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第一話 いかにして私が「男子」になったのか

7 私はパンダらしいです

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学園長との話し合いを終えた私は、手荷物を抱えた状態で、常盤さんに寮内を案内されている。

「こっちが談話室ね。
 大きなテレビもあるし、コーヒーサーバーとかも自由に使っていいよ」

「はぁ……」

私は常盤さんの説明を半ば聞き流しながら、これからのことについて考えていた。
 人生ってなにがあるかわからない。
 まさかそれを、若干十五歳で悟ることになろうとは。
 こんなこと、間違っても家族には言えないな。
 きっと知られたら大問題になる。
 そりゃそうだよ。
 私だってこれが他の弟妹のことだったら、どうして性別を偽らなければならないのか、って怒るもん。
 能力が云々ってのを言っていないなら、なおさらだ。
 まあでも、高校の三年間だけのことだし。
 二人部屋って言っても寝室は個室だし。
 寮なんて寝に帰るだけだって割り切れば、やっていけないこともない、かもしれない。
 あ、でも男子で通っていたら、女子トークができないのか!
 都会でしか手に入らない雑誌とか、お菓子とか、色々語り合いたいのに!
 男子な私でも、誰か語り合ってくれる女子っているかなぁ?
 悩ましい問題に突き当たったところで、ふと視線を上げた私は、この時ようやく気が付いた。

「なんか、人が多いですね」

そう、なんだかさっきからやたらと人がいる。
 ここへ来た時に誰とも会わなかったのが嘘のように、やたらと人とすれ違う。
 廊下を歩いていても、面している部屋のドアが微かに開いていて、中から人が覗いているのがわかる。
 思えば、常盤さんに案内された談話室は、人口密度が高かったし。
 みんな風呂も済ませて部屋でまったりしているんじゃないの?
 実家だとこの時間、弟妹たちとテレビのチャンネルをめぐって熾烈な争いを繰り広げているのに。
 談話室でも一応テレビがついていたけど、誰も見てなんかいなかったし。
 あそこにいた人たちは、駄弁るためにあそこに集まっていたの?
 なに、皆暇なの?
 それとも、そんなに私に興味あるの?
 『無能』ってやっぱ珍しいのかな。
 こんなに注目をされるのも人生初体験なので、ビビっている私に常盤さんが苦笑した。

「皆、新入りに興味津々なんだよー」

なるほど、私は動物園のパンダか。
 都会では滅多に見られないパンダの子供を見るために大行列を作っていて、何時間も並んでいる人たちがニュースに映ってたっけ。
 私はまさにそのレアなパンダの子供ってわけだ。
 それにしても、人の視線がこれほど鬱陶しいものだったとは。
 きっとあのパンダの子供も、人に囲まれてさぞストレスフルだっただろう。
 そんなことに思いをはせている間に、どうやら目当ての部屋の近くまで来たらしく。

「あそこの角の部屋だよ」

常盤さんがそう言って私が入る部屋を指し示した時。

「おう、常盤ちゃん」

低いバリトンの声が、廊下に響いた。
 バタンバタンバタン!
 かと思えば、廊下を覗いていた部屋のドアが立て続けに音を立てて閉じていく。
 どうしたどうした、なにがあった?
 この現象にビビる私の視界の先、廊下の角から姿を現したのは、背の高い強面なライオンヘアーの男子だった。

「ソイツが噂の新入りかぁ?」

ニヤリと笑うその顔が、髪型がライオンヘアーなことあり、まるで肉食獣のよう。
 着崩しているシャツの下は、鍛えられた肉体がチラリと見えている。

「ええっと、そうだけどさ……」

そんなワイルド系男子に、常盤さんがビビるかのように一歩下がる。
 まあ気持ちはわかるよ、あちらさんは明らかにヤンチャさんっぽいもんね。
 逃げ腰な常盤さんに、ワイルド系男子は距離を詰めてくる。

「『無能』ってのは本当かぁ?
 ちょいと試してみてぇんだが」

相手の提案に、常盤さんがぎょっとする。

「だ、ダメだよ!
 能力を使っての喧嘩は禁止だからね!」

ブンブンと首を横に振る常盤さんに、ワイルド系男子がニヤリと笑う。

「んな大げさなこっちゃないって。
 どんだけデキるのか見てやった方が、これからのソイツのためにもなるってもんだろう?」

このワイルド系男子の言い分に、廊下の向こうから「ヒューヒュー!」とはやし立てる声が聞こえてくる。
 たぶんお仲間さんなんだろう。
 っていうか、「デキる」ってなにがだ。
 そして「デキる」の基準はどこにあるんだ。
 俺基準とかはナシだからね。
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