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第4話 いいやつすぎない?

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 俺は階段を登り、最上階の踊り場に訪れた。

 そこには屋上への扉があり、やっぱり封鎖されている様子はなかった。

 空気を吸って息を整えたい。混乱している頭を、一時的にでもいいからスッキリさせたかった。

 俺はドアノブに手をかけてくるっと回した。予想通り鍵はかかってなかった。

 扉を開けると、見通しのいい景色が目に飛び込んでくる。見事な快晴だ。
 心地の良い風が俺の頬をかすめる。

 少しは落ち着くかと思ったけど、まだ俺の頭は混乱していた。
 なんで、あんなにそっくりなのに別人なんだよ。

「もう訳分かんねぇ」

 俺は深いため息を吐きながら呟いた。

「訳が分からねぇのは俺の方だ」

「っえ」

 声のした入り口の方へ振り返ると、そこには唐石海利が息を荒くして立ち止まっていた。
 急にいなくなった俺をここまで追いかけてきたのだろう。

 唐石海利は俺の方をじっと睨みつけながらゆっくりと近づいてきた。
 なんか、さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは明らかに違っていた。

「ちょ、怖いんですけど……」

 そのまま歩みを止めないので、唐石の足並みに合わせて、俺は後ろへと後退していった。
 ほどなくして、「ガシャン」という音ともに俺の背中に屋上の柵が当たった。

 もしかして俺、こいつに追いつめられてる?

「おい」

 教室とは打って変わったとても低い声だった。
 そして、俺の肩を強く押した。

「ふぇ??」

 柵に思いっきり叩きつけられた。
 なんだ、何が起こってるんだ。

「なぁ、お前さ」

 唐石海利は俺に顔を近づけた。
 そして彼は右手を、俺の真横の柵に音がなるほど強く打ちつけた。

 こ、これは、【壁ドン】ならぬ【柵ガシャン】!?
 まさか男にやられるとは。いや、男がやるものか。

「な、なんでしょうか……」

 教室ではなんだかんだ明るくて楽しそうな感じだったのに、急に事態が一変した。

「……本当に、心火か?」

 まるで槍で胸を刺されたような感覚になった。
 嘘だろ。
 こいつにはわかるのか?

「いや、そうですよ、ははっ」

 心火ではないと答えてもいいのだが、唐石海利の威圧に耐えられずに適当に受け流してしまった。

「心火はなぁ、女の子に怒鳴ったりしないんだよ。しかも、面識のない奴によぉ」

 さっきの真里菜似の子と話しているところ、見られていたのか。
 いや、あんだけ大声出せば、聞かれてて当然か。

「か、唐石くん。ちょ、ちょっと落ち着きなよ」

 殺気だ。こいつからは殺気を感じる。
 高校生の目つきじゃなくなってる。

「心火は俺の事、苗字で呼ばねぇ。仲いい奴はだいたい下の名前で呼ぶんだよ」

 まじか。そんなの知るわけないだろ。
 誰か俺に、虎頭心火取扱説明書を持ってきてくれ。

「ははっ、海利くん、怖い顔しないでくださいよ」

「くんはつけねぇ。それと、敬語も使わねぇ」

 そ、そうなんですね。
 わかっていることに追加しておきます。

 わかっている事〈更新〉

 その⑤
 友人の唐石海利のことは下の名前で呼んでいる。そして、めっちゃ怖い。

 俺が海利に喋り方を修正されていくと同時に、海利のほうの口調が荒くなっている。
 やっぱし、こいつは不良なのかもしれない。

「やっぱし、心火じゃねぇんだな」

 おどおどしている俺を見て、どうやら確信したようだ。
 こんなに早く中身が違うことを見抜かれるとは。

「……そうだよ。俺は虎頭心火じゃない」

 勘弁して俺は真実を述べた。
 述べたは良いけど、このあとどうなるのだろうか。

 ぶん殴られたりしないよね?
 大丈夫だよね? 海利くん。

「おっけー」

「え、おっけー?」

 不安がる俺をよそに、海利は先ほどの陽気さを取り戻していた。

「それが分かれば、手助けできるだろ」

「え、助けてくれるのか?」

 まさかの言葉だった。

「まぁ、なんでそうなったのか分からねぇんだろ? 
 心火のことは心配だが、今は穏便に過ごすことが重要だ」

 物分かりのいい奴と言うか、ただのいい奴と言うか。
 俺が海利に感じていた、主人公のなんだかんだサポートしてくれる親友ポジションっていう認識はどうやら合っていたようだ。

「時間がねぇから、手短に言うぞ」

「は、はぁ」

「心火の口調は柔らかい。だよ、とかそうだよねとかな」

「海利、こんな感じかな? だよね、そうだよ」

 俺は言われた通り、柔らかい口調で練習をした。
 なんでこんなことしてるんだ俺は。

「まぁ、そんな感じだ。それと1人称は俺じゃなくて僕な。
 あとはだんだん慣れるしかないな。
 さっきの女子3人が違和感を覚えなければ、及第点だ」

 さっきは4人の会話を聞いていただけで言葉を交わしていたわけではない。 
 そっか、あの子たちとこれから会話していかなきゃいけないのか。

「あの海利、 皆のことはなんて呼んでるのかな? 虎頭心火は」

「あ~、菜乃川のことは春乃な。沙理弥のことはちゃんづけ。
 ルニールはさん。様つけなくてもお前は怒られないから」

 次々と情報が更新されていく。
 これはありがたい。
 というか、海利が助けてくれるのは心強すぎる。

 まてよ、なんでこんなによくしてくれるんだ?

「ねぇ、もう1つだけ聞かせて」

「ん?」

「どうして、受け入れられるの? どうして助けてくれるの?」

 さすがにおかしすぎる。
 まず見抜いたこともそうだが、友達の人格が変わってることに気がついてすぐに受け入れられるか?
 それも助けようとするものなのだろうか。

「あ? そんなことかよ」

「そんなことって……」

「心火はな、自分のことよりも周りの誰かが悲しんだり傷ついたりするのが死ぬほど嫌いなんだよ」

 海利は心火がどういう人間なのか語り始めた。
 虎頭心火という男もまた、できた男だなと感心してしまった。

「今、この事実をみんなが知ったらどう思う? 
 泣き出すどころじゃないぞ。そんなことを、あの心火が許すはずもねぇ。
 俺はただ、あいつが嫌がることをしたくねぇだけだ」

 照れくさそうにするわけでもなく、当然だと言わんばかりの面持ちだった。

 海利、疑って悪かった。
 話がうまく進みすぎて、あとでしっぺ返しが来るのではないかと感じていた。

 けど、海利は友達思いの熱い男だった。

「そっか、じゃあ俺も頑張らないとな」

 これから虎頭心火として生きていくということを、あまり理解してなかった。
 けど海利のおかげで、それがどういうことか分かった。
 それに、自分のためだけじゃない。
 心火を思うこいつのために、努力していきたいと思った。

「あと、俺の前では楽な口調でいいから。じゃ、教室いくぞ」

「お、おう」

 わかっている事〈更新〉

 その⑨
 虎頭心火《ことうしんか》の1人称は僕で、口調は柔らかい。

 その⑤
 唐石海利《からいしかいり》は親友で、めちゃめちゃいい奴だった。
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