上 下
1 / 1

裁判は真実を明らかにする場ではなく、あくまで人を裁く場

しおりを挟む
 まず、この事件を裁くのは、軍事法廷であるべきか? 一般法廷であるべきか? と云う事から問題になった。
 たしかに、軍人でなければ成し得ない犯罪ではあったが、戦争犯罪では無い。軍規違反ではあるが、ここまで重大な結果を招くような「軍規違反」など、軍に関する各種の法律や内部規則が制定された際には、誰も想定していなかった。
 クーデターを防止する為の法律・規則ぐらいしか、この事件に適応出来るものは無いが、それでも、かなり無理筋の解釈が必要になった。
 そして、次は、被告弁護人を誰にすべきか? と云う事だった。確かに、軍人がその立場を利用した犯罪ではあるが、軍の法務部の者が職務として弁護を行なえば、軍に対する国民の反感は更に高まるだろう。
 様々な問題が1つ1つ……満点には到底及ばない方法で解決され……ようやく、軍事法廷ではない、一般の裁判所において、一級殺人容疑として裁判が行なわれる事になった。

「では、検察は訴状を読み上げて下さい」
「はい……」
 だが、検察官が訴状を読み終えた時点で弁護人がクレームを入れた。
「裁判長……被告人達は一級殺人容疑で起訴されていますが……被害者はどこの誰ですか?」
「はぁっ?」
「被害者が、どこの誰か明らかでないのに……検察は被告人達が殺人を行なった事をどう証明するつもりなのか理解に苦しみます」
「い……いや……ですが……」
「我が国の裁判例を調べてみましたが……殺人事件の訴状に被害者の名前が書かれていなかったのは……被害者の氏名その他がどうやっても判明しなかった場合か、特段の考慮すべき事情が有る場合……例えば被害者の名を公表すれば、被害者の家族・知人に危険が及ぶ場合や、何らかの人権上の問題が生じる場合だけです。本件は、どのケースに該当するのでしょうか?」

 訴状の読み上げは、次回に行なわれる事になった。
 そして、訴状の厚みは……数十倍になっていた。
「……以上一万七百三名の方々、ならびに、判っている限りで五千二十六名の氏名不詳の方々を殺害した容疑、ならびに……」
 訴状読み上げが終った時、通常は裁判所の業務が終る時間をとっくに過ぎていた。
「裁判長……」
「何ですか弁護人……」
「訴状の内容に疑問が有ります」
「何ですか?」
「私が把握した限りでは、二十七名について、訴状に印刷されている氏名と検察官が読み上げた氏名に相違が有りますが……どちらが正しいのでしょうか?」
「いや、待て……あんだけの人数の名前を読み上げれば、それ位の読み間違いは……」
「弁護側としては……本件を訴状の不備および検察側の明らかな準備不足を理由に棄却すべきと考えますが……どうでしょうか?」

 その国では、軍の高官の命令で首都に大量の毒ガスが散布され、数多の人々が命を失なった。
 ……何故、その軍高官がそのような命令を下し、軍人達が、このような命令に唯唯諾諾と従ったのか……。
 その動機とメカニズムは未だに明らかになっていない。
 そして……明らかにする為には……どうやら、裁判以外の方法を考えるしか無いらしかった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ありがちなアメリカン・ジョーク?

蓮實長治
ミステリー
と見せ掛けて、何か話がヤバい方向に……果たして真実は? ※作中の残酷描写は「何かマズい事が起きたという匂わせ程度」「本当に起きたか判らない」ものですが、苦手な方は御注意下さい。 「なろう」「カクヨム」「アルファポリス」「Novel Days」「ノベリズム」「GALLERIA」「ノベルアップ+」「note」に同じモノを投稿しています。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

悪い冗談

鷲野ユキ
ミステリー
「いい加減目を覚ませ。お前だってわかってるんだろう?」

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

どんでん返し

あいうら
ミステリー
「1話完結」~最後の1行で衝撃が走る短編集~ ようやく子どもに恵まれた主人公は、家族でキャンプに来ていた。そこで偶然遭遇したのは、彼が閑職に追いやったかつての部下だった。なぜかファミリー用のテントに1人で宿泊する部下に違和感を覚えるが… (「薪」より)

最後の一行を考えながら読むと十倍おもしろい140文字ほどの話(まばたきノベル)

坂本 光陽
ミステリー
まばたきをしないうちに読み終えられるかも。そんな短すぎる小説をまとめました。どうぞ、お気軽に御覧ください。ラスト一行のカタルシス。ラスト一行のドンデン返し。ラスト一行で明かされる真実。一話140字以内なので、別名「ツイッター小説」。ショートショートよりも短いミニミニ小説を公開します。ホラー・ミステリー小説大賞に参加しておりますので、どうぞ、よろしくお願いします。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

処理中です...