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第二部 ヴィランの森合宿

Episode17 嗤う皇帝魔獣は天性者にかしづいて

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「本当に来たんだな」

 そう言ったのは、大きな体で戦斧を振り回していた男子生徒・クイン。
 先刻メルに負けたせいなのか、虫の居所が悪そうである。

「来たのは本当におまえたち二人だけだろうな」

「当たり前や、こんなチンケな男に会うためにか弱い女の子を連れてくるわけないやろ」

「ふん。威勢がいいな。そうでなくちゃ張り合いがない。だから武器を持ってきたんだろう?」

 僕は革命の青冰剣リベラルフェーズ、リヒトは魔導ライフルをそれぞれ所持している。
 考えてることは同じなようで、クインとその手下の三人も武器を手にしていた。

「分かってるだろうな。許可された場所以外で実剣の所持は禁止。せいぜい、お互い教官殿に見つからないようにな」

「んなこと言って、おまはんが一番先に教官にチクリそうやけどなぁ?」

「リヒト調子に乗るな」

「えぇぇええ? 煽ったら煽り返せってのが、ウチの流儀なんやけど?」

 リヒトが未練がましそうに僕を見てくるけど、無視。
 僕はリヒトを押しのけて前に進む。

「それで、度胸試しっていうのはどんなルールなんだ?」

「洞窟の奥に皇帝魔獣が封印されてる“らしい”場所がある。そこまで行って、この色のついた石を置いてくる。簡単だろ?」

「ルールだけ聞けばね」

 度胸試しと言っているくらいだ。
 目的の場所に辿り着くまでに、二級や一級魔獣が出てくることを考慮しておくべきだろう。
 そういえば、この辺りは他の場所より瘴気が濃い。
 重苦しいのだ。

「奥はそんじょそこらのガキじゃションベンちびりそうなくらい、濃密な瘴気に包まれているぞ。せいぜい念入りな準備をしておくことだな」

「助言感謝するよ」

 皇帝魔獣かどうかはさておき、洞窟の奥に一級以上の強い魔獣がいることは確かだ。
 しかし、なんでまた急に現れたのだろう。
 これだけの濃い瘴気に教官たちが気づかないはずがない。
 クインの言うとおり、今まで封印されていて、それが今日になって解けかかっているというのだろうか。さっさと終わらせないと、瘴気に気付いたB組のマイゴティス教官やファニオロン教官が来てしまうかもしれない。
 見つかったら最悪だ。
 
「まず俺らが先行してやる。罠なんて仕掛けねぇから安心しな」

「はいはい──」

(と言いつつ、罠を仕掛ける気満々な顔してるな)

 彼らにとって、度胸試しという名の憂さ晴らしだ。
 さっきはただ牽制してやろうという甘い考えだったが、クイン達の様子を見て気が変わる。口で言うより腕っぷし。やられたらやり返す要領じゃないと、ああいう連中は何度でも同じことを繰り返す。
 いい機会だ。
 あのときはメルの囮役だったので、僕はほとんど目立っていないし。

 十五分後──……

「なぁ、ちぃっとばかり遅いんとちゃう……?」

「念入りな罠を仕掛けてるのかも、とは思うけど。なんか嫌な予感がするな」

「奥に封印されている魔獣ってホンマに……」

 そのとき、外までクインの悲鳴が響いていた。
 尋常じゃない声量だった。

「やめて、やめてくれッ!!!」

「俺が、俺が悪かったがらぁああ!!」

 リヒトと視線を交わし、洞窟の奥へ。
 どんどん瘴気が濃くなっていく。
 一応、リヒトには自分自身の身を守れるように水の魔法を自身にかけておくよう指示を出す。回復系の魔法属性は水と氣の二種類のみ。瘴気を浄化するには氣属性のほうが効果的なのだが、あいにくリヒトには適性がない。
 僕は大丈夫だ。魔法剣・革命の青冰剣リベラルフェーズの効果として、魔獣の瘴気から身を守ってくれる。
 それでもきついけど──
 
「クインっ!」

 飛び込んだ奥は、少し開けた場所になっていた。
 クインと手下の三人は、壁や地面にめりこんでいる。全身は血だらけ。かろうじて息をしているが瀕死の状態だ。

 僕は、中央に立っていた一人の少女を見た。

「おお、ようやく目の前に現れよったか。新たなる革命の申し子よ。三百年間、指をくわえて待っておったぞ」

 ゆるいウェーブの巻かれた、地面につくほどの長い銀髪。
 上質に仕立て上げられた服は華やかで、いっそ上流貴族の令嬢を思わせる。
 美しく整った顔は、けれども邪悪すぎる感情によって歪められ。
 辺りは、すべてを腐食させうる濃密度の瘴気に満ちていた。

「……リヒト、動けるか?」

「な、なんとか。しかしなんやあのべっぴん姉ちゃん。こんなとこで一体何を──」

「あれが皇帝魔獣だ。この瘴気を発生させている元凶だよ」

「な────ッ」

「いかにも。余に用があるのは、革命の青冰剣リベラルフェーズを所持する人間のみ。貴様らにはもう用はない。とくと去るがよい」

 その威圧感だけで。
 少女は辺りに暴風を起こし、動かなくなったクインたちを外へと吹き飛ばした。
 
「リヒト、ここは僕に任せてくれ」

「な、なんで俺がアスベルを置いていかなあかんねん!!」

「早く行ってくれ。あと10分もすればクイン達は腐り、新たな魔獣を生み出す餌となる。だから、早く!」

 魔獣の瘴気は人間を腐らせる。
 一級魔獣では数時間と言われているが、少女から放たれる瘴気は数十倍の高濃度だ。水属性の回復魔法が扱えるリヒトなら、とりあえずの応急処置ができると判断している。
 僕の鬼気迫る表情に、リヒトはその場から早足で脱出した。
 よかった──と僕は安心する。

(魔法剣の加護があるから、大丈夫かと思ったが……)

 正直ギリギリだ。
 息苦しい。
 でも相手に弱みを握られないように、僕は努めて平静な声を出す。

「質問してもいいんだよな」

「よいぞ」

「三百年間僕を待っていたとはどういうことだ? なぜここで封印されていた?」

「前者はその言葉通りよ。余は、強すぎる故にいつも暇を持て余しておる。じゃから、自らの体に封印を施した。新たな革命の申し子が再来するそのときまで。いずれきたる最高のカタルシスを、余はもっとも好んでおるのでな」

「革命の申し子とは天性者のことか?」

「いかにも。先代の天性者、ラドルフ・F・シュトライムは余の理解者であった。剣を扱えているということは、貴様はその子孫じゃな?」

 ラドルフのラストネームが、僕と同じシュトライム。
 偶然とは思えない。
 でもこの場で嘘を言うような相手でもないだろう。
 異常なまでの瘴気の濃さや、一級魔獣すらかしづいてしまいそうな緊張感。背中を這い回る悪寒が、彼女の格の高さを表している。

「先代の天性者が僕の祖先だっていう話は、まぁ納得した。でもどういうことだ? どうして魔獣の君が人間の下僕になんて成り下がった?」

「下僕、じゃと──?」

 彼女は可愛らしい顔を凶悪に歪めて嗤い始めた。

「余とラドルフは利害が一致しただけのパートナー。それを、どこぞの飼い主と犬のような関係性に捉えられるとは……余の風格も落ちたものよ。時代の移り変わりとは何と残酷か」

「利害の一致? それがもしかして、さっき言ってたカタルシスと関係があるのか?」

「さよう。余がもっとも好むのは、人間どもの喜怒哀楽に満ちた感情を鑑賞すること。特に、絶望や猜疑心は最高の夕ご飯の時間ディナータイムじゃ。それを心ゆくまで提供してくれたのが、最強の剣士でもあり至高の革命家でもあるラドルフ・F・シュトライムじゃよ」

 確かに高位の魔獣になれば、人間の感情を理解することが出来る。そのなかで、感情をたくわえてエネルギーにするような異常種がいると聞いたことがあるが。

「どうにも理解できないな。ラドルフは、どうやって君に極上のディナーを与えた?」

「なぁに簡単なことよ。革命とはすなわち戦争。絶対王政時代、己の欲で肥え太った王族の豚どもはそこら中に転がっておった。その豚どもが、下級市民だと舐めていたラドルフとその仲間たちに、泣いて叫んで許しを乞う姿ッ! ──あぁ愉快滑稽至極無様、あのような最高のショーを見たのは初めてじゃよ!!」

 少女は、さも愉快そうにケラケラと嗤っていた。
 紫色の濁った瞳が、きゅぅと瞳孔をすぼめて僕を見下ろす。

「今回も期待しておるぞ、ラドルフの子孫よ。余の名前はセラフィネ。最高にして最凶の皇帝魔獣なり──」

「なるほど。つまり、君は最高のディナーショーを拝めるなら僕に協力してくれるってことか」

「そうじゃ」

「じゃあ僕の結論を言おう」

 シュラ……ッ。
 剣を抜く音と、セラフィネに肉薄する瞬間がほぼ同時で。

「協力じゃ足りないね──」

 思い切り、剣の腹でセラフィネを壁に叩きつける。不意をつかれたセラフィネは、目を丸くしながらも力を出そうと手をのばす。が──
 その寸前に、僕は魔元素解放リリースを完了させていた。

「【確立ロック】」

「なぬっ!?」

 革命の青冰剣リベラルフェーズによる斬撃波。
 魔法攻撃アサルト・マグナは魔導剣士の真骨頂だ。
 とりわけ瘴気との相性がよく、魔獣にはよく効く。
 セラフィネは攻撃をもろに受け、青色の血を吐きながら地に伏せた。


「人には優しいつもりだけど魔獣に優しくする義理はないんだよ。求めているのは協力ではなく絶対の忠誠。皇帝魔獣? そんなの関係ないさ。僕はアスベル・F・シュトライム、Fの名を持つ一族の一人だ」

 剣先を、セラフィネの喉元に向ける。
 自分で封印を施したとはいえ、本調子ではないことは察しがついていた。彼女は己に絶対的な自信がある。それゆえに、不意打ちがよく効いた。

「さあ、どうする? 僕の命令に絶対に背かない犬と成り果てるか、それともここで殺されるか。選ぶといいさ」

「…………ククッ」

「?」

「あぁ痛い。三百年ぶりの痛みじゃ。そうじゃな、そうでなくては魔獣人生面白くない。すっかり忘れておったわ。いいだろうアスベルよ、余は貴様が気に入った。その不遜な態度と実力に免じて、協力ではなく完全な下僕となる契約を結んでやろう──」

 そう言って、セラフィネは僕の手を掴んだ。
 とても聞き取れないような小さな声で呪文を唱え始める。

「え、これなに──」

 腕に不気味な文様が出来上がった。
 おどろおどろしくて驚いてしまう。

「絶対服従の証、呪いとでも言っておこう。この契約は、余の心臓の一部が組み込んである。余が反抗的な態度をとれば、これで制限をかけることもできる。もちろん、やろうと思えば思いのままに動かすことも出来るぞ」

「いやそれ、忠誠じゃなくてもう奴隷みたいな……」

「構わん、これくらい無いと貴様も怖かろう。本調子に戻った余ならば、何万人もの人間を殺すことも容易い。じゃからその保険じゃ」

「なるほどね」

 僕がやりたいのは人殺しじゃない。
 そういう意味で、契約の存在はありがたかった。
 ただ……この微妙な契約文様の位置……。長袖だと気にならないけど、半袖だと何かしら隠す必要がありそうだ。これから暑くなる時期だっていうのに。

「ちょっと待て。契約ってことは四六時中一緒にいるのか?」

「当たり前じゃろう。それともなにか、放し飼いのように余を野放しにしておくのか? それじゃと余が契約を結ぶ意味がないじゃろう?」

「でもその姿で僕の近くにいられるのは困るよ。学生じゃないし。あと瘴気は消してくれ」

「面倒くさい男じゃなぁ! 仕方ない、姿を変えてやろう!」

 そう言って、セラフィネはみるみるうちに狼になった。
 銀色の体毛が美しい。
 彼女らしい姿だ。
 瘴気も消えている。

「うんまぁ、本当は猫とかハムスターとかもっと小型な動物とかペットになってほしかったんだけど。檻の中に入れられるし……」

 アァン? という目で見られたので、一応これで及第点にしておく。
 明日から、この狼と暮らすのか……。
 学園の魔獣登録申請どうしよう。
 さすがに「皇帝魔獣セラフィネです」なんてバカ正直に書けないし。

(まぁいいや。今はクイン達の様子を見に行こう)

 そう思いながら、僕は洞窟の外へと急いだ。

 
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