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第三部 お腐れ令嬢
Episode53.「最近は物騒だから気をつけないとダメだよ?」②
しおりを挟むロサミリスはいま、カルロス皇弟とリリアナに挟まれ、帝都を散策していた。
二人はそれぞれ、お忍び用の格好になっている。
人前に出ることがなく、髪色も淡い桃色のリリアナは至ってシンプルなワンピース。一方、即位式で演説もしていて広く顔が知れ渡っているカルロス皇弟は、特徴的な白金髪を隠すようにシルクハットを被り、目の色を隠すために色付き眼鏡をかけている。
もっとこう、皇族なら華やかな雰囲気を隠し切れないのではと不安になったものだけれど、カルロス皇弟は上手く溶け込んでいる。締まらない笑みを浮かべているせいかもしれない。
(皇弟殿下、思った通りの人ね……)
カルロス皇弟の持つ雰囲気が、相手から弱く思われるための自演ではないかと、ロサミリスは考えている。そのおかげが幼い頃から色々な人に慕われ、味方が多い。頭がキレており、有能な部下を選別する目も養っている。先ほども会話の主導権を渡そうとしなかった。
さらにいえば、ロサミリスにとっては一番苦手な類いの男性である。
(妙に距離感が近い…………わたくしが婚約者持ちってことを知りながら、あえて楽しんでるわね)
ロサミリスが表立って嫌がっても、カルロス皇弟は「君って離れてると攫われそうで怖いんだよね」と距離を詰めてくるのだ。
皇族の権限もフル活用して悦に浸るタイプ。
こういうタイプの人は、何を言っても逆効果で、喋れば喋るほど相手を楽しませてしまう。ロサミリスはどちらかというと顔に出やすいタイプなので、余計に拍車をかけるかもしれない。
(ジーク様みたいに仏頂面を貫ければいいのに……)
それでもカルロス皇弟の人気が根強いは、おそらくギャップだ。
普段はおちゃらけた態度を取っているが、真面目な時は人が変わったような雰囲気になる。即位式で真面目に演説していたこと彼の事を思い返せば、確かにギャップがあるのかもしれないと、ロサミリスは感じた。
(なんて計算高いの。猫被り界の皇子様って呼ぼうかしらね)
ロサミリスが外側を歩こうとすれば、カルロス皇弟はさりげなく内側へエスコートした。こういうところも女性にモテるギャップの一つなのねと感心しつつ、それでも、内心でため息を吐いた。
ロサミリスがエスコートされたい男性なんて、一人しかいないのだ。
(ジーク様がいらっしゃれば……)
思えば、皇宮に召し上げられてからというもの、忙しさに追われて会うどころか手紙すら書けていない。せめて何かしないと、可愛げのない女だと思われるのは困る。我が婚約者はたいそうおモテになるのだ。人気でいえばフェルベッド陛下やカルロス皇弟にも引けを取らない。
(女の子らしさを出すのよ…………女の子らしさを出して、ジーク様に可愛いって思われないといけないわ。でないと、いくら『愛してる』なんて言われても、うつつを抜かしている間にジーク様は心変わりしてしまうかも。……………………でも女の子らしさってなにかしら)
常に毅然と。
常に美しく。
それがロサミリスのモットーであったために、『可愛い女の子』というものが分からない。
(分からないけれど、そうだわ。皇宮での出来事を一筆したためようかしら。リリアナ様にダンゴ虫をプレゼントされたこととか、イゼッタさんのこと、ベルベリーナさんのことも書いて……)
それを読んだ彼は、どんな表情をするだろうか。
想像するだけで楽しくなり、自然とスキップしたい気持ちになる。
そのあとは、可愛い装飾店や服飾店、最近流行りのケーキ屋さんを回った。若い女性の間で流行っている庶民的な便箋を見つけて、それを購入。40代くらいの女店主に「好きな人に書くのかい?」と言われ、ロサミリスは微笑んだ。
「はい」
「まあ、いいことだわ。お嬢さんに素敵な未来が訪れるように祈っておくよ」
「ありがとうございます」
お礼をして、カルロス皇弟とリリアナのもとへ合流した。
ニコニコするロサミリスに対して、二人が剣呑な雰囲気である場所を見つめていた。
「あれは…………なんじゃ?」
「喧嘩かな? 雰囲気悪いね」
大通りから枝分かれしている道の先に、親子と思われる二人が、お互いを抱きしめているのが見えた。周りには雰囲気の良くない大柄の男や、入れ墨の入った男、にやにやと笑う長身の女が囲っている。ご近所同士で仲良く談笑……にはとても見えない雰囲気だ。
さあ……っと、楽しい気分が消えていくのを感じた。
「あの顔に入れ墨に入った男性、捕らえたほうがいいですね」
「へえ、気が合うね。俺もそう思ったんだけど、ちなみに理由は?」
「………………クスリを、やっているかと」
六度目や七度目の人生では、そういう人と出会ったことはない。
出会ったのは、一度目の人生だ。
スラムが拡大し、諸外国から危険な薬が流入して、町一つが地獄絵図と化した。
その時に見た人物と、目が虚ろな感じがよく似ていた。
「へえ、意外。そんな事も分かるんだ。やっぱ面白いね、君」
「そんな事を言っている場合では──」
「じゃあ、黒蝶の姫君はじゃじゃ馬姫が暴走しないように捕まえといてー?」
リリアナを背中に隠しながら、ロサミリスは手を伸ばした。
「騎士団を呼んだほうがいいのではありませんか? あと、殿下自らが行かれるのは危険すぎるかと思いますわ」
「大丈夫大丈夫。俺、体動かすの好きだし」
そう言って、カルロス皇弟は被っていたシルクハットを取り、ロサミリスの頭に被せた。相変わらず自分のペースを乱さない人だ。何を言っても無駄だろうと、大人しくリリアナに危害が加わらないように、ぎゅっと抱きしめる。
「ああ。あやつは大丈夫じゃよ」
「リリアナ様?」
「あのネジが一本外れてそうな笑みを浮かべるわわらの兄君は、嫌いなものにはとことん嫌いと言うタイプじゃからな」
リリアナが大丈夫だというのなら、見守ろう。
いつの間にかカルロス皇弟は、三人組の数メートル先にまで近づいていた。
「献金しろよ。おまえ金持ちなんだろ」
「だから、私は信者じゃないんですよ! 私の家は昔からシズール教の信者なんだ、ミラ教なんて知らない!!」
「じゃあ、この女は誰だ? この女はおまえの妻じゃないのか、アア?」
父親が突き付けられたモノクロの写真には、黒いフードを被った女性が、帝都の集会に参加している様子がきっちり写っていた。父親は顔面を蒼白にし、首を横に振り続けている。
「人違いだ! この写真にいる女性なんて知らない。私たちは敬虔なシズール信者だ!」
父親は涙目になって娘を抱きしめる。娘だけでも何とか生き延びさせようという、強い意志表示だった。
「いいからとっとと金を出せ。でないと、邪神ミラがおまえたちに不幸を振りまくぞ!」
一番大柄の男が、父親の胸倉を掴んだ。顔を近づけ、恐喝している。
「君たちさ、ミラ教の信者だよねー?」
そこへ、間延びした青年の声がかけられた。
親子を取り囲っていた三人組が、急に現れた白金髪の青年を、睨みつける。
「だったらどうした」
「じゃあ昨日の集会の参加者?」
「はっ、まぁな」
「へえ。だからそこにいる親子から金を巻き上げようとしてたんだ」
「ああ。てめえは何者だ? 馴れ馴れしい口を聞きやがって」
「──もし、本当に信仰深いミラの信者がいたのなら、信仰対象であるミラを『邪神』だなんて呼ばないし、不幸をばら撒くなんて言わない。信者に恐喝するなんてもってのほか。……神を信仰しているという大義名分を得て私腹を肥やそうとしている下種の分際で、よく俺にそんな口が聞けるね。その臭い口を閉じてくれる?」
色付き眼鏡を指で少し下げ、垣間見えた白金の瞳が魔力を伴って怪しく光る。
凄まじい威圧感。
三人組が、顔を青白くして一歩ずつ後退した。
「白金髪…………まさか、おまえ皇族か!?」
「バカ野郎! 皇族がこんなところで油打ってるわけねぇだろ!?」
「ぴんぽんぴんぽーん」
カルロス皇弟はすっと目を細めた。
汚物を見るかのような表情だった。
「俺は人民の上に立つ側の人間だ。法を犯し秩序を乱す輩は捕まえなくちゃいけない。そんでもって、あんたらみたく面白くない奴は嫌いなのよ。手加減できないよ?」
「な、っ!」
カルロス皇弟は殴りかかろうとした大柄の男に一撃をかわし、膝を折り曲げ、男の腹にさしこんだ。「つまんな」と言いたげな彼の背後で、今度は入れ墨の入った男が奇声を上げて襲い掛かった。けれども、どうしてか当たらない。流麗な動作でかわしきり、最後は短剣の先端を指で挟んで止める。
「あー。せっかく体を動かせると思ったのに、興醒め。これならワンコくんとかと戦った方が絶対に面白いのになぁ」
腰を抜かした長身の女を、瞬く間に気絶させたカルロス皇弟。
遠巻きに見つめていたロサミリスは、彼の表情を見てぞくりとした。
(カルロス皇弟殿下って、こっちが素よね)
あれが、カルロス・アスク・ロヴィニッシュなのだと、思い切らされる。
「あの。ありがとうございました!」
先ほどまで震えていた父親が、思い切り頭を下げる。
「カルロス殿下ですよね。危ないところを助けてくださり、なんとお礼を申し上げたらいいか」
「いいのいいの。これが皇族の務めだから」
「なんと徳の高い……!」
「お兄ちゃんありがとう!」
親子共々カルロス皇弟に感謝の意を述べ、笑顔で去っていく。
カルロス皇弟は「さて」と、ロサミリスに向き直った。
「あとは俺の方で騎士団に引き渡しておく。こんな奴らがたぶんまだ帝都にいるみたいだし、俺ちょっと見回りしてくるわ。じゃじゃ馬姫のことよろしく、黒蝶の姫君」
「今からですか?」
「そそ。いい社会見学になったでしょ?」
確かに、リリアナにとっては俗世を知る良い機会になっただろうけれども。
(ちょっと刺激が強すぎるのではなくて?)
カルロス皇弟が歩き始める。ロサミリスの前で立ち止まり、預けていたシルクハットを指で挟み、持ち上げた。
「こんな感じで最近は物騒だから、気を付けないとダメだよ? じゃ、また会ったら喋ろうねー」
シルクハットを丁寧に被り直して、カルロス皇弟はへらへらと手を振りながら去っていった。
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