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間章
略奪令嬢の恋路②
しおりを挟むあくる日。
ローランドは侯爵家の三男坊ということもあり、長男や次男と違ってかなり自由な生活を送っている。絵画の道へ突き進めたのも、三男だったということと、彼の両親が彼のことを応援してくれたことが起因している。
特に用事がなければ、ローランドは山の中にあるアトリエにいる。
「ローランド様……?」
いない。
いつもなら、顔に絵の具をつけながら描くローランドがいるはず。
(外へ出てるのかしらね)
木の椅子に腰をかけ、彼の帰りを待つ。
すぐに戻ってくるものだと思っていたけれど、二時間待っても帰ってこない。
(今日はここにいないのかしら)
結局、それから一時間待ってもローランドがアトリエに来ることはなかった。
もしかしたら、今日はアトリエに来る予定はなかったのかもしれない。
彼の予定を思い返してみたが、今日はこれといった会食も茶会も、誰かと会う約束もなかったはず。ならばアトリエで絵を描くのが彼の日課で、そこに疑いはなかった。
奇妙だと思ったけれど、気にしないようにした。
◇
そして、それから一週間後。
その間一度もローランドと会うことが出来ず、ビアンカはずっともやもやしていた。他の事に集中すれば気も休まるかと思って、本を読んだり勉学に励んだりした。
ローランドから急な呼び出しを受けたのは、何もせずぼーっと外を見ていた時だった。
大急ぎで身なりを整え、髪型も可愛く纏めてもらう。
侯爵家からの遣わされた馬車に乗ること、一時間足らず。
降りた場所は、見覚えのあるレストランだった。
(ここ…………でも、まさか……)
うるさい鼓動を落ち着かせるように、胸に手を当てる。
給仕係に促されるまま個室に進むと、そこにはローランドがいた。
いつも油絵を描いているような作業服ではない。夜会にも行けそうな黒い正装だけれど、へにゃっとした締まらない表情、良く言えばいつも通りの心根の優しい微笑を浮かべていた。
「急に呼び出しちゃって、すみませんでした。あなたをびっくりさせたかったんです」
着席して早々、ローランドは小さく頭を下げた。
「いえ、気にしないでください! それよりもここって……」
「ずっと前に、ビアンカが興味を示していましたね。人気店だったので、なかなか予約を取れずに今日まで伸ばしてしまいました……」
貴族令嬢も足を運ぶと言う人気のレストラン。
新鮮な魚介を使った料理が美味しいと評判で、予約は二、三か月待ちだという。
こんな素敵なレストランでディナーが出来たら。
ビアンカが独り言のように言ったことを、ローランドは覚えてくれていたのだ。
「あの、ローランド様……」
(うぅ…………なに緊張してるのよ私!! いつもの猪突猛進ぶりはどうしたのよ!?!?)
なぜ好きな人が相手だと気になることも聞けないのか。
ビアンカはほとほと困り、給仕係が持ってきた水を一息で飲み干した。給仕係が「え!?」と驚いたが気にもならない。
そのあと「あー」とか「えー」とか言葉にもなっていない声を出していると、食事が運ばれてきた。最初は前菜、その次にスープ。メインとなる魚料理は、今まで食べたことがないほどの美味。ほっぺが落ちそうなほど美味しいとはまさにこの事で、だらしなく頬が緩んでしまう。
「んー。幸せ…………っ!」
「喜んでもらえて良かったです」
「もぉ最高っ! こんなに美味しい魚料理食べたことないわっ!!」
(あ。また私、はしゃいじゃってる……っ!)
淑やかな令嬢を目指すのが、今のビアンカの目標。
なのに、美味しい食事を目の前にするとすぐ素が出てしまう。
「嬉しいな。最近、食事の時にあなたが笑わなくなって、ちょっとつまらなかったんです」
「私が……?」
確かに、礼儀作法に気を取られ過ぎて、食事のときに笑わなかったかもしれない。
「だから、本当に嬉しい。私は、あなたの裏表ない素直なところに好意を覚えていますので」
「……っ」
丁寧で、かつ、直接的な表現。
ローランドは普段からこういう人だ。舞踏会で彼とぶつかったときも、ビアンカは「どこ見て歩いているのよ!!」と文句を言った。あのときのビアンカは、一緒に踊ってくれるパートナーがおらず、独りぼっちだった。
『もしかして、あなたも踊ってくれる相手がいないのですか?』
『そうよ。どうせ私なんて誰も興味を抱かないのよ、主役は会場の中にいるんだから。絶賛ぼっちだわ』
ビアンカの口も悪かったが、ローランドも中々にストレートな言い回しだ。彼はオブラートに包む事を苦手としていた。そのせいで何人もの女性から別れを告げられ、20歳になっても独身を貫いていたという。
会話の中で、ローランドの趣味が絵を描くことだと知った。
興味はなかった。
ただ、自分と同じく独りぼっちだという彼に、少し親近感が湧いた。
『こんなところ出て、外に行かない?』
『外に薔薇園があります。いまちょうど、絵を描いているのですよ。見ていきませんか?』
『いいわ。どうせダンスを踊る気にもなれないし』
ローランドは、すっと手を伸ばしてエスコートしてくれた。
後から思えば、その時からローランドの事が好きになっていた。彼の貴族らしくない物言いと、なにより、あの場で唯一ビアンカのことを気にかけ、声をかけてくれたのは彼だけだった。
「あ、あの!」
「なんですか?」
食事をすべて終えて、ナプキンで口もとを拭うローランド。
「私の気のせいかもしれないですが、最近ローランド様が上の空だったような気がして……。それはなぜでしょうか?」
(ああ聞いちゃったぁあああ!!!)
もう聞いたからには後戻りできない。
目を瞑って、どきどきしながら待ってみると──
「すみません、実はこれについて悩んでいたのですよ。どうも私は、一度悩み始めるとずっとそればかり考えてしまうようでして…………あなたに気に入っていただけると嬉しいのですが」
そう言って、ローランドは胸ポケットから小さな箱を取り出した。
上等そうな青く長方形の箱、装飾品を入れるもののように見える。
「ネックレスです。あなたの金髪に映えると思って、誕生石のパールをはめ込みました」
「綺麗……え、まさか、何をプレゼントするか迷って、ずっと上の空だったってこと……?」
「お恥ずかしながら」
ローランドは、照れくさそうに頭を掻いている。
「え、でもこの間アトリエにいなかったのは?」
「ああ、あれはこのネックレスを取りに行っていたのです。……まさかあなたが私に会いに来てくださるとは思わず」
(全部私の勘違いだったってこと!?!?)
「……気に、入りませんでした?」
ブンブン首を横に振る。
「嬉しいです。こういうものを女性に贈った事なくて、何を渡せば喜んでくれるのだろうってずっと考えていて……」
「ローランド様……」
「あなたを喜ばせることが出来て本当に良かったです」
◇
「それでね、ローランド様がこのネックレスをくれたのよ。うふふふ、あなたの美しい黄色い瞳に映えるのはこのネックレスしかないって」
「お姉様、その話もう六回目ですわよ……」
ロサミリスのツッコミに、デレデレと頬が緩みまくっているビアンカ。頭の隅々までローランド一色のため、ロサミリスがジト目していることに気付いていない。
「うふふふふふ。ローランド様、なんとお優しい人なのかしら」
今日も今日とて、ビアンカはローランドにお熱であった。
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