フリークス・ブルース

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月の獣を探せ

15 恵能者フーシ

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 旧バザール会場のテント跡。凄惨な戦闘の痕跡も消えぬ怒涛の自体の中、さらなる邂逅と亀裂が新たな戦闘の鐘の音を鳴らす。支配的な戦慄感。言及し難い緊迫の空気。睨み合う双眸が威嚇の絶えない両者の挙動を牽制しあっていた。

 王種ハーフ。ヴァンプールのカラの血を有する穢れた生命。懐妊した人間の女の腹から出でる巨悪の根源。呪いにも等しい預言に囃し立てられた大王もまた、同じくヴァンプールと人間の子であるとされている。であれば彼女はその大王に足る存在か。否、その対人類においての脅威度こそ高くはあるが、大王には一歩も二歩も及ばない未完の生命体。
 しかし、その実力は折り紙付。蛮勇誇る人間がいくら挑んでも彼女の前には返り討ちにて死に絶えるだろう。
 推定カテゴリー4。厳重警戒対象にして、率先して駆逐が求められる保有能力・戦闘能力共に高い個体。

 通称《永遠の淑女・エカチェリーナ》。数限られる王種の生存個体であり、一端の知性と教養を身に着けたヒトならざるヒト。その年齢は不肖。しかし少なくともその存在は四十年以上前から確認されている。それに比例せず見た目は端麗なうら若い淑女のそれ。瀟洒かつ高潔。絢爛かつ高貴。派手なドレスに身を埋めながらも常に輝くようなカリスマ性は、その一瞥のみで格上生命であるアミヤナを萎縮させるに事足りるほどであった。

 相対するは人間側の対ヴァンプールの専門化集団。その中でもとり凶悪度・脅威性共に高いヴァンプールの収容と封印を担っている《白き監獄塔》の看守長にして第一圏では知らぬ者がいないほどの有名人フーシ・リンカン。そして彼が引き連れてきた26名の銃士隊。彼らが皆一様に装備するのは対ヴァンプールの恒常兵器である《銀腐の弾丸》を装填した18口径ライフル。狂的な生命力と強靭な肉体を持つというヴァンプールもその弾丸を食らえば立ちどころに弱体化し、これまでのヴァンプールの捕縛に大きく貢献してきた武器だった。

「看守長。発砲と交戦の許可をお願いします。王種ハーフと言えどカテゴリー4登録の個体。現状の戦力で十分に制圧できます」
「んー。まぁ、そうなんだけど。ガラデックスが留守の今、監獄塔の戦力が独断で王種の相手をするのはあまり望ましくない……話が通じる分、お喋りして帰ってくれるのが一番助かるんだけど……いや、ここは甘えを見せる場面じゃないね。《ロッカー》の準備を」
「了解しました。また、イーネ本部への通達とガラデックス氏の応援依頼も同時に完了しました。看守長。今、我々が対面しているのは大王候補の危険生命体です。ここで確実に駆逐しましょう」
「うーん」


―――


「内緒話は終わりまして?」
「ああ。悪いね、仕事柄大きな声で言えないことの方が多いんだ。で、レディ・エカチェリーナ…君の目的は?」

 エカチェリーナは空を浮遊した。そっと地面から足が離れ、さも当然のように宙でピタリと停止している。羽もなければエンジンもない人間の体がだ。
 そして、浮き上がったこれ以上にない上から目線から彼女は指をさす。

「本来の要件を包み隠さず伝えるほど、ワタクシは親切ではなくてよ。けれど今さっき出来たついでの要件でよければお伝えしようかしら。―――そこに伸びている女の頭を献上してくださいな。さすれば皆さまの命までは取らないと約束しましょう。ええ、公平な取引だと考えますが如何?」
「悪いがそれは出来ない。エリゼが君の父である《悪食王》ラン・インツイの仇であることは知っているとも。そんな親の仇をどうこうしたいって気持ちは実に人間らしいが、生憎彼女は大事な仲間でね。君に上げるくらいなら…」
「もう結構ですわ」

 エカチェリーナはそう言うと、口元を手で隠した。
 それと同時にフーシは神速に勝る勢いでその場を離れる。できれば部下の者らにも退避の命令を出したかったところだが、生憎とそんな暇は微塵もなかった。次いで聞こえてくるのは部下の悲鳴。振り返ればそこには血飛沫をあげる無数の部下たちの姿があった。

「「「うわぁああっぁぁあああ!!!!」」」

 悲鳴には種類がある。痛みによる悲鳴。恐怖による悲鳴。しかし彼らはヴァンプールに対して恐怖を抱くことはまずない。彼らにとってのヴァンプールは駆逐対象であり、捕縛対象であり、封印対象であるからだ。怖がっていては何も成し遂げられない。この悲鳴は種類としては前者だ。
 血煙に周囲の空気が揺らぐ。明らかな能力の行使、次いで目に見える損害。
 白い制服隊はその八割を超える者らが何かしらの損傷を負っていた。一瞥しただけでも六名程度は即死したと思われる。皆が体のどこかを《食い千切られた》ような傷を制服の上から負い、耳を捥がれた者や首を抉られた者、手足を取られた者もいる。一瞬の出来事故の混乱もあるのだろうが、当の攻撃者は依然として宙に可憐に浮いたままではやはり負傷の痛みが彼らの中で意識として先行している。

(確認済みの王種とはいえ、戦闘事情は未登録のヴァンプール……この分だと深く考える必要はなさそうだが、こうなってくると撤退以外の選択肢がなくなるか…?)

 フーシは常に足を止めずに駆け続けた。エリゼほどの速さはなくとも、常に動き続けるというその意識は確固たるものだった。彼はそうしながら宙に堂々と静止しているエカチェリーナを睨む。彼女は手で隠した口元を何やら忙しなく動かしており、時折その口元から零れてくる人間臭い血肉の破片を見止めるや否や大声を発して警鐘を鳴らした。

「対象は《悪食王》ラン・インツイと同じく《捕食》の力を持ったヴァンプールだ。捕食の恵能は精度が低い!常に散開して狙いを定めさせなければ負傷はかなり抑えられる。初動の被害がなければ駆逐も可能なレベルだが、ここは退いて大勢を立て直す。ガラデックスがすぐには来ない!あまり無茶をしては後に響くぞ」
「了解。総員、散開の後に陣形を再度形成。警戒と対策を常に意識しながらたいきゃ―――ぎゃッ!!?」

 副隊長とでも言える人物の首から上が抉り取られた。死煙に濁って見えずらくはあったが、彼らに攻撃を仕掛けて言うのは空中に顕れた《口》だ。亜空間からいきなり現れた口が顕現とほぼ同時に噛みついてくる。顎の力は人間の比でなく、人間の手足や顔を食い千切るのは動作もないことらしい。
 狙いの精度が低いというのはその通りらしく、散らばり出した部隊を追おうと空中の至る所に口が咲いては噛みついているが、あまり命中しているようには見えなかった。とはいえ、そのつもりになればかなりの範囲で同時に空間無視の攻撃が出来るというのは明確な脅威であり、その射程内から逃れる必要があるのは変わらない。

 フーシの瞳は憤りに濡れる。

「……ん。食事中のレディの貌を値踏みするように見つめるのは不躾ではなくて?」
「人様の部下咀嚼しながら良くもマナーが説けるもんだ。あの悪食王の忘れ形見は彼ほどの器量は無いらしい」
「確かに我が王は貴方たちのような有象無象を食らい潰す時はもっと豪快に平らげたものです。しかし、私とて乙女なものでして――――」
「恥じらいがあるなら結構。以前から王種は人間的な生物なのかヴァンプールに寄った生物なのかの議論があったが、今はっきりした。お前は人間じゃない。ここで殺したいが、君は淑女らしく死んでくれるか?」

 淑女は嗤う。

ワタクシ、ただ目の前にあった粗食を口に含んだまでのこと。これを戦闘行為を見做されては困りものですわ。私、貴方たちに興味はありませんの。先程述べたでしょう?私は要件のついででこの場に貌を出したまで。目につく場所に置いてあった菓子につい手が出てしまうのは何より人間らしいのではなくて?」

「ああ―――その憎まれ口ともっとお喋りしたいなぁ。せっかくだから僕の監獄まで来てくれないかな?丁度君のお父さんも太々しく閉じ込められてることだし。一度格子を挟んでお茶会と洒落込むのはどうだろう?」


「あら!我が王との謁見が叶うのならこれほど嬉しいことはありません。しかし、良いのでしょうか?我が王との茶会なればそれなりに質の良い茶菓子が必要でしょうに。ので心配ですわ」

 優男の貌が歪んだ。殺意が風圧となる。
 彼の駆け足がある地点で止まり、部下が用意していた何らかのケースを手に取った。丈がかなり大きな棺桶状の黒いケースであり、それを抱えながらフーシは再度動き出す。

「《ロッカー》起動。土塊つちくれに偽りの生命と血溜まりを。遍く生命を凌辱し、天地無用の理にて我が使途となれ。柩より出し転厩の名はラータ。ラータよ、我が望みのままに敵を鏖殺せよッ!!!」

――――

 フーシ手に光の十字架が握られる。それらからは何本もの細く長い糸が伸びている。無数に連なった光の糸は黒い棺に吸い込まれるようにしてその蓋の内側と繋がっており、棺の蓋が開くと同時にその中身が糸につられて勢いよく飛び出してくる。さながら一個生命を用いた操り人形マリオネットだ。糸に繋がった人形はフーシの体躯よりも大きく、目・口・鼻が縫合されたそれは何やら人形よりも恐ろし気な気配を漂わせていた。

 フーシ・リンカン。第一圏に収容されている特別収容対象であるカテゴリー5:リー・ザッケンハイムを自ら打倒し、収監後にその恵能と紐づいた恵能者。司る力は【腱】の権能。本来分断されている因果律を無理やり繋ぎ止める超能力であり、存在しない縁を確立させる因果の干渉術。
 さらに言えば、彼は。残る一つの力はエリゼと同じ【みち】の恵能にして路を進む力。光の糸は彼がを使役するために必要な路であり、そこに腱の恵能を合わせることによって成し遂げられる偉業、《ヴァンプールのマリオネット》である。


「なんとまぁ、趣味の悪い」
「ヒト食いよりはましさ」

 フーシの五指に繋がる光の糸。無惨な操り人形と化したヴァンプールがフーシよりさらに大きなヴァンプールが寄生虫に支配された虫のように成すがままにその身を夢中に動かす。糸は伸び続けながらも盛んに手繰られ、やがてヴァンプールの巨躯は跳躍して宙に浮かぶエカチェリーナを間合いに捉える。

「醜いこと……」

 既に何度もの空間出現の捕食攻撃を仕掛けていたエカチェリーナは、やはりその命中精度の低さがネックとなってそのマリオネットを仕留めることが出来なかった。同時に狙っていたフーシもまた常に移動し続けているために狙い仕留めることが叶わず、目・鼻・口が縫い付けられたヴァンプールが眼前に飛び上がってくる。

「捕食の権能は勢いとスピードに弱い。エリゼのゴリ押しで親父が負けたのに同じ轍を踏むあたり、親子揃っておめでたいな!!」
「それはこちらのセリフですわよ」

 次の瞬間、使役していたヴァンプールの姿が消えた。
 違う、。その証拠にエカチェリーナの眼下の地面は堀を掘ったように抉れている。つい今まで跳躍していたヴァンプールに繋がっていた光の糸はその地底に繋がるほどの穴に向けて伸びており、あの高度から即座に叩き落された挙句に地面深くまで沈められてしまったのだ。

「――― は?」
「二種持ちの恵能者がイーネにはいるという噂はかねがね。興味はありましたのよ?私も同じようなものですから」
「……撃墜の能力だと?……こんなバカな話あってたまるか」
「私こう見えても人間でありますのよ?然るに貴方のように恵を授かっても別段不思議ではありませんわ」

 フーシは息を飲んだ。
(捕食と撃墜持ちの王種だと?王種が継承だけでなく恵能まで持ち合わせるとなると話がかなり違ってくる。この分だとまだ何か隠し持ってる可能性すら考えるべきか……なんにせよカテゴリーは見直す必要ありだな)

 撤退状況を確認する。足腰を負傷した隊員以外は殆ど指示に従って退去している。エリゼも無事に搬送できたのであれば、もはやここで彼が殿を務める必要もない。感情的に熱が上がっていた頭も今の衝撃で少し冷えたため、今ここでエカチェリーナと戦うことの愚かさは十分に理解できる。

「……降参だ。流石に撃墜まであったらこっちの手札はゼロ。勝負にならない。どうだろう?右腕一本くらいでこの場を治めてくれないかな」
「賢明な判断ですわね。流石、人間と言った所でしょうか。……自分の腕を差し出せば文字通り食い下がるとお思いでしたらやはりことですわね。その粗食に満たない味では

 それだけ言うと満足そうに彼女は飛び去っていった。空を飛ぶヴァンプールは少なくないが、これだけ余裕をもって飛翔されるとなんだかフーシは苦笑いを浮かべるしかなかった。
 部下の死体がそこら辺に転がっている中、五体満足でその場に立ち尽くす自分を想う。部下が弱いのではない。相手はそれだけ未知数の生命体というだけだ。しかし、イーネの本隊がこの場に居ればおそらく彼女を打倒できたという事実を考えると、少しばかり胸が締め付けられた。

「無駄死にじゃないよ。君たちは」
 
 脳裏にちらつく悪役令嬢の悪意に満ちた嘲りの貌。

「あいつは僕が殺す。君たちの無念は近いうちに晴らそうとも」




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権能ヴァンプール/恵能者 一覧 を キャラクター紹介 に追加しました。
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