魔導兇犬録:BELIEVER

蓮實長治

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第一章:無間道

妹(1)

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 後に叔父の1人が私に教えてくれた話を信じるなら、私の一族が一財産を築いたのは明治以降……明治維新のドサクサの御蔭で、日本の政財界に大きな影響を与える事が出来るようになったある集団の一種の顧問になったからだそうだ。
 二〇〇一年の秋の日に、大型旅客機がニューヨークの「二つの塔」に特攻したせいで、一般人にも存在が知られるようになった「特異能力者」。だが、言うまでもなく、特異能力者は、あの年の九月一一日になって、唐突に何の前触れもなく出現した訳ではなく、世界の各地に潜み、それぞれの生活を送っていた。
 ある者は、あえて能力を使わず平凡な一市民として。
 ある者は、いわゆる「拝み屋」的な怪しげな稼業を生活の糧にしていた。
 また、ある者は、その能力を行使し、自分達が属している国や社会を裏から操り……別の者は、そのおこぼれにあずかった。
 私達の一族は、生きた人間には大きな影響を与える能力を持ち、その能力を使い込なす為の「技術」を磨いてはきたが、心霊・呪い・異界の魔物や悪霊への耐性は一般人よりやや上程度しか無い者達を、いわば心霊的・呪術的に守護してきた。
 そして、私達が護ってきた者達こそ、日本を影から支配してきた精神操作能力者達だったのだ。
 と言っても、私が大人になってから、あっちこっちで目にするようになった「野良の精神操作能力者」達とは段違いのを身に付けた者達だったらしいが。
 とは言え、呪術者……最近では「魔法使い」という雑な区分に含められる事が多いが……というのは、修行の過程で精神操作系の特異能力への抵抗力を身に付けてしまうモノなので、私の一族と雇用主の間には、普通に考えればある種の緊張関係が有りそうなものだし、精神操作能力者が起こしたテロにより大被害を受けた宗主国アメリカに「ずっと精神操作能力者が日本を裏から支配してきた」とバレたら大変な事になるのも目に見えているが、私達の一族も、その雇用主達も、その点は「見て見ぬフリ」をしてきた。
 そう……私の一族が、江戸時代初期に拠点としていた山々を追われた後、そこに建てられたあの神社に有る「三猿」のように。
 私の一族の起源は、北関東に有る二荒ふたら山と呼ばれた山系を拠点とする修験者だったらしい。
 だが、江戸時代初期、私達の一族の先祖は、幕府によって、その二荒山を追われた。
 私達の先祖を二荒山から追い遣ったのは、幕府の中でも将軍の顧問的な立場だった天台宗の南光坊天海で、対して私達の先祖は、修験道の中でも真言宗系で、そのせいで天海と私達の祖先の間に何かの対立やいざこざが有った……そうだが、どこまで信用していい話か判らない。
 そして、二荒山は日光と呼ばれるようになり……そこに作られたのが、徳川幕府の初代将軍である徳川家康の霊廟である日光東照宮だ。
 やがて、明治・大正・昭和・敗戦・平成・九一一による世界の変貌という激動の百数十年を経た頃……私達の一族は、ある理由で雇用主を失ないながらも、なお、生き延びていた。
 私が十代後半か二十代になってから目にするようになったネットスラング「因習村」。
 私の一族をここまで説明すれば、残念な想像力しか持たない阿呆どもは、何百年にも渡って因習村を支配してきた謎の一族を頭に思い浮かべるだろう。
 残念ながら、私の実家が有ったのは、因習村でも無ければ、その正反対の大都会でも無い。
 栃木と群馬の県境辺りの人口十万弱のある市。
 その市内でも、市内最大の繁華街や最寄りの大型ショッピングモールまで1・5㎞~2・5㎞ぐらいのビミョ~な位置にある住宅街の一画だった。近くには、ちゃんとコンビニや大きめのスーパーも有った。
 もっとも……注意深い人なら、アレっ? と思うかも知れない。
 核家族向けの建売住宅がほとんどの区域の中に、1つだけ、高い塀に囲まれた、やたらと広い場所が有る。
 八〇年代のバブル期に建てられた……その頃の流行りらしい和洋折衷の外見だが、三世代家族でも広過ぎるような母屋。
 ただし、ありがちな「因習村」もののフィクションに出て来るような家に比べれば、地方都市にも有るような雑居ビルと、大都会にしか無いような数十階建ての超巨大ビルほどの差が有る。
 とは言え、年末には、親類が集まって手伝ってくれないと、大掃除が年内に終らない程度の広さは有った。
 庭は鬱蒼と木々が繁り、兄や私が子供の頃は、よくカブトムシやクワガタを捕っていた。
 この家の主が、呪術者の一族である事を示すのは、たった1つだけ……。
 護摩壇がしつらえられ、忿怒尊の象が飾られた板張りの離れ……。
 その日、私は、何げなく、その離れの方に向かっていた。
 私と兄の人生が大きく歪む契機とも知らずに……。
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