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第三部 お腐れ令嬢

Episode71.迫りくるタイムリミット

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 騎士団が敬虔なる信徒ロドル・ゲマインを制圧し、その場にいたメンバー全員を捕縛、帝都に連行して投獄された。あの場から逃げた関係者も全員捕らえられ、敬虔なる信徒ロドル・ゲマインに関連する事件は収束の兆しを見せた。

 首謀者であるドラクガナル・ソニバーツは、主に皇宮横領罪と殺人未遂、国家内乱罪の刑にあたり、騎士団が法律に則って刑に処することになっている。持ち家や私物、領地はすべて差し押さえられ、帝国が管理することになった。ソニバーツ本家で働いていた人々は一切関与がなかったと認められ無罪放免。横領事件を手伝わせたベルベリーナに関してだけれど、「彼女は従っただけ」というソニバーツ本人の自供があったため、賠償金と懲戒解雇処分が妥当という判断となり、現在は実家で自主謹慎中という話だ。ベルベリーナ本人はショックから立ち直った様子で、女家庭教師として新しい人生を歩むため勉学に精を出しているという。リリアナは今でもベルベリーナを気にかけていて、たまにイゼッタと一緒にお忍びで会いに行くこともあるそうだ。

 また、ソニバーツが所有していた経典はカルロス皇弟によって持ち帰られ、皇宮司書の手によって鑑定されたあと、そのままロサミリスの手に渡った。

「時間ないでしょ? このまま持ってっちゃいな」
「いいのですか?」
「俺が陛下兄さんから許可を取り付けたからいいの」
「ありがとうございます、殿下」
「読んだ者は必ず虜にされるって言われてる本だから気をつけてねー」
「さ、最後に怖い事言わないでくださいませ……」

 笑いながらカルロス皇弟に経典『アルヴォ・ミラ』を渡された。
 読んだだけで虜になるというのは、さすがに彼の冗談だと思うけれど、万が一ということもある。
 その場では中身を確認することはせず、テオドラのもとへ本を持って行った。

「今まで読んだ中で一番古い言語が使われてる。文字が掠れて読みにくい場所も。…………お時間をいただけますか。何とか解析いたします」
 
 本の事はテオドラに任せ、ロサミリスはじっと待つことにした。
 
 一週間経っても、一か月経ってもテオドラから連絡がこなかった。

 待つしかない。
 いつのまにか、タイムリミットといわれる五か月を切っていた。
 ある日、手がほんのりと熱を持っていたことに気付いた。熱でもあるのかと大事をとって、毎日欠かさずやっていた運動も魔法武術の鍛錬もストップした。どれだけ休んでもやはり手だけが妙に熱い。休み過ぎると心配性のサヌーンお兄様が「熱でもあるのかい? 可哀想に。食事の時は俺を呼んでもいいんだよ? あーんしてあげるから」「動けない? お姫様抱っこしよう」という感じで、でろんでろんに甘やかそうとしてくるので、気付かれる前に見た目だけは健康を取り繕った。

 もしかしてと思って黒い手袋を取り、実験を開始する。
 銀食器を手に持つ。
 三分後、変化なし。
 十分後、変化なし。
 三十分後、手に持っていた箇所が腐敗し、ぼとりと絨毯の上に転がった。

 これはダメだとロサミリスは思った。
 すぐに手袋をはめて、銀食器を持つ。二時間経っても銀食器は腐敗せず、少しだけ安心した。
 テオドラの施した封印術では抑えきれなくなっている。 
 封印術があるおかげでモノを触ってから腐敗するまでに時間がかかっているけれど、それでも安心できない。それからロサミリスは、茶会の申し込みや舞踏会の参加をすべてキャンセルし、いつも以上に人や物に触れないよう心掛けた。兄や両親に怪しまれないように、空いた日程には魔法武術の練習や勉学に打ち込んで過ごす。

 テオドラから急いで来てほしいと連絡を受けたのは、タイムリミットまで残り五か月というタイミングだった。
 ロサミリスはジークと一緒にテオドラのもとへ急いだ。

「解読するのに苦労しました」

 無精ひげを撫でるテオドラは、明らかにげっそりしていた。本の解読に精魂尽くしてくれたのだろう。ロサミリスは心配したけれど、テオドラは「楽しかったですよ」と朗らかに笑う。子どものように顔をキラキラとさせていた。

「神に祈りを捧げる儀式があったんですよ! この祈りの儀式は、元々は三千年前に神との別れ、つまり神性を宿した少女が亡くなったときに、神を神の棲まう世界に戻すための儀式を、ミラの傍仕えだった著者ヨハネスが改良したものみたいです」
「祈り……」
「大発見ですよ! 実はこの祈りの儀式、月下の女神や光の巫女で有名な『踊り子マライシャの物語』のものと酷似しているんです! きっと元は同じ儀式だったんでしょうが、伝聞を繰り返すうちに流派が別れて踊り子物語のほうが有名になったんですね類似点は場所が神殿ということと神に祈りを捧げるということで相違点としては踊り子物語のほうは舞を披露することでより神に注目してもらえることに工夫がなされていて衣装も───」

(えと……早口過ぎてついていけないわ)

 ロサミリスはジークと顔を見合わせる。
 ジークも分かっていない様子だった。

「ごっほん。すみません、マニアック過ぎました。まとめますと、ルーツは同じなので踊り子マライシャの物語を参考にしましょう」
「踊り子マライシャ…………勉強不足ですわ、名前しか存じていませんの」
「俺は名前すら初めて知ったな」
「本自体はそこまで流通しているものではありませんからね。知る人ぞ知る話です」

 テオドラの話を聞いていくと、災いをもたらす神のお告げを聞いた一人の踊り子が、神の想いを自分なりに解釈し、踊りとして披露することで、神自身に自分の声を届け、災いを祓い除けたという物語だった。

「マライシャはその神秘的な黒い髪を靡かせていたところから、神秘の象徴だった月になぞらえて月下の女神と呼ばれていました。儀式で災いを追い払ったことで、そのあとは光の巫女とも呼ばれています」
「ずいぶん褒め称えられているのね……」
「当時は疫病が蔓延していましたから。彼女が舞を披露したことで、その疫病も鎮まったとされています。それと、これは私の推測になるのですが、初めてミラの呪いを振り払ったのも、このマライシャという女性だと思いますね」
「だからマライシャを参考にすれば、ロサも呪いを取り除けるということか」
「はい。ロサミリス嬢は光の巫女として舞を披露すればいいんです」

 光の巫女だなんて、いくらなんでも仰々しい。
 自分はそんな大層な存在ではない。
 《黒蝶の姫君》という異名だって、どうしてこんなに広まってしまったのか分からないくらいなのに。

「ロサが巫女と呼ばれても俺は信じるがな」
「同意見です」
「テオドラ先生まで…………」

(ま、まぁ……本当に巫女になるわけでもないし、あくまで昔の呼称だし…………気にしたら負けよね)

 気にしないでおこうと、ロサミリスは思った。

「ただ、この儀式にはかなり準備が必要です。厄介なのは“舞”ですかね」
「儀式の準備は俺が引き受けよう」
「それがいいですね。ロサミリス嬢には今から舞を覚えてもらいます……と言いたいところなんですが、実は舞自体はどんなものなのか分からないんですよね……」
「書いてないんですか!?」

 それは、かなりまずい。
 夜会で披露するダンスと、踊り子が披露する舞は全然別物だ。
 舞なんてやったことはないし、見たことだってほとんどないのだ。
 せめてどんなものかイメージを掴めないと、短い期間で習得して儀式を行うのは無理がある。

「まぁまぁ落ち着いて。どんな踊りか書いていないというのは、決まった型がないということ。つまり儀式に必要な舞台さえジークフォルテン卿が用意してくれたら、あとは強い想いさえあれば何とかなるということです」
「そんなアバウトな……」
「昔の儀式なんてそんなものですよ。むしろ正式な手順があるのなら、それこそきっちり順序立てて書いているはずなのです。書いてないという事は、我流でいいんですよ」
「確かにそうかもしれませんが……」
「ロサの周りに舞を披露できる人物はいないのか? 教えてもらうことでそれなりの形にはなると思うが」
「……あ、そうだわ!」

 一人だけいた。

「ヨルニカ妃は元踊り子よ。もう亡くなられているけど、娘のリリアナ様なら一度くらい見たことがあるかもしれないわ。リリアナ様に聞いてみるわ」

 
 後日、ロサミリスはリリアナ皇女にヨルニカ妃の舞を見たことがあるかどうか、あったらぜひ直接会って教えてほしい旨の手紙を書いた。返事はすぐに来て、舞を見たことがあることと、会える日程を分単位で教えてくれた。

 リリアナは現在、皇女教育のかたわら色々な夜会に出席して社交の経験を積んでいる。ソニバーツが失脚したことで貧弱になってしまった体制も、ランズヴァルド侯爵が後ろ盾として名乗りをあげたことで、強固なものになった。ランズヴァルド侯爵家といえば魔導科学の大黒柱、特に帝国のインフラ面を司る家柄で、貴族的にはここ百年で力を付けた有力な新興貴族である。

 かの家はどうやら、リリアナ自身の豊富な魔力や魔法の才能に目をつけたらしい。ランズヴァルド侯爵家の当主はリリアナの物怖じしない性格が気に入り、本家の研究室にも招いているとか。
 実はこれから5年後、リリアナが地脈に眠る新しい新エネルギーを発見し、それを応用した魔導車という四輪駆動車を開発して帝国史に名を残すのは、また別の話である。

 閑話休題それはともかく
 一度だけヨルニカ妃の舞を間近で見たことがあると言ったリリアナは、その舞についてロサミリスにこう表現した。

「荘厳な音楽と煌びやかな世界でステップを踏むダンスとは違い、静かで、神々しくて、月下の女神かと見まごう美しさじゃった。まあわらわの母君は黒髪ではなかったがな。長い手足を使って披露されるその舞は、非常に繊細でありながら力強く、見た者を惹きつけて離さなかったぞ」

 先帝ゲオルグも、ヨルニカ妃の舞に一目惚れして皇宮に連れ帰ったという話だ。

「ロサには多大な恩がある。ささいな礼になるが、わらわが覚えている限りの母君の舞を伝授しよう」
「よろしくお願い致しますわ、リリアナ様」

 こうして、ロサミリスの特訓は始まった。
 ロサミリスが舞を形にするまで丸二か月を要し、ジークが儀式の舞台を整えたのは、呪いのタイムリミットである17歳の誕生日の、三日前のことであった。

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