上 下
56 / 70
第六章:Feel the Fire

ニルリティ/高木 瀾(らん) (1)

しおりを挟む
「それにしても、早いお帰りだね」
 家に戻ると喧嘩中の妹の治水おさみから辛辣な口調で一言。
 元々は、ある親類が齢を取った後の隠居所に買った3LDKで築六〇年ぐらいの団地の1階だが、今年の4月に警察関係の仕事をやってる身内の個人情報がヤクザに流れてしまったせいで、慌てて、ここに引っ越す事になった。
「仕方ないだろ。居候先の家主が急な入院だ」
「『休戦条約』を決めた時、1日で戻って来るなんて想定してたっけ?」
「判った。次の喧嘩の時も、私が出て行けばいいんだろう?」
「そうゆ~事」
 喧嘩中の「中立地帯」になってる部屋に入ると……。
「起きろ」
「何だ……?」
 ソファで寝ていたのは荒木田あらきだ光。妹のオンラインRPG仲間で、福岡市の西南大学の学生だ。
「疲れてるのは判るが、抱いてるモノは何だ?」
「あ……ああ、悪い、勝手に借りてた」
 そう言いながら、光は、私の恐竜のヌイグルミのの頭を撫でる。
「お前、自分が、どんな不道徳な真似をしてるか判ってるのか?」
「はぁ?」
「その子は恋人持ちだ。恋人から引き離してお前が抱いて寝てるのか? 抱いて寝るなら、ガジくんも一緒に抱いて寝ろ」
「何言ってんだ? あの赤いの、私、嫌いなんだ」
「可愛いだろ」
「そこが問題だ。『どうだ、可愛いだろ』みたいな感じで、あざとくて嫌だ。可愛いヌイグルミなんて、3日で飽きる。私は、この子が好きなんだ」
「この子が好きなら、この子の気持ちも考えろ」
「この子の気持ちって何だ? ヌイグルミだぞ、生きてないぞ、心も無い……」
「瀾ちゃん、いい加減にしてッ‼」
 部屋の外から妹の怒号。
「まぁ、いいや。今日は、その子も私が抱いて寝るから返せ」
「わかった……」
「ところで、明日には帰るのか?」
「残念ながら……」
「あのさ、あんた、一生、私の妹の家事係をやるつもりか?」
「あのさ、何で、年上の私に、いつもタメ口なんだ?」
「話を逸らすな。答ろ」
 ……。
 …………。
 ……………………。
 馬鹿で無知な漫画家かイラストレーターが更に脳味噌の調子が普段よりよろしくない状態で考えた「女性にモテそうな女性」そのまんまの外見の奴が……急にモジモジし始めやがった。
 私は……わざと聞こえるように溜息。
「あのな……お前みたいに、好きな女の子にフラれても、すぐに立ち直れるヤツの方が普通じゃないんだよ……。判ってんのか?」
「判ってんのは、あんたがヘタレ野郎って事だけだ」
しおりを挟む

処理中です...