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4.初めての味方
しおりを挟む「ご令嬢。悪いことは言わない、会場に戻ったほうが良い」
「……戻れません」
「? 本当に迷子になったのか?」
「違いますけど!」
「じゃあなんだ?」
「わたしみたいな姉がいたら義妹が困るからです!」
しまった、と思った。
今晩のパーティの主役がオーロット子爵家の姉妹の内の一人であることは周知の事実だ。察しの良い人物なら、これだけでわたしが姉フェリスであるが分かってしまうかもしれない。
………いいや、それはないか。
さすがのこの人も、煌びやかなドレスを着たイサペンドラの義姉が、こんなみすぼらしい低身長な女だと思わないだろう。全く手入れされていないボサボサの茶髪に色あせたピンクのドレス。名前さえ出さなければ、子爵令嬢なんて思われない。
「やっと見つけたよ」
声を聞いて、ぞわりとわたしの背中が粟立った。
逃げたくても逃げられない。
足が縫い留められたように動けなかった。
「会場にいなかったから心配したんだよ」
「ゴルドハイツ……さ、ま……」
「男を誘惑していたのかい? ずいぶん偉くなったものだねえ」
「違……ッ」
彼の性格は、よく知っている。
彼は基本的に優しいが、一度怒ってしまうととんでもなく怖い。一度、彼に可愛いと言ってほしくてフリルのついた服を古着屋さんで買おうとしたら、目を鬼のように吊り上がらせて、「売女の真似事をするな!」と地面に叩きつけられた。小屋に入れられて、泣いて謝っても背中を鞭で叩かれた。
「悪い子にはきつめのお仕置きが必要だ。今日は腕が折れないといいね?」
また叩かれる。
ぎゅっと目を瞑ったけれど、どれだけ待っても何も起こらなかった。
「おまえは誰だ」
「な。なんだ!?」
「もう一度問おう、おまえは誰だ?」
名前も知らない黒髪の彼が、ゴルドハイツ様の腕をひねり上げている。
ゴルドハイツ様はそれなりに力がある方だったけれど、彼に掴まれてぴくりとも動けていない。体格は同じくらいだけれど、身長はゴルドハイツ様よりも彼の方が頭一つ分高かった。
「わ、私は、フェリスの婚約者だ! こ、婚約者の不義を正すのは筋が通っているだろう!?」
「フェリス……?」
一瞬、彼がわたしの顔を見る。
そのあとすぐにゴルドハイツ様を見た。
「婚約者を正すのに恐怖と暴力で支配しようというのか。まずは話し合いが基本だろう。誘惑? 俺はされた覚えはないが? だいいち彼女のこの見た目で俺を誘おうという方が無理があるだろう」
え……それフォローになってます?
微妙に子ども体型をけなされたような気がしないでもないけれど、彼がゴルドハイツ様からわたしを助けようとしてくれているのは分かる。
「あなたがどこのどなたか存じませんが、これは身内話です! 部外者は引っ込んでもらいたい!」
「身内話でも暴力に発展するのは王族として見逃せないな」
「「え……?」」
「名乗っていなかったか? 俺はヴェルトアーバイン・ラッシュバルド。曲がりなりにも王族の端くれだ」
ヴェルトアーバイン・ラッシュバルド。
世間に疎いわたしでも聞いたことのある名前だ。
いわく、根っからの女性嫌い。21歳になっても婚約者を持たずに独身を貫いているのは、異性を嫌っているから。彼の容姿に惚れ込んでアタックをしかける女性は数多といるが、そのほとんどが目すら合わせてもらえずに追い返されるという。
もしかして、最初に話しかけてきたのもわたしが大人の女性だと思って、追い返そうとしたから?
わたしがあまりにも子どもっぽい見た目をしていたから、追い返さず、嫌悪感も出すことなく話をしてくれたのかもしれない。
子ども認定されて悲しいような、嫌悪されなくて嬉しいような……。
「王子、殿下……!?」
ゴルドハイツ様の顔が真っ青になっていく。
「これでもまだ言いたいことがあるか?」
「い、いえ…………」
「そうか。なら、失せろ」
ヴェルトアーバイン殿下にギロリと睨まれたゴルドハイツ様は、顔を引きつらせて、数歩後退した。そのままわたしの顔を一度睨んでから、逃げ去っていく。
わたしはというと、極度の緊張感から解放されてへたり込んでいた。
「王子様、だったんですね……」
「一応な」
「申し訳ありません、気付かずに……」
「いや、気にするな。それよりもアレが君の婚約者か?」
「…………はい」
「酷い男だな……」
はい、と頷くことは出来なかった。
婚約者と初めて会ったときのような淡い恋心はもうないけれど、子爵家のことを思えば、彼との縁談はむげには出来ない。
そもそも何も出来ないわたしには、彼と別れるなんて無理だ。
これ以上王族の前で子爵家の恥をさらすわけにはいかなくて、ペコリと彼に頭を下げる。
「もう、行きますね」
「体が震えているぞ。ここで休んでもいいんだ、無理をするな」
「大丈夫です。痴話喧嘩のようなものです」
「痴話喧嘩にしては物騒過ぎないか?」
「いえ、本当に大丈夫です。殿下にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないので。あの、ありがとうございました」
顔を見ずに走り去る。
迷惑かけて申し訳ない気持ちが芽生える。
でも、それ以上に嬉しさの感情が勝っていた。
あの人は、わたしを助けてくれた。
今まで誰もわたしを気にしなかったのに、彼だけは助けてくれた。
あの一瞬だけでも、彼がわたしの味方になってくれて。
本当に嬉しいと、わたしは思った。
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