青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第2章:秘かなる侵略(シークレット・インベージョン)

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 我々だけは助かった。あくまで「鋼の愛国者」3名と、魔導大隊十数名は。
 名も知らぬ下士官。通行人。この通りの住人達。
 逃げ出す者。呆然としている者。怪我を負った者。屍となった者。……そして、屍すら残っていない者。
 力無き者を護るべき筈の我々軍人が、何人もの命に背を向けて逃げ出したのだ。私が、ようやく、その事に気付いた時も炎は燃え続けていた。
「おい、ロンベルグ少尉。お前、こんな状況は初めてだったな」
「は……はい」
 私と一緒にここまで来た、魔導大隊の若い女性士官は、そう言った。
「だが、これから何が起きるか予想は出来てるよな?」
「判っています」
「兄貴、どう云う事だ?」
「胸糞悪くなる『手品』は、始まったばかりだ。まだ、変な『ヴリル』の動きが有る」
「人工精霊と思われる霊体が、あの炎を媒介に実体化しようとしています」
 魔導大隊の士官の1人がそう言った。
「こん中で、『水』を使うのが一番巧いのはお前だったな?かなり危険だが、頼めるか?」
 魔導大隊のグルリット中佐は、士官の1人にそう言うと、道端に有る消火栓を指差した後、その士官に掌に収まるほどの大きさの何かを投げて渡した。
「了解しました」
 士官は消火栓に向って走り、そして、消火栓にその何かを取り付けた。
 次の瞬間、轟音と共に消火栓が破壊され、そして水が溢れ出した。
「何をやったんだ?お得意の手品か?」
「いや、ただの爆薬だ。『火』に対抗するのに、結構な量の『水』が必要なんでな」
「おい、待て、それは……」
「だから、アイツに言ったんだよ。『かなり危険だが、頼めるか?』ってな」
「おい、馬鹿兄貴、マヌケかテメエはッ⁉そりゃ、死んで来いと言ってるも同じ……」
「判ってるッ‼判ってるが、話は後にしろッ‼」
 その頃、炎が集り、何かの形を取ろうとしていた。片手に剣を、もう片手に馬車の車輪のようなものを持つ、半裸の人間の子供のような姿。
「日本の密教系の術者が使う人工精霊『護法童子』と思われます」
「なるほど……人間爆弾の顔に書かれてたのは、インド系の文字の一つ『悉曇文字』……『護法童子』を憑依させる為のものか」
「ですが、『悉曇文字』は、通常の場合、あのような書体で書く事は無い筈です。日本の密教系の呪術だとしても非正統派のものと思われます」
 その時、朗々たる口調の、しかし、この惨劇の中では空々しく聞こえる「誓言」が響いた。
「我ら至高の御名にかけて、地には平和を‼民には繁栄を‼闇には光を‼我らが勝利の日まで『光』と『正義』は滅ぶ事無し‼ジーク・ハイル‼」
 消火栓の近くに居る士官が叫んだものだった。
 続いて、その士官は、空中に印を描きながら呪文を唱える。やがて、破壊された消火栓から溢れる水は集って、片手に三つ股の矛を、もう片手に投網のようなものを持つ、女性の姿となった。
 炎から構成された少年と、水から構成された女性は、しばし対峙して、そして、先に攻撃を行なったのは女性の方だった。
「えっ⁉」
「くそ、やはり、こうなったか……」
「そ……そんな……」
「なんてこった……」
 我々は口々に悲痛な叫びを上げた。
 魔導士官が呼び出した筈の存在は、手にした矛で召喚者である魔導士官を貫いた。水の矛に体の水分を吸い取られるかのように、魔導士官の体が急速に干涸び、続いて轟音。
 一瞬だけ、天に向って延びる透明な柱のようなものが見えた。魔導士官が呼び出した「水の女性」の姿は消えており、「彼女」が居た辺りの路面が衝撃を食らったかのようにひび割れていた。そして、ミイラと化した魔導士官の体は粉々に砕けていた。
「如何なる『ヴリル』も検知出来ませんでした。何者かが、ノイマン大尉が呼び出した『波の乙女』の支配権を奪ったのだとしても、その方法は不明です。つまり、魔導と似て非なる力……上霊ルシファーによるものと思われます」
「『水』の力を呼び出せば、敵に力の支配権を奪われる。風・火・地についても同じ事になる可能性が高い。効率はクソ悪いが、可能な限り無属性に近い『ヴリル』を使って戦う。全員、守護天使を喚起呼び出せ。いくぞ、野郎ども‼我ら至高の御名にかけて‼」
 魔導士官達は、直立不動の姿勢で、右手を斜め上に伸ばす。
「地には平和を‼」
「民には繁栄を‼」
「闇には光を‼」
「我らが勝利する日まで『光』と『正義』は滅ぶ事無し‼」
勝利の有らん事をジーク・ハイル‼」
 魔導士官が「護法童子」と呼ぶ存在は、魔導士官達の「誓言」を宣戦布告とでも思ったのか、「誓言」が終ると同時に、くるくると、踊るように回転する。そして、回転に伴ない炎の奔流が四方八方に放たれる。
 しかし、炎の奔流は途中で消える。突如として現われた容貌も着ている服や鎧も手にしている武器もバラバラな……しかし、「天使」としか呼べぬ姿である点では共通している半透明な輝く「翼を持つ人型の何者か」達が、その炎を打ち消していた。その「天使」の数は、ここに居る魔導士官と同じ数だった。
 続いて「護法童子」は、片手に持っていた炎の車輪を天に投げた。すると、今度は、天から無数の炎の車輪が降り注ぐ。対して「天使」達は、背中の翼を延すと、盾の代りにして炎の車輪を防ぐ。
 一方で、炎の奔流の勢いは弱まっているが、先程までは直線的な軌道だったのに対して、今は蛇行して、「天使」達の防御の隙間を縫って我々や魔導士官を攻撃しようとしていた。
「埒があきません‼私が、あの人工精霊と術者の間の『絆』を辿って、直接、術者を攻撃します‼」
 ロンベルグ少尉が叫ぶ。
「判った、少し待て」
 そう言うと、魔導大隊のグルリット中佐はロンベルグ少尉の額に手を当てて呪文を唱えた。
「これで、もし、お前の術が返されても、反動は俺に行く。安心して思いっ切りやれ」
「了解しました」
 ロンベルグ少尉は宙に印を描き、呪文を唱える。すると、「天使」の内の一体が、「護法童子」に吸い込まれる。だが……。
「妙です。人工精霊を操っている者には……一般人並の『ヴリル』しか……」
「日本の呪術『形代の法』です。中佐が少尉にやったのと似た呪法です。このままでは、少尉の『守護天使』が攻撃するのは、術者以外の何者かです」
 魔導士官の1人が、そう叫んだ。
「ロンベルグ少尉‼何かがおかしい‼守護天使を呼び戻……」
 魔導大隊のグルリット中佐が命令した瞬間、その中佐自身が吐血して倒れ込む。続いて、ロンベルグ少尉の苦鳴……。そして、背後から何者かの断末魔の叫びが響いた。だが、その「断末魔の叫び」は、人の声ではなく、それどころか、物理的な音声ですら無かった。
 私の脳が無意識の内に「音声」に変換した「何か」の発生源……。そこに居たのは……。
「おい、コウさん。あんたは聞いてたのか?連中が、ここまで酷い真似をやるって」
 そこに居た者は、片耳に装着した小型無線機らしき機器で誰かと通話しているようだった。使っている言語は日本語だ。
「それは、そうと、何で私じゃなくて、私の頭の上を見てる?私には何も見えないんだが……。どうも、私の『霊感』とやらは、一般人並か、それ以下みたいなんでな。何が起きてるのか、説明してもらえると有り難いんだが……」
 続いて、彼女は世界共通語で我々に尋ねる。彼女との距離は、わずか数m。彼女の頭上で、ロンベルグ少尉の「守護天使」が苦悶の表情を浮かべながら消滅しつつ有った。
「そう言えば、さっき、再会したばかりだったな……。新米の『鉄の処女』さん」
「何故、知っている?日本で戦った時、私は『鎧』を着装していた。お前が私の顔を知っている筈が無い」
「私に取り憑いてるクソ神様の力が何かぐらいは聞いてるだろ?私は、人間の『生命の炎』を見る事が出来る。そして、その『炎』は1人1人違う。あんたの『生命の炎』は中々綺麗だ。健康に気を使ってるようだな……余計な御世話かも知れんが、煙草を止めると、もっと綺麗な『炎』になると思うよ」
 私が日本で戦った「大禍津日神」の力を持つ上霊ルシファーは、そう言った。
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