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第三部 お腐れ令嬢
Episode52.「最近は物騒だから気をつけないとダメだよ?」①
しおりを挟む「なんでおぬしが、わらわとロサのお忍びを邪魔するのじゃ!」
「えー。だってさ、陛下から『じゃじゃ馬姫』の面倒も頼まれてるんだよ? ちょうど仕事が一段落したところだし、噂の《黒蝶の姫君》にも挨拶しとかないとね」
頼んだ覚えはないぞ! と言いたげなリリアナの横を素通りし、青年は白金の瞳を細めた。
「初めまして、ロサミリス嬢。俺の名前はカルロス。知っての通りじゃじゃ馬姫の兄貴だ」
カルロス・アスク・ロヴィニッシュ。
リリアナからすれば腹違いの兄であり、現皇帝陛下の弟君でもある。
皇族なだけあって見目が麗しく、顔立ちは華やか。知的なフェルベッド陛下とは違い、締まりのない笑みを浮かべている。良く言えば人が良さそう、悪く言えば頭のネジが一本外れているという印象を受ける。
皇族主催の舞踏会や即位式もカルロス皇弟を見掛けたことはあるけれど、こうやって面と向かって挨拶したのは初めて。ロサミリスは淑女の礼を返した。
「ロサミリス・ファルベ・ラティアーノにございます。皇弟殿下に名前を覚えてもらえるなんて光栄ですわ」
「何を言ってるの、君の名前はずいぶん前から俺も兄さんも知ってたし、じゃじゃ馬姫を更生させたって今となっちゃ皇宮内で一番の有名人だよ」
「お言葉ですが、リリアナ様は元から良い子ですので」
ロサミリスが言えば、カルロス皇弟は「分かってる分かってる」と笑う。
「そういうわけで、今日は俺も同行するから」
「リリアナ様の護衛なら皇宮近衛隊の彼がいらっしゃいますので、足りていますわ。どうして皇弟殿下が?」
「そうじゃそうじゃ」
ロサミリスが初めてリリアナの部屋を訪れた際に案内してくれた彼。
風の魔法で吹き飛ばされ、後にリリアナから謝られた際に、感動して泣いてしまった人物である。今はカルロス皇弟に見られて背筋を伸ばしていた。
護衛ならば皇女付きの者が数名いる。わざわざカルロス皇弟が同行する必要なんてない。
「五日前、帝都で大規模な宗教集会が開催された。このことは知ってる?」
「集会ですか?」
ここ三週間ほどは皇宮暮らしをしていたので、ロサミリスは知らない。
リリアナの反応も同じだった。
「帝国は宗教の自由を許している。ま、そもそも帝国人はみーんな同じ神を信じてるから、わざわざ宗教集会を開く必要もない。だから、国教ではない宗派の宗教集会が開かれて、結構驚いてるんだよ」
ロヴィニッシュ帝国民の8割以上が、勝利の女神シズールを信仰しているけれど、法律上では宗教の自由が許されている。そのため小さな宗派が集会を開き、信仰を広めようとするのは珍しい話ではない。
「集会参加者は二百人」
「結構多いですわね」
「そ。結構なインパクトがあった。しかも、その演説を熱心に聞いていた人と、全く興味のないシズール信者が衝突して、ちょっとした強盗と傷害事件が起きた。すぐに騎士団が動いたから鎮圧には成功したんだけど、新聞記者がその場面をがっちり収めててね。翌日の朝刊でばら撒かれたもんだから、帝都がちょっとしたパニックになってるのよ」
「それは……確かにインパクト大ですね」
「でしょ? まあ集会のあった場所が帝都の中でも治安の悪い場所だったから、事件に発展しやすい場所ではあったかもね」
治安の悪い場所には行かない。
あとは人通りの多い場所に留まるのが、リリアナとの散策と楽しむベストな方法だろうか。
「ちなみに、その宗派は邪神ミラを崇めているという話だ。ま、集会を開催して演説してた男を除いて、ほとんどみんな敬虔な信徒じゃなくて、集会に便乗して悪い事をしたいから、勝手に信者を名乗ってる荒くれ者たちらしいけど」
予想外の言葉に、ロサミリスの鼓動が跳ねた。
邪神ミラ。
呪いを産み落とした元凶とも呼べる存在を、信仰している集団がいる?
呪いの辛さを知っている身からすると、到底理解できない連中だと思った。
「あ、このことは他言無用だよ。皇宮内でパニックが起きそうだから」
カルロス皇弟の視線の先にいたのは、侍女二人。イゼッタはともかく、心配になるほどベルベリーナの顔が真っ青になっていたので、少し気になった。
カルロス皇弟が続ける。
「聡明な黒蝶の姫君殿ならご存じだと思うけど、邪神ミラを崇拝する組織は歴史上に何度となく登場し、帝国を混乱の渦に陥れた犯罪組織だ。脅すような事を言うけど、奴らの周りには必ず危険な薬や人身売買が執り行われている。そんな危ない輩が帝都の端っこで集会を開いたんだから、兄として妹と妹のお友だちを心配するのは当然だよね?」
胡散臭い笑顔に押し切られるような形で。
ロサミリスは、カルロス皇弟とともに皇宮を発った。
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