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第三部 F組解体編

Episode26 皇子との初邂逅

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 長期休み突入の前日──
 ゲラマニ理事長に呼ばれて、僕は理事長室に来ていた。

「いやはや総合成績S+への昇格、誠におめでとうございます。ワタシとしては、F組始まって以来の快挙に身を震わせて喜んでいるところデスよ」

「ありがとうございます」

「それでは、頑張ったアナタにご褒美をさしあげないといけませんねェ」

「ご褒美ですか。それは気になりますね」

 長たらしい足を机の上に乗せていたゲラマニ理事長は、より一層笑みを深める。

「イエース。アナタが成し遂げたい目標の第一歩──F組解体の許可が下りましたよ?」

「素直に喜びたいところですけど、どうやったのか参考までに聞いてよろしいですか?」

 ゲラマニ理事長は学園トップの立場にいるものの、成り上がりと叩かれて上流貴族からの風当たりが強い。当学園は名門貴族学園を名乗っている以上、資金援助をしてくれる大貴族には頭があがらないはずだ。
 
「当学園に融資をしてくれるのは皇族を始めとした貴族がほとんど。ですが、占有率第一位のお家はワタシと同じ成り上がり勢。占有率はなんと28パーセントも占めています」

「それがF組の解体に賛成した派閥? いったいどこの──」

「ラクバレル財団デスよ。ほら、アナタも知っているでしょう? 学年総合第七位で《高貴なる会レギオン》の現メンバー。成り上がり槍使いと呼ばれた呼ばれた女子学生のお家です」

「マクロネアさん、だったかな。お会いしたことはないですけど……」

 ラクバレル財団といえば魔法具を扱う大企業。創業者が奴隷の身分から成り上がってきた人物と聞いたことがあるが、まさか学園にそれだけの発言権があったなんて。

「でも一組の派閥でF組の解体がすんなり通るはずない。きっと何らかの条件があるはずですね」

「理解が早くて助かりますネ。そう、成り上がりを嫌う彼らは、F組解体の提案に待ったをかけたのです。学園内ではみな平等、そんな理想を語ったところで彼らの心には響かない。だからワタシは、こう答えました」

 190センチを超える恵まれた体を持った理事長が、僕の方へやってくる。
 
「ではF組の生徒全員が、休み明けの定期試験で実技勉学ともに全員S+になり、かつリーダーのF等級の少年が、学期休み後のエキシビションマッチで優勝したらどうでしょう? そうなっても貴族のみなさんは、実力よりも等級をお選びになられるのですか? とネ」

「大きく出たね、理事長。そのかわりにどんな条件を呑まされたんですか?」

「このワタシの退任と、来年度からC等級以下の人間を学園の門を潜らせない。どうデス、なかなかスリリングな賭けじゃないですかねェ」

 スリル過ぎる。
 F等級解体の条件が、F組全員のS+への昇格と僕のエキシビションマッチ優勝。エキシビションマッチとは、学年の壁を超えて競われるトーナメント方式だ。優勝者はもれなく学園最強という栄光と、それなりの将来が約束される。
 もし優勝出来なければ、ゲラマニ理事長は責任をもって退任。二十年前に理事長が打ち立てた『C等級以下の生徒の受け入れ』という功績も、白紙に戻ってしまう。

 でも僕は、小さな笑みを浮かべていた。

「勝ち目のない勝負だとは思ってませんよ、僕。F組全員の総合成績がS+になること、僕自身のエキシビションマッチの優勝、共に成し遂げて学園に大嵐を巻き起こしてみせますよ」

「頼もしいじゃァあァりませんか! さすがはシェリアヴィーツ先生の教え子だ!」

 愉快げに笑う理事長が、次の瞬間、扉の方へ視線を向けた。
 
「用があるのなら入ってきなさい。今ならもれなく結界も張っておりませんよ?」

 部屋に入ってきたのは、中性的な美貌を持つ男子学生だった。
 やや癖のかかった銀髪に、透き通るような青い瞳。
 見た者すべてをひれ伏せさせる。
 そんな絶対的支配者の風格を兼ね備える人物など、学園に一人しかいない。
 ヨハネ・ファン・アウクスブルグ皇子。
 サルモージュ皇国の第一位皇位継承者だ。
 
「よもやヨハネ皇子自らが、理事長室に来るとは思いませんでしたよ」

「理事長の行動に不審な点が多々見受けられましたので、本日は直にお話を……と、思っていたのですけれども、どうやらその必要もなさそうだ……」

 小さく笑うヨハネは、僕を見ている。
 《高貴なる会レギオン》メンバーを二人も寄越してきたところを見れば、僕を邪魔だと思っているのは明らか。さきほどの話を聞いていたとすると、彼は全力でF組解体の邪魔をしてくるだろう。

「理事長、あなたの企みもこれまでです」

「ほお。果たしてどのような」

「貴族は貴族らしく、庶民は庶民らしく、ゴミはゴミらしく。これが我が皇国の掲げる理念です。かくいう当学園も、そのような理念で設立されたはず。それを、いきなりやってきたC等級上がりのあなたが土足で荒らし回った。これが企みと言わずになんと言うのでしょう?」

「あなたの言いたいことはよく分かりますヨ、ヨハネ皇子。だがしかし、実に差別的だ。富める者は始めから富め、貧しい者は始めから貧しい。そんな世界に面白みなどないのでは?」

「面白みなどいりません。必要なのは絶対的な君主と安定した秩序。下々の人間を支配するため、我々皇族も必要な教養の修得や技術の研鑽に励んでおります。────混乱と血を招く成り上がりなど、必要ない」

 ゲラマニ理事長を静かに見据えるヨハネ皇子。
 僕は小さくため息をつく。

「待ってくれないかな。成り上がりは混乱と血を招く? F等級F等級と言って罪のない人たちを傷つけてるのは、君たち皇族がそもそもの原因じゃないか。誤解を招くような言い方はやめてくれないかい」

「なに?」

「僕は絶対に許さない。F等級だからと踏みにじられる屈辱を、決して忘れない。生まれ持った身分で苦しめられる人が一人でもいる限り、折れたりしないよ」

「F等級は庶民じゃない。ゴミだ。ゴミの代表が何かをほざいたところで、なにも変わらない。エキシビションマッチだって、決勝にすらあがってこれず敗北するだろう」

「いいや、必ず優勝してみせる」

「ゴミが。大人しくしていれはいいものを、なぜ自ら台風の目になりにいくのか。しょせん低能の奴らに、我々皇族の掲げている理念など分かりはしないんでしょうね」

「……。いま分かった。僕さ、君のことが世界で一番嫌いだね」

「奇遇だな。私もあなたみたいなヤツが一番嫌いですよ。皇族に歯向かったことを後悔するといい」

 僕とヨハネ皇子の魔元素《マナ》が膨れあがる。
 互いが互いを牽制するように、エネルギー同士がぶつかって突風が沸き起こった。

「すとーっぷ。理事長室で喧嘩はいけませんヨ。やるなら、エキシビションマッチの決勝戦で行ってください。勝ち残ればいずれそうなるのですからねェ」
 
 ヨハネ皇子は優勝候補筆頭。
 決勝戦まで駆け上ってくるだろう。
 
「「絶対にこいつを叩き潰す」」

「おやまぁ息ピッタリ」

 絶対にヨハネ皇子に勝って優勝する。
 F組全員の成績だってS+にする。
 F組を解体するために。

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