29 / 34
第三部 F組解体編
Episode29 始業式 ※3人称
しおりを挟む皇宮殿──
サルモージュ皇国建国後、先の絶対王政を打倒した証として建設された巨大な建物だ。
流麗な曲線が描かれた皇宮殿には、皇族や一部のS等級貴族しか住むことは許されていない。
「かわいそうに。わたくしの可愛いヨハネ……F等級なんかにひどい目に遭わされたのね」
「…………始祖様」
「だめよ。わたくしのことはちゃんと、お母様って呼ばなきゃダメ」
艷やかな声を出す女性。
彼女はヨハネ皇子に、お母様と呼ぶように強要してくる。
ヨハネ皇子にとって彼女は、母親ではない。
始祖母だ。
皇族にとって始まり。三百年前、暴虐の限りを尽くしていたサストラネガ国王を倒し、サルモージュ皇国の原型を作った女性だ。
「お母様。私はそろそろ学校に行く準備をしなければなりません」
「もうちょっとだけ。ね? あぁヨハネ、わたくしの可愛いヨハネ。あなたはなんて美しい顔をしているの。生きとし生ける者はすべて、あなたの目の前で平伏するわ」
ヨハネ皇子は、やや鬱陶しそうにメリアノの手を払った。
年齢はすでに三百を超えている。
二十代のような美しい容姿を保っていられるのは、己が生み出した秘薬のおかげなのだという。
メリアノ、またの名を天原の巫女。
その美貌であらゆる存在を《魅了》し、中距離攻撃の円刃《チャクラム》と魔法の二刀流で最強の舞姫の座を欲しいままにした存在。
ヨハネはメリアノの直系の血を受け継いでおり、その美貌も魔元素量もメリアノによく似ている。そのため、誰よりも始祖様に好かれていた。
だが──
ヨハネ皇子は、始祖様のことを嫌っていた。
(鬱陶しい。この女、いつで始祖の座にしがみついているつもりだ)
始祖のメリアノが三百年もの長き渡り皇族にしがみついていることは、ヨハネのような直系クラスの皇族しかしらない。彼女は始祖という座に味をしめ、品格も感じられないほどの贅沢三昧を楽しんでいた。むろん、金で解決するならヨハネも気にしなかった。
「ねぇ、このあいだ皇宮会議でわたくしに色目を使っていた男がいたでしょ? あの豚みたいなひと。名前は……フリューゲル男爵だったかしら? 彼、気持ち悪いから出禁にしてくれない?」
「始祖様……いえ、お母様。いったい何度目ですか? あなたの我儘に付き合えるほど、我々皇族は暇ではありません」
彼女は始祖という立場を乱用し、あらゆる我儘を押し通していた。
一部から、彼女を皇族から追放すべきではないかという声も出ている。
だが、メリアノに対抗できるような能力を持つ人間が少ない。特に彼女が持つ《魅了》は、男であればほとんどの者に効果を発揮してしまう。《魅了》状態にされた者はメリアノの思うがまま動き、どんな命令にだって従ってしまう。
ヨハネは、そんな彼女の《魅了》にかからない数少ない一人だ。
いずれ自分が皇帝の座につけば、こんな女は谷底に捨ててやろうと思っている。
皇族は皇族らしく。
それが彼が抱えている理念であり、絶対的信念である。
逆に皇族らしい振る舞いをしない者には容赦しない。努力を放棄して、権力を振りかざすだけの人間など死ねばいいと思っている。
「────それでは、学園に行ってまります」
「行ってらっしゃい。F等級なんて叩き潰しなさい。あなたならそれが出来るはずよ」
当たり前です、と、ヨハネは笑った。
◇
長期休みが終了し、学園では生徒が登校していた。
大ホールでは、始業式が始まっている。
生徒代表として前に立つのは、学年総合第一位のヨハネ皇子だ。
例年通りの言葉を述べる。
そのあと──
「B組のみなさん、A組のみなさん、そしてS組のみなさん。休み明けの定期試験、並びにエキシビションマッチがあります。今までの研鑽の成果を発揮し、素晴らしい成績を修めてください。間違っても、F組に負けることはないように」
あえてF組は入れない。
誇り高き聖ハンスロズエリア学園に、C等級以下の生徒など必要ない。
始業式が閉幕したあとのこと──
「随分と言ってくれるじゃないか」
F組のリーダーであり、ヨハネがいま最も嫌いな男がいた。
アスベル・F・シュトライム。
めきめきと実力を伸ばし、頭角を現している。
無礼にも皇族に喧嘩を吹っかけてきた。
「あれが普通だ。私は事実を述べたまでのこと。履き違えるなよ、ここは聖ハンスロズエリア学園。名門の貴族学園だ。あなたのように最底辺の人間が来るところではないのですよ」
「最底辺だからこそ、ここに来た意味があると思ってるよ」
「あくまでも大望を抱くというのですね。F等級が」
「ああ。身の程知らずだと言うのならそう言えばいいさ。そのかわり実力で分からせるけどね」
「……相変わらずムカつく男だ」
「お互い様だろ?」
ヨハネは鼻を鳴らした。
「エキシビションマッチを勝つのはこの私だ」
「これまでの僕とは違うよ? 勝つのは僕だ」
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。
飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。
隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。
だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。
そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。
王子は婚約破棄をし、令嬢は自害したそうです。
七辻ゆゆ
ファンタジー
「アリシア・レッドライア! おまえとの婚約を破棄する!」
公爵令嬢アリシアは王子の言葉に微笑んだ。「殿下、美しい夢をありがとうございました」そして己の胸にナイフを突き立てた。
血に染まったパーティ会場は、王子にとって一生忘れられない景色となった。冤罪によって婚約者を自害させた愚王として生きていくことになる。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
恋より友情!〜婚約者に話しかけるなと言われました〜
k
恋愛
「学園内では、俺に話しかけないで欲しい」
そう婚約者のグレイに言われたエミリア。
はじめは怒り悲しむが、だんだんどうでもよくなってしまったエミリア。
「恋より友情よね!」
そうエミリアが前を向き歩き出した頃、グレイは………。
本編完結です!その後のふたりの話を番外編として書き直してますのでしばらくお待ちください。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
奪い取るより奪った後のほうが大変だけど、大丈夫なのかしら
キョウキョウ
恋愛
公爵子息のアルフレッドは、侯爵令嬢である私(エヴリーヌ)を呼び出して婚約破棄を言い渡した。
しかも、すぐに私の妹であるドゥニーズを新たな婚約者として迎え入れる。
妹は、私から婚約相手を奪い取った。
いつものように、妹のドゥニーズは姉である私の持っているものを欲しがってのことだろう。
流石に、婚約者まで奪い取ってくるとは予想外たったけれど。
そういう事情があることを、アルフレッドにちゃんと説明したい。
それなのに私の忠告を疑って、聞き流した。
彼は、後悔することになるだろう。
そして妹も、私から婚約者を奪い取った後始末に追われることになる。
2人は、大丈夫なのかしら。
平民の方が好きと言われた私は、あなたを愛することをやめました
天宮有
恋愛
公爵令嬢の私ルーナは、婚約者ラドン王子に「お前より平民の方が好きだ」と言われてしまう。
平民を新しい婚約者にするため、ラドン王子は私から婚約破棄を言い渡して欲しいようだ。
家族もラドン王子の酷さから納得して、言うとおり私の方から婚約を破棄した。
愛することをやめた結果、ラドン王子は後悔することとなる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる