青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第2章:秘かなる侵略(シークレット・インベージョン)

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「ところで……魔導大隊と行動を共にする許可は受けてるんですか?」
 私はグルリット中佐(「鋼の愛国者」の方の)に聞いた。
「細かい事は気にするな」
 案内されたのは、一個大隊を余裕で乗せられる軍用の輸送船だった。私とグルリット中佐が居るのは甲板で、私達は並んで煙草を吸っていた。訓練生の頃から、気晴らしに煙草でも吸わないとやってられないような状況が続いていたが、ここの所は、テルマが煙草を嫌がるので、彼女が居ない時しか紫煙を薫らす事が出来ない。
「でも……」
 役所と言うモノは基本的に縦割りでの組織で、軍隊は、その最たるモノだ。軍隊内部の人間が「横の繋がり」で勝手な真似をやる事が横行すれば、軍隊そのものが、崩壊するか、護るべき政府や市民にとって危険な存在と化すかのどちらかだ。
「大佐には事後承諾を求める」
「待って下さい……」
「『鎧』を着装して捜査をする訳にはいかねぇが、俺達は『鎧』が無けりゃ、少しばかり強いだけの歩兵に過ぎん。手品師どもが、わざわざ護衛してくれるんなら、ありがたく、その話に乗るまでだろ……。ところで、若造はどうしてる?」
「まだ、さっきの話にショックを受けているようで……」
「なら、なんで、お前は平気なんだ?」
「私は、『人造純血種』でありながら、あまり、『真性人類アーリア』らしからぬ風貌ですが、兄は、まぁ、その……『人造純血種』である事に誇りを持っていましたので……」
「だろ~な……」
「ところで、まさかと思いますが、その……『真性人類アーリア』と『劣等擬似人類チャンダーラ』と云う概念そのものが間違いなんて事は……」
 中佐の顔には、世間知らずの馬鹿を見るようなニヤニヤ笑いが浮かんだ。
「それと、この話は、ランダ大佐は知っているのですか?」
「知ってるから、関わってるメンバーは、ヤツの信頼が厚いのと、ヤツから見て死んでも構わん連中の両極端しか居ねぇんだよ」
「つまり、どう云う事ですか?」
「お前の場合は、事が終った後に、ヤツに消されないように気をつけとけ。上の連中の弱味を握るとかな」
「私みたいな新人が、どうやって上層部の弱味を握ればいいんですか?」
 そう言いながら、海を眺めている時、無線通信が入った。私はポケットから携帯用の小型無線機を取り出す。
『ミリセント少尉、今、どこで何をしている?』
 テルマからだった。
『アドラー大尉が命を落した場所の現場検証に行っている途中ですが……』
『待て、そこは九龍城地区だったな。……冗談では無い‼すぐ引き返せ‼』
『どうしたんですか?』
『九龍城地区には元から上霊ルシファーが居る。「風」と「岩」の2つの力を持つ「斉天大聖」と呼ばれる上霊ルシファーだ』
『その上霊ルシファーの危険度はどの程度で、過去に起した事件は、どんなものが……ちょっと待って下さい、「元から」とは、どう云う意味ですか?』
『更に、我々の香港入りと前後して、君が日本で戦った上霊ルシファー2名も香港に入っていた。そして、「鎧」に似た謎の反応も香港に居る。……しかも、その3名は、全員、九龍城地区、それも「斉天大聖」の近くに集結している』
『ですが、一応、魔導大隊と行動を共にしています……』
『寝惚けるな。人間の使う魔法など上霊ルシファーにはマトモに通じんし、常人が霊的存在を感知出来ない場合が多いように、通常の「魔導師」やその使役霊や守護霊は、上霊ルシファーを何の力も無い常人と誤認する確率が高い。そして、仮に、上霊ルシファーと戦闘になれば、魔導大隊など呪文の最初の一音節を発音し終る前に全滅だ。更に悪い事に、日本から来た2名の上霊ルシファーが司っているのは「生命力」に「水」だぞ。人間の存在を感知するのはお手の物だ。向こうが、君達に不意打ちや暗殺を試みれば、君達は、それを事前に察知するのは困難だが、君達が奴らを不意打ちしようとしても、他の上霊ルシファーどもに比べてさえ成功率は低くなる』
『その3名の上霊ルシファーは、具体的には九龍城のどこに?』
上霊ルシファーの位置は、大まかにしか検知出来ん。私と3名の上霊ルシファーの距離では、最低でも数十mの誤差が出る。君が「鎧」を着装していれば、君と上霊ルシファー達との距離ぐらいは判るが、あいにく、君の「鎧」は……博士、今どうなって……そうか、ありがとう……日本で修理を終えて輸送中だそうだ。せめて「鎧」が届いてからにしろ』
『すいません、もう、九龍城地区の港に到着しました』
『だから、引き返せ‼』
「おい、どうした?何かヤバい連絡みたいだが……」
「九龍城地区に、上霊ルシファーが3名居て、少なくとも2名は敵対的な上霊ルシファーのようです。能力は、1名が『浄化』と『生命力』に特化した『太陽』の力、もう1名が『水』全般です。敵対的か不明な者は『風』と『岩』の2つの力のようです」
「元から居たのか?」
「いえ、敵対的な2名は、私が日本で戦って取り逃がした者達が、何故か、我々と前後して香港に入ったようです。そして、もう1つ、鎧に似ていますが、鎧では無い謎の反応も有るようです」
「……最後の1人は、多分、奪い返された捕虜だ」
「ま……まさか……」
「『鎧』の動力源である『カーネル』を……少なくとも『カーネル』にそっくりな外見の何かを体に埋め込まれた人間がもう1人の捕虜の正体だ」
「そ……そんな……」
 確かに、どう云う改造をされたかは明白だが、その改造の結果得られる能力は、想像も付かない。
 では、エメリッヒ博士の推測が正しかったのか?……いや、待て……。
 何故か、その時、私の脳裏に「かつて、人間に『カーネル』を埋め込んだ前例が有り、エメリッヒ博士は、その事を知っていたのでは無いのか?」と云う疑念が浮かんだ。あの時の、博士の口調や態度について、何かが引っ掛かる。
「ついでに、最悪の場合、敵対する上霊ルシファーの力は、地水火風4つ全てが揃ってる訳か……。元から手品師どもでは上霊ルシファーには敵いっこ無いが、まるで、禁軍の手品師どもの手口を知ってるとしか思えんな……」
「えっ?どう云う事ですか?」
「例えば、相手が『火』の力を使えば、より大きい『火』で相手の『火』を飲み込むか、『火』を打ち消す『地』や『水』の力で対抗する。これが、あの手品師どもの常套手段だ。しかし、地水火風を操れる上霊ルシファーが揃っているとしたら、地水火風のどれかの力を呼び出した途端に、上霊ルシファーに感知され、呼び出した力の支配権を奪われちまう」
「それでは……魔導大隊では……」
「喩えるなら、格闘技の試合で、相手は自分より体重や力が3倍以上で、しかも、こっちが得意な技は残らず反則になるような特別ルールで戦うようなモンだ。元から無い勝目が、更に、何桁か減る」
 どう云う事なのだ?これでは、まるで、魔導大隊を待ち構えていたようにしか思えない。こうなると、九龍城に居る上霊ルシファーへの対抗手段は「鎧」しか無くなる。だが、おそらく敵の目的は「鎧」を引きずり出す事……。最初から、私達は、敵の術中に有ったと云うのか?
「で、その日本から来た上霊ルシファーどもが、アドラーをブッ殺した連中と仲間である可能性は?タイミングが良すぎるだろ」
「えっ?」
「だから、ヤツらが、アドラーをブッ殺した連中の仲間なら、俺達を狙うのは、俺達が『鎧』を着装してる時の可能性が高いだろ。なら、今は、俺達は、まだ安心って事になる。俺の馬鹿兄貴や、その手下の手品師どもの安全までは保証出来ないにしてもな」
「不明です」
「情報部が何か知ってても聞いてない訳か」
「……は……はい」
「やれやれ、おいっ‼」
 グルリット中佐は、近くに居た魔導大隊の下級士官を呼び止める。
「はっ…はい、何でしょうか?」
「お前んとこの親分に急用だ。とりあえずは、俺とヤツとの話が終るまで、隊員の上陸を止めるように、ヤツに伝えてくれ」
「了解しました」
 下級士官は、手近な船内電話に走る。
 その時、私は、唐突に、2人のグルリット中佐が口にした日本人学者の名前をどこで聞いたかを思い出した。
「すいません、私も急に連絡しないといけない事が……ええっと、ヴェールマン中尉は、今どこに?」
「おい、新入り、急にどうした?ヴェールマンなら、基地の自分の机で、報告書を作成中の筈……」
 私は別の船内電話に駆け寄ると、無線経由で基地につなぐ。
「禁軍 枢密院直属 対特異獣人旅団 第1連隊『鋼の愛国者』のシュミット少尉だ。同じ部隊のヴェールマン中尉に繋いでくれ」
 しばらくして、中尉に電話が繋った。
『おい、どうしたんだ?』
『すいません。調べたい事が有るのですが、私には、まだ、補佐役の下士官が居ないので』
『ウチのに調べ物を頼みたいと?でも、単なる調べ物なら、お前の事務官にでも調べさせればいいだろ』
『その事務官に関する事です。コ・チャユ事務官の家族の事を調べて下さい。それと、たしか、コ事務官の実の父親も育ての父親も学者だった筈ですが、何を研究していたかも判れば調べて下さい。実の父親は、朝鮮の京城大学勤務、育ての父親は、朝鮮の京城大学に勤務した後、日本の九州大学に移った筈です』
『おい、どう云う事だ?』
『いえ、私の思い過しなら良いんですが……ちょっと気になる事が有って、念の為』
『おいおい、念の為なら、優先順位は下げるぞ。それでも良いのか?』
『調べていただけるのなら、問題は有りません』
 確か、コ事務官が「養父」と呼んでいた日本人学者の名字は「原」で専門分野は古代史、それも、様々な記録や遺物に残された異能力者の痕跡についての研究だった筈だ。
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