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第二話 入学式は波乱の幕開け

1 早起きは三文の得

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新しい環境で眠れないかと思いきや、ぐっすり熟睡してしまった安城明日香です。
 現在時刻は朝六時。
 農家は日が昇ると同時に活動し始めるのが日常なので、もう早起きの必要はないというのに、身体は慣れた時間に起きてしまった。
 目覚ましなんていらないくらい、体内時計が優秀過ぎる。
 でもせっかく早起きしても、もう畑の世話も、弟妹をたたき起こす作業もしなくていいというのは、楽でもあり、ちょっと寂しい。
 あぁ、朝からホームシックだよ、お姉ちゃんは……。
 でも今日は入学式だし、気を取り直して。

「朝ご飯って、何時からだっけ?」

昨日入寮した際に常盤さんからそうした決まり事の書面を渡されているが、そんなものを読む気力があったはずもなく。
 昨日部屋に据え置きの机に置きっぱなしにしてあったものをぱらぱらと読めば、開いてすぐのところに「朝食は七時から七時半まで」と書いてあった。
 ちなみに朝練で朝食に間に合わない人は申請しておけば、おにぎり弁当を用意してもらえるらしい。
 じゃあ朝練でもない私は、無駄に早く起きてしまったこの時間をどうするか。

「ちょっと散歩でもするのも、いいかも」

これから三年間過ごすんだし、このあたりがどんなところか気になるじゃないか。
 小さくてもいいから、畑とかあったりしないかな、ないだろうな、うん。
 けどそうと決まれば、洗面台で顔を洗って着替える。
 散歩なので制服じゃなくていいだろうし、スウェットでいいか。
 そう思ってさっさと着替える途中、そういえば今日から男子として生活するのだったと思い出す。
 だったら下着とか、どうしようかな?
 体育とかで着替えとかあるよね。
 今だって、胸を隠したりとか……しなくていいか、うん。
 私ってば一応スポーツタイプのブラジャーをしているのに、スウェットの上から胸の膨らみがはっきりとは確認できない。
 っていうか、男子だってこのくらい胸ある人いるよね。
 あっちは胸板だろうけど。
 下着はスポーツブラの上から肌着を着ておけばいいということにしても、男子たちが全員裸な空間に入るのは勘弁だ。
 そしてトイレも、個室に入ればいいのだろうが、他の男子が用を足している最中に入るのはちょっと勇気がいる。
 うん、着替えとトイレは要相談かな。
 こういうシュミレーションが出来たんだから、これだけでも今日早起きした意味があったね。
 そんなことを考えながら着替えを終えて、昨日履いてきたスニーカーを履く。
 そして早朝ということもあり、できるだけ物音を立てないように寝室のドアを開けると、やはりリビングは暗かった。
 もう一つのドアからは物音が聞こえないので、神高はまだ寝ているのだろう。
 果たして彼に、何も言わずに出てもいいものか。
 なんが護衛っぽいことを言われたし。
 ……書置きでも置いておくか。
 きょろきょろすると丁度内線電話のところにメモ紙とペンがあったので、「散歩に行ってきます」と書いて、テーブルに置く。

 こうして準備ができたところで、そろりと廊下に出る。
 朝早すぎるのか、人の気配はないが物音はしているので、おそらく朝練組が活動し始めているのだろう。
 昨日の騒動を思えば、ここで誰かに会ってまた騒ぎになるのは避けたい。
 なにせ今の私はパンダの子供状態なのだから。
 三階にある部屋から足音を忍ばせながら一階に降りたところで、お茶すら飲まずに散歩に出るのは健康的に良くないと思い、一階出入り口にある自販機で温かいお茶を買って飲む。
 お年頃の女の子は、身体を冷やしてはいかんのだよ。
 でもこういった自販機での買い物も、毎日となれば馬鹿にできない。
 学費と寮費は国からの支援金が出ているとしても、日々のお小遣いは家族からの仕送りが頼りだ。
 いくら私の入学金になるはずだった学費分がまるっとあるとはいえ、弟妹たちの学費のためには貯金が必要。
 なので、無駄遣い厳禁なのである。

「ここでも水筒持参だな」

中学では登下校ルートに自販機なんて洒落たものがなかったので、ほぼ全員水筒持参だったのだ。
 ちなみに持ってこない奴は、水道の水を飲んでいたのだが。
 そうと決まれば、今日からでも水筒にお茶を淹れていこう。
 もしかしたら寮の食堂で淹れてくれるかもしれないが、飲み慣れたお茶がいいと思って、茶葉を荷物に詰めているのだ。
 出費と言えば昼食だって、学食で食べるか購買のパンを買うかだ。
 朝昼夕と食事が決められてしまうと窮屈だろうということで、昼食だけは自由選択らしいのだ。
 寮の食堂で事前に注文しておけば、おにぎり弁当を昼食用に作ってくれるって聞いているけど、お金に余裕がある生徒は昼食くらい贅沢したいのかも。
 だって山の上にある学校で娯楽が少ないし、楽しみって食事くらいだろうから。
 それでも学食もパンも格安で提供されているらしいとはいえ、これだって毎日となると出費がかさむ。
 基本は弁当でたまに学食やパンでもいいかもしれない。
 おにぎり弁当でもいいが、自分で作るのもアリだろう。

「確か、食材も入れて貰っていたよね」

都会のご飯が口に合わなかったらかわいそうだという祖父母の愛が、一つだけものすごく重たい段ボールを作っていたはず。
 散歩から帰って早速開けよう。
 畑仕事や家族の世話で忙しい母や祖母を手伝うために、お弁当を作っていたのがここで生かされるとは、人生わからないものだ。
 昨日からの一日足らずで、何回このセリフが浮かんだことか。
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