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第三部 お腐れ令嬢
Episode63.皇弟と皇女
しおりを挟む「ドラクガナル・ソニバーツを、本日付けで爵位剥奪、および帝都からの永久追放。ソニバーツ家の家宅捜索及び、ソニバーツを帝国全土にわたっての指名手配した」
「そうか…………」
「俺としちゃ動くのが遅すぎるぐらいだけど、まあ頭の固いご老人共にしては行動が早かったんじゃない? 皇宮一の頭脳と謳われ、先帝時代の功労者と呼ばれた宮宰を、重い腰を上げて捕まえようってんだから」
「………………」
「あんまり驚いてないね?」
腹違いの兄の言葉に、第四皇女は小さく首を振った。
「驚いていない、と言ったら嘘になる。じゃが、わらわは……」
「前から疑っていた、ということだよね。おかしいと気付いたのはいつかな」
「最初から……わらわの後ろ盾になると挨拶しに来たときからじゃよ」
沈痛な面持ちで言葉を絞り出すリリアナに、カルロスは「ふーん」と興味なさそうに言う。幼い時の荒れっぷりを知っているカルロスにとって、リリアナは“お子ちゃま”そのものだった。ゆえに信頼していた後ろ盾が裏でこそこそ宗教団体を作り、犯罪まがいのやり方で組織を成長させていると聞けば、我を忘れて取り乱し、魔法の一発くらい放ってくると予想していた。
「あやつは初めて見た時からわらわに、自分の思うがままに行動しても良いと言ってくれた」
「君にとっては甘言のように聞こえるけど?」
「ダメじゃ。わらわは先帝ゲオルグの娘。──皇族として産まれた以上、責務を果たさねばならない。最低限の責務すら出来ないようじゃ、思うがままに振る舞ってもただの暴君じゃ。いずれ見捨てられる」
リリアナの白金の瞳が、兄を射抜くように見つめる。
「わらわは第四皇女として、よき皇族でありたい」
「良い顔をするようになったじゃん」
「この心得はロサに教わった」
「あの子に?」
「よき主であれ。人の上に立つのならば、まずは己を磨け。この人なら従ってもいいと思わせ、心を掴みとれ」
「確かに黒蝶の姫君なら言ってそうだ」
「じゃから、ありがとう兄君。後ろ盾とわらわが共倒れにならないように、便宜を図ってくれたそうじゃな。イゼッタから聞いた」
「別になんもしてないけど?」
「ふっ、根回しというネチネチした事なら、兄君が一番得意じゃろ?」
薄桃色の髪を手で払い、白金の瞳を細めてリリアナが笑う。
「よくご存じで」
華やかな白金の前髪を掻き上げて、カルロス皇弟は白金の瞳孔を鋭く尖らせた。
「さて、じゃじゃ馬姫の御守りも今日でお役目終わりなようだし、俺は俺の仕事に専念させてもらうとしますか」
「ソニバーツを捕まえるのか? じゃが、手がかりすら見つかっておらんのだろう?」
現在、カルロス皇弟の部下がソニバーツの行方を捜索しているが、未だ尻尾が掴めていない。
唯一の手掛かりとすれば、ラティアーノ伯爵領に根城を築いているという、にわかには信じられない情報だけ。
「『経典はラティアーノにあり』────こんな分かりやすいヒント、普通の人なら嘘だと笑い飛ばすところだけど」
「事実なのじゃな?」
「目撃情報があるんだ。たぶんどこかに秘密の入り口みたいなのを作っていて、そこから奴ら──敬虔なる信徒の基地になっているんだと思うよ」
「そこまで絞れているのに、まだ入り口は見つからないのか?」
「統率力のない寄せ集め集団かと思いきや、そういうところだけ一流の犯罪者集団って感じがするよ。まあ、敬虔なる信徒の元締めが、銀の麗人じゃあね」
「手がない訳ではないのじゃろう?」
「まあね。第一弾は人海戦術でいこうと思ってるよ」
そのとき、扉がノックされた。
入って来たのはカルロス皇弟の侍従である。
「殿下、お客様がいらっしゃいました」
「お、噂をすれば。────いいよ、通して」
「? 誰を呼んだんじゃ?」
侍従が部屋から去り、“お客様”を連れて戻って来る。
部屋に入って来たのは偉丈夫だった。
白髪を撫でつけたオールバックスタイル。元武人ということもあり、四十を超えても体は逞しく引き締まっている。
「よく来てくれたね、ラティアーノ伯爵」
「ロサの父君か…………!?」
そこにいたのは、ロードステア・ラティアーノ伯爵だ。
「んとー、あれ? サヌーンルディア卿は?」
「申し訳ありませんカルロス殿下、せがれは同行を拒みまして……」
「そりゃ残念」
ぜひともロサミリスの兄でもある彼に会いたかったのが、カルロス皇弟の本音である。
オルフェンと同じく、カルロス皇弟にとってお気に入りの人物の一人だ。ただどうやら、カルロス皇弟の片思いであるらしい。
『実力があるくせにへらへらした態度が鼻につくし、なにより婚約者を三人も侍らせているのが気に喰わないね』
サヌーンルディアがロサミリスに愚痴った内容である。
しかしどれだけサヌーンルディアが個人的な理由でカルロス皇弟のことを嫌っていても、本人はまったく気にしていなかった。むしろ、嫌がられるほど燃える性質である。
「じゃあ伯爵から後で話を通しておいて」
「承りました」
そのとき、再び侍従がやって来た。
「ロンディニア公爵がご到着されました」
「お、来た来た」
続けざまに部屋に入って来たのは、鋭利な顔つきが特徴的な金髪の紳士だ。
すでに年齢は50を過ぎており、もうすぐ息子のジークフォルテンに爵位を譲ると言われている人物。ロンディニア公爵家は優秀な魔導師を多く輩出してきた家系で、その流れで魔導関連の事業を手掛け、成功を収めている超名門貴族だ。
魔導に対し、ラティアーノ伯爵家は多くの武人を輩出してきた「剣」の家系だ。
ラティアーノ次期伯爵であるサヌーンルディアがまさに傑出した存在で、保有する魔力量と組み合わせて帝国一の剣豪と呼び声が高い。横のつながりが広く、帝国最強の傭兵団や国境を守る辺境騎士団とも交流があるという話だ。
名門二家当主の登場に、リリアナはごくりと唾を飲み込む。
カルロス皇弟は堂々としていた。
「来てくれてありがとう、ロンディニア公爵」
「殿下の頼みとあらば、駆け付けるのが公爵家の務めですから」
「よし、ワンコくんは今日は来られないっていう話だから先にすすめておこう。じゃじゃ馬姫も話を聞いとく?」
「ああ、聞く」
カルロス皇弟、第四皇女リリアナ、ロンディニア公爵、ラティアーノ伯爵が順番に席につく。
「悪い奴らを一網打尽にするための、作戦会議を始めよう」
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