上 下
9 / 17

9.アルバンジャン侯爵夫人

しおりを挟む


 王城で暮らすようになって、一か月が経った。わたしはかなり体重が増えて、明らかに‘肉’と呼べる存在がついていた。確実に女性らしさを手に入れている一方で、ヴェル様の「女嫌いセンサー」に引っ掛からないかドキドキしている。でもわたしの予想と違って、ヴェル様はわたしが肉をつければつけるほど「また肉がついたな」と頬を綻ばせているので、案外肉付きの良さと女性嫌いは関係ないのかもしれない。

 心と体を心配して、一か月も静養の期間をいただいてしまった。
 契約結婚は仕事も同然。
 わたしはもう18歳で子どもではないのだから、きっちり務めを果たしてヴェル様に恩返しする必要がある。

 今日はアルバンジャン侯爵家に行く予定だ。アルバンジャン侯爵は第三王妃様の弟君だから、ヴェル様から見れば叔父にあたる人だ。本日は不在とのことで、わたしが今日挨拶をしないといけないのはアルバンジャン侯爵夫人となる。ヴェル様の妻としてわたしが王城で暮らすのは決まっているのだけれど、結婚をする前に侯爵家の養女として三か月ほどお世話になり、王子妃教育を受ける予定だ。

 本当は養女として生活するのも王子妃教育も、最低一年は必要だと侯爵夫人から言われたらしいけれど、ヴェル様いわく、

『夫人は頭もいいし淑女として完璧で、俺とフェリスの結婚も一応賛成してくれている素晴らしい女性だが、いかんせん人当たりがキツい難癖のある人物だ。フェリスが神経をすり減らす可能性があるから、期間は短くしてもらった。結婚を発表してからは王城で家庭教師を呼んで王子妃教育を受ければいい』

 とのこと。
 その様子を見ていたスザクさんに『坊ちゃんはフェリスお嬢様の傍を離れたくないのですよ』と耳打ちされたけれど、本当なのかは聞いてみないと分からない。

 とにかく、頑張らないと。

「お初にお目にかかります、フェリスにございます」

 淑女の一礼をすると、アルバンジャン侯爵夫人が小さく息を飲む声が聞こえた。面をあげてもいい許可を得ると、扇を広げて口もとを隠していた侯爵夫人が、わたしの足先から頭の上までじっくりと眺めていた。

 夫人はとてもお綺麗な人だ。
 もう五十代らしいけれど、背筋がしっかり伸びていて身長も高いから迫力がある。

「虐待を受け、ろくに夜会に出席したこともない子爵令嬢という話だから、きっと礼儀もままならない赤子が来るのだと予想しておりましたが……」

 扇を外し、夫人はにっこりと微笑む。

「なんと、すでに基礎はあるようですね」
「ありがとうございます。礼儀には厳しい親だったもので……」
「そうだったの。それになんと可愛らしいのかしら」
「か、可愛い……?」
「栗色の髪に栗色の目、それにこのほっぺた、まるでリスみたい。ああ、なんと可愛いのかしら。うちの娘たちにもこれくらいの慎ましさと可愛らしさがあればいいのに」
「ありがとうございます……?」

 初対面から好感触過ぎて、ちょっと戸惑ってしまう。
 ヴェル様によると、侯爵夫人はかなり好き嫌いの激しい人らしく、第一印象が悪いとその後挽回するのにかなり苦労するらしい。ヴェル様は第一印象が悪かったらしく、関係修復に三年以上かかったのだとか。

「フェリス」
「はい」
「あなたの事情は知っています。家族のこと、そして婚約者のこと。しかしそれは、ヴェルトアーバインあの子がなんとかするでしょう。あの子はとても我が強くて、一度決めたら曲げないタイプですから」

 夫人は真剣な眼差しでわたしを見ている。

「なので、あなたが出来ることは一つ。ここで、わたくしのもとで、王子妃とはなんたるやを学ぶこと。わたくしが教えるからには、どんな相手でも立派な王子妃に育て上げてみせますが、それでも本人の覚悟がなければ無駄なこと。あなたは血反吐を吐くくらいの努力をする覚悟がありますか?」
「あります」

 ヴェル様は二度もわたしを救ってくれた。
 絶対にその恩を返したい。

「…………ふふっ、良い顔だわ」
「?」
「子爵家だからと甘く見ていたわたくしを許してちょうだいね」

 ────こうして、わたしの侯爵家での生活が始まった。
 夫人はとても厳しい人だったけれど、わたしのことを『とても筋があるわ。そこらの貴族令嬢にも見習ってほしいくらいね』とことあるごとに褒めてくれた。
 茶会のホストの努め方、王子妃としての心構え、上流貴族特有の話し方や考え方、魔法に歴史に諸外国の言葉にいたるまで。

 三ヶ月間みっちり鍛え上げられた。
 疲れてフラフラになって、死んだように部屋で眠ることもあったけれど、わたしが実家にいたときとは違う。あのときは「やらないと父にぶたれる」という受動的な考えで、毎日毎日がむしゃらに頑張っていた。

 今回は、自分のため、なによりヴェル様のために、王子妃教育を頑張っている。
 おかげで、昔よりも強くなれた気がした。

 例えいま、父に「戻って来てくれ」と言われても、「嫌です」と言えるくらいには──

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

王子好きすぎ拗らせ転生悪役令嬢は、王子の溺愛に気づかない

エヌ
恋愛
私の前世の記憶によると、どうやら私は悪役令嬢ポジションにいるらしい 最後はもしかしたら全財産を失ってどこかに飛ばされるかもしれない。 でも大好きな王子には、幸せになってほしいと思う。

妹に虐げられましたが、今は幸せに暮らしています

絹乃
恋愛
母亡きあと、後妻と妹に、子爵令嬢のエレオノーラは使用人として働かされていた。妹のダニエラに縁談がきたが、粗野で見た目が悪く、子どものいる隣国の侯爵が相手なのが嫌だった。面倒な結婚をエレオノーラに押しつける。街で迷子の女の子を助けたエレオノーラは、麗しく優しい紳士と出会う。彼こそが見苦しいと噂されていたダニエラの結婚相手だった。紳士と娘に慕われたエレオノーラだったが、ダニエラは相手がイケメンと知ると態度を豹変させて、奪いに来た。

婚約者が不倫しても平気です~公爵令嬢は案外冷静~

岡暁舟
恋愛
公爵令嬢アンナの婚約者:スティーブンが不倫をして…でも、アンナは平気だった。そこに真実の愛がないことなんて、最初から分かっていたから。

女嫌いな辺境伯と歴史狂いの子爵令嬢の、どうしようもなくマイペースな婚姻

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「友好と借金の形に、辺境伯家に嫁いでくれ」  行き遅れの私・マリーリーフに、突然婚約話が持ち上がった。  相手は女嫌いに社交嫌いな若き辺境伯。子爵令嬢の私にはまたとない好条件ではあるけど、相手の人柄が心配……と普通は思うでしょう。  でも私はそんな事より、嫁げば他に時間を取られて大好きな歴史研究に没頭できない事の方が問題!  それでも互いの領地の友好と借金の形として仕方がなく嫁いだ先で、「家の事には何も手出し・口出しするな」と言われて……。  え、「何もしなくていい」?!  じゃあ私、今まで通り、歴史研究してていいの?!    こうして始まる結婚(ただの同居)生活が、普通なわけはなく……?  どうやらプライベートな時間はずっと剣を振っていたい旦那様と、ずっと歴史に浸っていたい私。  二人が歩み寄る日は、来るのか。  得意分野が文と武でかけ離れている二人だけど、マイペース過ぎるところは、どこか似ている?  意外とお似合いなのかもしれません。笑

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

婚約破棄された令嬢は、隣国の皇女になりました。

瑞紀
恋愛
婚約破棄された主人公アイリスが、復興した帝国の皇女として、そして皇帝の婚約者として奮闘する物語です。 前作「婚約破棄された令嬢は、それでも幸せな未来を描く」( https://www.alphapolis.co.jp/novel/737101674/537555585 )の続編にあたりますが、本作だけでもある程度お楽しみいただけます。 ※本作には婚約破棄の場面は含まれません。 ※毎日7:10、21:10に更新します。 ※ホトラン6位、24hポイント100000↑お気に入り1000↑、たくさんの感想等、ありがとうございます! ※12/28 21:10完結しました。

離婚が決まった日に惚れ薬を飲んでしまった旦那様

しあ
恋愛
片想いしていた彼と結婚をして幸せになれると思っていたけど、旦那様は女性嫌いで私とも話そうとしない。 会うのはパーティーに参加する時くらい。 そんな日々が3年続き、この生活に耐えられなくなって離婚を切り出す。そうすれば、考える素振りすらせず離婚届にサインをされる。 悲しくて泣きそうになったその日の夜、旦那に珍しく部屋に呼ばれる。 お茶をしようと言われ、無言の時間を過ごしていると、旦那様が急に倒れられる。 目を覚ませば私の事を愛していると言ってきてーーー。 旦那様は一体どうなってしまったの?

処理中です...