フリークス・ブルース

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月の獣を探せ

09 恵能者エリゼ

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 対ヴァンプールの駆逐組織。それがイーネと呼ばれるものであり、事実上の対ヴァンプールの治安維持にやkうアリを果たしてることの説明は受けた。そこに所属する者たちの目を見張る戦闘能力や異次元のパワーはセノフォンテがその身を以て既に味わっている。彼らは特別に強い人間たちだ。
 そんな彼らの戦闘によりこの街は破壊された。空前絶後の大立ち回りに周囲のビル群は倒壊し、砂塵爆風吹きすさぶ剣戟には息をする暇すらなかった。身を包む閃光は最終的に雷として周囲の一切を必滅せんという気勢すらあったものだ。
 彼らの戦いの舞台となった町はその苛烈な負担に耐え切れず、長引けばそれだけ瓦解する建造物が積み上げられるだろう。しかし、十分に破壊されたその町も財団の運営する修復機関の早仕事により既に修復以上の過剰再建が果たされている。イーネが破壊を担当する炎だとすれば、再生を担う土も石も木も、その他一切の資材・資金を投下してその活動を支えているのがPOP財団だ。いわば彼らはシステム的に構築された提携関係にある。これはもはや堅牢なパートナーシップと呼んでも良いものだろう。

 そもこれは想定されて然るべくシチュエーションだ。もし、この状況を少し早く勘繰ることが出来ていたら、このどうにもならない焦燥と動悸に苛まれることはなかっただろう。


―――

「おやおや。遊興ついでに得物の一つでも拵えようと寄ったバザール。少し前にガラデックスの手を握ったからにはそれに意味がないとは言わせないよ。どういう風の吹き回しでその糞クラウンと一緒にいるのか説明してもらおうか」

 のらりくらりと立ち上がる細身。戦士には見えない彼女だが、その規格外の強さはまさに鬼人のそれ。エメラルドの艶を持った髪の毛が身の内から湧き上がる怒りに震え立つように不気味に揺れていた。

「エリゼさん…これは」
「いいよ。言わなくて。それは勿論、君がなんと言い逃れようと特に私の行動に変わりが生じないから、という意味でね」
 拙い言い訳を拵える間もなく、エリゼの気魄が周囲に吹き荒ぶ。仮にそこに風がなくとも、凄まじい圧力が周囲の人間やシャベナラに大なり小なり彼女の殺意を気取らせた。ビリビリと地鳴りのように不安を煽った。

「セノちゃん。逃げるわよ。あーなったらマジでエリゼきゅんはナンセンス。だからマキナ・ヴェッラなんかと組みたくなかったのよ!!……気の毒だけど、エリゼきゅんもこうなったら殺される可能性があるわ。もうじき警報がなるから、とにかく逃げるの!!」
 言い切る前に視界を赤色の明滅が攫う。馴染みがなくともそれが警報音だとすぐにわかるような不協和音が響き渡り、町全体に避難勧告が発令されるようだった。
 バザール内にいた人間たちは勿論、シャベナラもそれ以外のよくわからない生き物もまとめて一目散に退散していく。とにかく必死そうなその様子がセノフォンテの中の焦りをより掻き立てる。焦りが不安になるより先に、エリゼが再び声を発した。

「誰が殺されるって?…ヴァンプール。お前は特例措置により生かされている身だということを忘れるな。その命の対価はイーネに対する貢献であり、安全の担保されない人食いを生かしておくだけの価値はない。そこの道化を消したら次はお前だ」
「ホント視野狭窄って怖いわぁ!!らしくないのか、らしいのか。そーいうトコ直したほうが良いわよ!かわいい貌が台無しだわ」
「マキナ・ヴェッラと行動を共にする時点でA級戦犯だ。さっきしっかりとと聞こえた。既にマキナ・ヴェッラと徒党を組んだ分際で説教垂れるのか?だからヴァンプールは嫌いだ。殺してなお足りない。肉も骨も粉になるまで磨り潰してやるわ」
「あー!!いいわよ。もう!!勝手にしてよね、そんなに嫌いならこっちも願い下げだわ!!…でもアンタに勝てるかしらん?マキナ・ヴェッラの中でもアーカス・レイ・ワダクはレベチよレベチ!!」


 怒髪天を突くという言葉があるが、今のエリゼはまさにそれだった。あり得ない空気の流れが生まれる。紛れもない突風が吹き荒れる。周囲の空間事変色するかのような気魄だった。いや、気魄どころかその声に出さない咆哮そのもので空間が引き裂かれるようにノイズらしき何かが走りだしていた。
 彼女に宿る殺意は本気だった。

「アーカスの名を語るなァあああ!!!!」
 バザール内に鳴り響くサイレンすら掻き消す咆哮。もはやこの広大なバザールには人っ子一人見当たらないが、代わりに少数のシャベナラが彼女の周囲に駆けつけていく様子が目に留まった。
「いよいよノーメイクで出歩きやがって…ッ!!!どれだけアーカスの死を侮辱すれば気が済むんだ。お前なんかがアーカス・レイ・ワダクだと?唾棄すべきジョークにもならない戯言だ!!殺してやるとも。ああ。この前みたいなファルシオンと一緒にするなよ、このサムライソードは虎の子だ。骨皮一切差別なく漸滅してやるッ!!!」
 彼女に駆け寄ったシャベナラは複数の武器を持ち運んできたようだった。ここがPOP財団の物流拠点なら高クオリティな武器の手配は敷居が低い行動であり、蓋然性も高い結果と言えた。
 実際に見たことはないが、その存在自体はよく見知ったサムライソード。昔の日本で使われていたような骨董品なのか、それともこの土地で鍛造された魔剣なのか、その答えはすぐに出た。

 柄を握り、鯉口を鳴らしただけだった。抜刀にも満たないその微かな動作だけで彼女に武器を届けたシャベナラたちが血を噴き出しながら斃れた。そして二度、三度と鯉口を鳴らすたびに数人のシャベナラが立ちどころに切り崩された肉塊に変貌していく。
 ウォーミングアップや試し切り程度の要領で命を奪うその埒外な精神力にセノフォンテは絶句した。

「エリゼ…さん?そんな、簡単に命を」
「今更で悪いけど、私って別に正義の味方とかじゃなくてヴァンプール殺したいだけの中毒者なんだよね。でも、そこのクラウンはまず何よりも殺してやる。これは私の誇りに誓ってやり遂げる。さぁ、最期に忠告してあげるよ重要参考人のセノフォンテ・コルデロ君。いいね?ガラデックスの事もあるから君を意図的に狙うことはない。逃げたいなら逃げればいい。でも、

――――

 動き出しこそ目に留まったエリゼの体躯はすぐに見えなくなった。それもそうだ、本気を出して戦闘に臨む彼女の姿など、動き出すその刹那までしか目で追うことなどできないだろう。ただ確かに感じ取れるのは未だ弛むことない新鮮な殺気と出鱈目な突風の出現。得物が重みとリーチの増した日本刀に変わったというのに、彼女の速度は今までのファルシオンを握っていたシーンよりもさらに速くなっている。
 小さなハリケーンが意思を持って動いているように、埒外な戦闘精神が一切の手加減なく暴威を振りまく。恐ろしいのは、その吹き荒れる突風を浴びるだけでその身に創傷が生じ、ガラスが割れて木が刻まれるような強大な余波の影響だった。異空間に身を沈めて泳ぐような彼女の高速戦闘は、靡いたエメラルドの頭髪からソニックブームが生まれるまでの脅威となっていた。

 これまでと同じく、まるで息つく暇がない。周辺の市場がたちまちに瓦解して塵屑に成り果てる様子を目にしては、下手に動けばあっと言う間に全身がバラバラにされるという不安がどうしても拭えなかった。じっとしているだけでも衝撃と轟音、耳元を掠めるような刃の渇いた音が忘れかけていた死の感触を再び彼に想起させる。
(……どうすれば………いや、こうなれば逃げるしかない。でも、彼女が言う通り、これじゃあ逃げる途中で吹き飛ばされても全然不思議じゃない。とはいえ、彼女もアーカスも、挑んでどうにかなる相手でもなし…)
 不可視の八方塞がりにより詰みかけていた選択肢が突如彼の足元に開いた《黒い孔》によって変化を喫した。
 吸い込まれる彼の体は岩に強く打ち付けられるような痛みを伴いながら落ちていき、錐揉みされる身はいつしかバザール会場の外まで飛び出していた。

―――――

「えっ!?」
「はろはろ、セノちゃん。こっちも虎の子使わせてもらったワン。だってピンチ・オブ・ピンチだったもの。ちょっとはヴァンプールらしいとこ見せないとね☆」

 船酔いと時差ボケが同時に襲ってくるような猛烈な不快感がセノフォンテを襲う。貧血の症状にも似た朦朧とした意識の中で認識した舞台は確かにバザール会場の外であり、すぐそこから響いてくる猛烈な戦闘音からしてやはり少し違う座標にその身が瞬間移動してしまったようだった。
 あの場に留まっていてはとても無事では済まなかっただろうというところで命拾いした感覚はあったものの、おかげで強い倦怠感と不快感に苛まれる結果となった。瞬間移動と言えば人智未踏の代表格の技術のようなものだが、ヒトが思い焦がれるような良いものではないように思えた。

「……うぅ。あ。アミヤナさん?」
「そーよ。ヴァンプールがこういうこと出来るって知らなかったでしょ?ま、秘密装置みたいなもんね。別にセノちゃん見捨ててとんずらしても良かったんだけど……巻き込まれて死ぬ命ってやっぱり美しくないわよねぇ」
「なんにせよ。ありがとうございます。確かにあの場にいたらヤバかったと思うんで」
「エリゼちゃんにも困ったもんよね。アレでも別に性格が悪いわけじゃないのよ?ただ人格がアレなだけ。芯の強い子に過ぎた力があるのなら、あーいう人間として暴れるのはむしろ当たり前のことだわ」

 観葉植物塗れの部屋で最初に衝突してからというもの、エリゼに対する戦闘面での評価は上がり続ける一方だった。常に攻勢展開する強行の姿勢もさることながら、魂のブレーキが壊れたような加速の仕方からすればともすればこれ以上の実力を秘めている伸びしろすら感じられる。特に、今手にしている得物が先日の者とは比較にならないまでのリーチと重みを有しているからか、耳に届く剣戟の音もまた一段とキレと威力を増しているような感もあった。

「エリゼさんの尋常でない力は恵能者だからなんですか?」
「あっら。セノちゃんてば意外とクレイジーな質問する子なのね。そこらへんは割とデリカシーが求められる部分よ。あのね。恵能ってのはヴァンプール対して部分隷属を認めているようなものなの。だってヴァンプールの力をわざわざ人間がそこそこ扱える程度まで希釈して付与してるわけだからね。特にイーネの恵能者なんて彼らの在り方に背反したタブー存在みたいなものだわ。だから恵能者の力を知りたいってことは、その子の全てのバックグラウンドを背負って悲劇を共有する覚悟でもなければそもそも口に出しちゃいけないことなのよ」
「なるほど。…確かに、ヴァンプールを駆逐する組織がヴァンプールを殺すためにヴァンプールの力を使うっていうのは少し妙だなとは思ってましたが」
「でも、別にいいわよ。エリゼきゅんだし。もーあの子のことは結構知られているから教えちゃっても問題なしだわ。ま、それでもカミングアウトは恵能の力だけにしとくわ。だってあの子があそこまで荒れ狂ってるのってやっぱり元々いたアーカスちゃんが理由だからね。無暗に話題にしたらそれこそぶち殺されちゃうわよ?」


―――――

 彼女の能力は《みち》だそうだ。
 ヴァンプールの能力が人間の手にある際に何より想像力が求められるように、その力を以て彼女が果たす力は同じ《みち》の力でも、《道》《路》《途》などと一様にできないその概念の内で《途》に通じる能力だと言う。

 そも、本人がわざわざ解説でも限り、恵能者の保有する力の全容は本人でしか知り得ない秘密なのだ。だからこそ、恵能者の力はそのあり方から多くの角度で考証され、考察され、理論憶測により多くの可能性がイメージされる。そのヒントは源泉として存在する特別なヴァンプールたちの行使する能力から天延された考えだが、大前提として強大な力を持つ特別なヴァンプールが能力を大規模で行使することは希少な現象なのだという。
 中には常に権能を展開し、アブー・アル・アッバースのように公然の機構として成立する迎撃能力などはイメージもしやすいが、どこかに潜んでいるとも知れない強大な権能保有のヴァンプールはたとえその力の一端をギフトされたとしても、その力の持ち主は不明とされるケースもあるらしい。

 彼女の保有する《みち》に関連した恵能者はプラグ・Sという仮定惑星連合においては最もポピュラーであり、その数も相当数存在するという。権能の持ち主はプラグ・Sの第二圏に棲むカテゴリー6の怪物パックス・アルデバランだと紹介された。パックス・アルデバラン自体が戦闘面で何かしら脅威度が高いというわけではなく、そのヴァンプールは存在の在り方がそも人類に対する脅威として君臨するため、もし外界に出たら、などという仮定すら必要せずにカテゴリー6という脅威が認定されているという。その知名度と恵能者の多さから彼女の持つ力の在り方も必然的に概念的収束カテゴライズすることも出来ると―――


「一途なだけに彼女の《途》の力は強大よ。外界出身の貴方にはすぐに理解できないと思うけど。んーそうね。例えば、そっちの世界に空間を剣で避けるヒトとかいるのかしら?」
「いや。ファンタジーの世界なら剣からビーム出すヒーローもいるでしょうが、さすがにそういう斬撃というのは伝説の中やアニメ、映画の娯楽の中にしかないでしょう」
「そっか。でも、エリゼきゅんが空間を斬っているかっていうのも違うのよね。外界の人間はそもそもあんまり戦わないみたいだし、ファンタジーとしてでも馴染んでるなら説明は出来るんだけどね。ぶっちゃけそういう人間が想像できるスキルとはモノの考え方が違うのよ」
「と、言うと?」

「あの子は自分の正面の空間と因果に干渉してるの。空間とはこのプラグ・Sと呼ばれる複合世界における一定のエネルギーと存在証明を担う座標とでも言っていいわ。分かり辛いのは我慢してネ☆…で、因果とはこの世界、圏域ごとに設定されてる個体と個体の行動を司り、運命を操作する修正因子。その修正因子の複合的結合、結晶化により齎される原因と結果の総合的なを《因果律》とここでは言うの。恵能という外界人智未踏と呼ばれるこちらの常識はによって成立していると断言するわ。仕組みとしてはイメージできるはずよ。外界のルールに外れた物理規則も、圏域ごとに少し勝手の違うルールがあるからこそ恵能は成立しているのよ」

 要するに、恵能者と呼ばれる人間側の超能力者たちは周辺の空間や運命を捻じ曲げているという解釈だという。なるほど、物理法則にそぐわない行動や挙動の数々はそれで無理やり説明がつかなくもないが、それだけに自分が使ったとされる《撃墜》の恵能に対する疑問もそれなりに湧いてくる。当然、セノフォンテは空間や因果律に干渉したなどという大事業を働いた気が微塵もないからだ。


「あの子の《途》の力は想像に難くないわ。自分の挙動の前に周辺の空間に《みち》を拓いているの。一度みちが拓かれてしまえばあとは自分や他の物質をそこに押し込んで、流すだけ。だから飛ぶような斬撃はそもそも空間に斬撃が走れるような《みち》を作って、そこに後から剣の力を注いでいるわけ。あの足の速さだってそう。自分の動くスペースを予め加速ゾーンとして用意しておくからこそ、最小限の消費で最高の重みを持ったスピードを実現できるのよ。自分の運動エネルギーの通り道、余分な波状エネルギーの通り道、自分が攻撃した対象の自由を奪う通り道、それを刹那的な思考域で可能とし、ありとあらゆる近接攻撃に適性と耐性を持っているのが第一圏最強の戦士と言われるエリゼ・キホーテの種と仕掛けよ」






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