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第52話 約束

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 ジュタを除いた疾風怒濤の3人は宿屋に訪れていた。
 デフェロットとガッディアは、受付の近くにあるロビーのソファで休憩をとっていた。

「おっせぇな、あいつ」

 脚をじたばたと小刻みに震えさせており、少々いら立っているのが分かる。

「あの人数だ、仕方がないだろう」

 ガッディアは宿屋側が好意で出してくれたお茶に手をつける。

「ちげぇよ、レニナのほうだよ。あいつ、いつまで風呂入ってんだ?」

「そっちか。そういえば、随分時間が経ったな」

 2人は時計を確認して、ここに来てからすでに1時間以上も針が進んでいることに気がつく。

 この宿屋は自室以外にも、1回に大浴場があるタイプだった。それを知ったレニナは迷わずに風呂を入りに行ってしまった。

 のだが、その際に部屋の鍵も持って行ってしまったのだ。
 すぐに部屋に行こうとして彼女が鍵を受け取っていて、デフェロットたちに渡さずに女風呂に行ってしまったのだ。

 仕方がないので、ここで待っているのだが、中々風呂から上がってこない。

「あーくそ。やっぱマスターキー借りるか」

 宿屋の店主に、カギを預かったばかりなのに、部屋の鍵を開けてくれ、とは言いづらかったようで断念したのだが、もう限界のようだ。

 そんな時、1回の奥の部屋から、レニナが出てきた。貸出されているゆったりめの部屋着を着ており、手にはタオルとローブなどの服が入った袋を持っていた。

 小柄ながらスタイルはよく、胸元がちらりと見えているのだが、男たちはそんなことを注目していなかった。

「おっせーよ、バカ。鍵持ってったままだろお前」

「あーこれ? 悪ったよ。私もさっき気づいたんだよね」

 あまり心の籠もっていない謝罪をしながら、部屋の鍵をデフェロットに渡す。

「はぁ、余計に疲れさせやがって」

 デフェロットとガッディアが立ちあがり、階段を登ろうしてきた時だった。

「いらっしゃいませ~」

 と、店主の声が聞こえたので、3人は入口の方を向いた。
 そこには、くたびれた様子のジュタの姿があった。ほぼ、レニナの入浴時間と同じぐらい、鑑定に時間を費やしたようだ。

「お前、終わったのか」

「ご苦労だったな」

「丁度良かったじゃん。お疲れ~、ジュタ」

「お、お待たせしました」

 風呂上がりのレニナの姿に動揺しながら、彼は小さく頭を下げた。

「お前さ、さっきよりもひでぇ面してるな」

「だいぶ疲れたみたいだな。もしや、なにかあったのか?」

 出会った時から病弱のようにも思えるほど腰の低いジュタだったが、今はそれが悪化しているように見える。

「……いえ。大丈夫です」

 だが、ジュタは首を横に振った。

 それを見たデフェロットは「ほら、いくぜ」と適当に返すと、その場を去ろうとした。

 しかし、ガッディアは階段を登ろうとはせずに、再びロビーに居座った。

「何してんだよガッディア」

「始まりは交換条件とは言え、彼はパーティーの一員だ。
 キミも、仲間には悩みぐらい話すべきだ」

 そう言ってガッディアは、隣の席を「ポンっ」と叩いて、座るように促した。

「……すみません」

 猫背のジュタは申し訳なさそうにしながら、席に着く。

「っち、お人よしだな。悩みなんて自分で解決すればいいだろ」

 デフェロットは面倒くさそうにしながらジュタを見ている。その態度に怒ったのは、耳を尖がらせたレニナだった。

「ちょっと、あんたが「強くなりたい」って悩んでたから、私たちはここまで来たの忘れたの? ほんと、自分かってだよね」

 彼女は「強くなりたい」の部分を声を低くして言っており、デフェロットを真似して小馬鹿にしたようだ。

「……あーもう分かったよ。その様子じゃあ、なにかあったんだろ?」

 デフェロットは待たされたイライラを押し殺して、ジュタの話を聞くことにした。
 レニナも、デフェロットを注意した手前、拒否するわけにもいかずに席に座る。彼女はもうすでに風呂に入って体を癒しているので、余裕を感じる。

「……何かあった、というよりは、何もなかったっていうのが正しいんですけど」

「つまり、キミの【サーチング】で調べたが、全員隠れスキルを獲得できる可能性がなかったのだな?」

「はい。1人ぐらい、いるかもしれないと思ってたんですけど」

「そんなことかよ。お前が気にすることねぇだろ」

 隠れスキルがある確率はいまだ判明していないが、やはり素質のある者自体が少ないようだ。ジュタが昨日と今日とで調べた中で、デフェロットしか該当者がいなかったことがその希少性を現している。

「そう簡単な話でもないのだろう。だがこれで、情報収集してもジュタに辿り着けなかった謎が分かった」

 ガッディアはずっと、有能な希少スキルを持っている者の噂が、ここに来るまでに浸透していなかったのが不思議だった。実際にそんなスキルが存在しないか、所持者がいないならば別だが、ジュタはこの場所にいたのだ。

「どういうこと? 私にはさっぱり」

「つまり、彼は【サーチング・スニークスキル】を持っているわけだが、実際に発見できる確率は低い。そうなれば、素質のなかった者は少なからず落胆するはずだ。
 もともと期待はしていなかったが、俺も残念には感じたからな」

「あー確かに。「お前には才能がない!」って言われた気はするかも」

 デフェロット以外の2人もすでに調べられており、隠れスキルは持っていなかった。あの時はそのあとすぐにデフェロットの話題に映ったので、そこまで気にはならなかったようだ。
 個人としてはダメだったが、パーティーとしては当初の目的を達成したのだから。

「すみません。僕のスキルは期待だけさせて、相手を傷つけさせてしまうんです。さっきの人たちもです。「これなら知らない方が良かった」って」

 ついさっきのことを思い出しながら、余計に落ち込んでいくジュタ。

「あいつら、自分からのこのことやってきたくせに」

 実際にその場を目撃したわけではないが、デフェロットは分かりやすく怒りを露わにしている。

「あんただって、なかったら文句言ってたと思うけどね」

「はぁ、俺はそんなに沸点の低い野郎じゃねぇ!」

「どの口が言うんだかっ」

 2人は脱線して、いつものように口喧嘩を始めてしまう。

「おい、こんな時ぐらい静かにしろ」

 いつもは苦笑いしながらツッコむ程度のガッディアだが、今は真剣な顔で2人を注意している。

「……わりぃ」

「……ごめん」

「っごほん。話に戻るが、それが理由でジュタは、そのスキルを使用しなくなった。今まで俺たちに提案した条件を使って、他のパーティーと交渉しなかったのも、そのせいだな?」

 役立たずは必要ない、と言いそうなデフェロットと最終的に契約したぐらいなので、「隠れスキルが分かる」という自己PRはかなり有効的なはずだ。

「はい、おっしゃる通りです。子供の頃は、こう見えてちやほやされたんです。でも、スキルを使ったら皆を悲しませてしまった。泣き出す子や怒る子までいました。
 だから、そう簡単にはこのスキルを使ってはいけない、と決めたんです」

 子供は大人以上に、感じたことを表に出してしまう。そしてそれを受け止める側も子供なら、そちらも心に深い傷を負ってしまう。

「しかし、パーティーに入れない状況が続いたので、嫌々ながらそのスキルを利用することにした。
 そして、ちょうどその時に、キミの前に俺たちが現れた、ということだな」

 時系列にまとめながら、ガッディアは説明をしていく。それを聞いて、他の2人もなんとなくだが、ジュタの境遇を理解しつつあった。

「……あの、昨日の条件は忘れて、僕をパーティーから追放して貰って大丈夫です。話してみて思いました。僕は昔から誰の役にも立たない人間なんです。
 ガッディアさんは、良く言ってくれましたけど、【錬金術】を使って上手く戦えるかも分かりませんし……」

 どうやら、さっきの集団鑑定の際に、過去のトラウマを思い出して、相当精神的に辛かったようだ。

「そんなことは……」

 卑屈になっているジュタを慰めようと声をかけようとするガッディア。だが、それを遮ってジュタに思いを伝える者がいた。

「お前はバカか。つい昨日のことも覚えてねぇのか? お前は俺の役に立ったろうが」

「……え、役にですか?」

「あーそうだよ。俺には素質があった。そのおかげで、さらに強くなる可能性が見えたんだ。
 てめぇがどう感じようと勝手だがなぁ、自分のやったことぐらい忘れんじゃねぇよ」

 デフェロットはジュタのことを見下ろし、睨みつけていた。

「確かに、キミがここにいてくれていなければ、俺たちは何の成果もないまま帰ることになっていた」

「まぁ、結局こいつの獲得条件が分からないから、まだ時間はかかりそうだけど。でも、もうあちこち探し回らなくていいのは楽かな」

 レニナは人探しをすることに対して、最初から最後まで乗り気ではなかった。おそらく、ただ働きのように思えて嫌だったのだろう。クエストであれば、条件が判明せずとも報酬は貰える。

「お前が言ったことだ、お前から約束を破るのは許さねぇぞ。安心しろ。お前のレベルが上がっても役に立たねぇようだったら、遠慮なく追放してやるよ。
 それまでお前は、【疾風怒濤】のジュタ・ロロンアルファなんだよ」

 慰め、というよりは、ただ自分の思いを伝えているようにも見えた。
 だが、大事なのは仲間であるジュタがどう感じるかだ。

「……ありがとう、ございます。こんな僕ですけど、これからもよろしくお願いします」

 ジュタは目元の前髪を腕で拭うと、深々と頭を下げた。

「分かったら、とっとと部屋行くぞ」

 デフェロットは立ち上がり、ようやく部屋に戻れると思い深いため息をつく。だが、今回もまた彼は足止めを食うことになってしまう。

「ちょっと、あんた腕っ!」

 レニナが急に大声をあげだした。デフェロットの手元に異変が起きたことに気がつき、思わず声を出してしまった。

「どうかされたんですか……って、もしかしてそれって!」

 さっきまで俯きっぱなしだったジュタも、顔を見上げて目を見開いている。

「どういうことだ? 条件を満たしたとでもいうのか?」

 普段は冷静に分析する立場のガッディアも、この状況には素直に驚いている。

「おいおい嘘だろ!? まさか」

 デフェロットは3人のリアクションをオーバーに感じながらも、実際に手を確認すると彼も同じぐらい声を荒げていた。

 彼の手の甲にある紋章が点滅しているのだ。つまり、新しくスキルを獲得したという知らせだ。

 そして、デフェロットは詳細を知るために紋章に触れる。

 すると、彼が新しく獲得したスキルについて、画面が映し出される。

 ?の部分が消えており、スキル名と効果も判明したのだが、4人は全員ピンと来ていなかったようだ。

「な、なんだよこのスキル」

「これって、強いの?」

「当然だが聞いたこともないスキルだな」

「ど、どういうことなんでしょうか?」

 疾風怒濤の4人は、しばらく顔を見合わせるのだった。
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