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。
直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる