青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第2章:秘かなる侵略(シークレット・インベージョン)

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どう足掻こうが運命は訪れる。
運命はまさにここに来ている。
この私こそが避け得ぬ運命なのだ。
アンソニー&ジョー・ルッソ兄弟監督「アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー」より

 私が数日前まで居た日本には「蜂の巣をつついたような」と云う慣用句が有ったが、この状態は、そんな生易しい代物では無かった。まるで、巣を破壊されたスズメバチの群が怒って大暴れしているようだ。
 どうやら我々は、砲弾が飛び交う戦場の最前線もかくやと云う状況の王立香港警察本部の公安部に、わざわざ、更に余計な手間をかけさせに、のこのこやって来た迷惑極まりない部外者らしい。
「香港警察本庁公安部の部長のサミュエル・ジェンキンズです」
 太り気味で白髪の五十代と思われる白人男性が公安部のフロア全体を見渡せる位置にある部長席に座っていた。
 今でもブリテン連合王国の「飛び地」である香港では、警察に限らず公的機関の管理職の多くは、真性人類の一支族であるアングロ・サクソン系だ。だが、白人ではあっても真性人類とは見做されていないウェールズ系の名字でありながら、部長職だと云う事は、それなりに優秀なのだろう。
「わざわざ、お時間を取っていただき、ありがとうございます。小職は、世界政府禁軍・枢密院直属対特異獣人旅団・第1連隊の……」
 ヘルムート・シュミット大尉の自己紹介の途中で、アジア系の刑事から割り込みが入った。
「部長、来客中、すいません。『訓練場』の『サンドバッグ』の二十七番に重度の破損が発生しました」
「待て、待て、そんな事なら、まずは、『修理業者』を呼ぶかどうか、お前の課の課長の判断を仰いでく……」
「いえ、素人目にも完全に壊れてるのが判る状態です。呼吸も脈も止まって、一〇分以上経ちました。多分、今更、『修理業者』を呼んで強心剤を打っても無駄です。廃棄処分のサインは、さっき、ウチの課長にもらいました。あとは、部長がOKすれば、廃棄出来ます。『サンドバッグ』の『入荷』数が多いんで、完全に壊れたんなら、すぐに部屋空けて、次のを入れたいんで」
「またか。壊したら困るのお前らだろ。気をつけろ」
 刑事の口調は慌て気味だったが、公安部長の口調は妙に落ち着いていた。
「あと……『サンドバッグ』の二十七番を殴っていた『グローブ』の十六番も壊れました」
「壊れた?ちょっと待て、十六番って確か……」
「テリー・イップの事です。ウチの課の……まぁ、2番手か3番手ぐらいのヤツですが、前々から『修理業者』には、半年以上休職させるか配置転換させないと、これ以上責任を持てないと言われてました」
「お前のとこの準エース級に休まれると、私やお前のとこの課長も困るが、お前らだって仕事の量が増える訳だろ。薬で何とか出来ないのか?」
 公安部長のやれやれと云う表情からすると、どうも、この隠語を多様しなければ語り得ない、我々からすると禍々しさを感じさせる事態は、彼等にとっては良く有る事のようだ。
「『修理業者』は、今出してるのより強い抗不安薬や抗鬱剤は未認可のものしか無いと言ってます」
「来客中なんで、込み入った話は後にしてくれ。あとで私が本人やギブソン課長と話しておく。その十六番は応急処置だけしとけ」
「了解。あ、失礼しました」
 アジア系の刑事は、私達にも軽く会釈して立ち去った。彼の表情は「肩の荷を1つ降した」とでも言いたげなモノに変っていた。
「すいません、同時多発テロの直後なもので……。ところで、何か飲み物でも?」
 公安部長は、何とも嫌な感じのする受け答えの直後にも関わらず、にこやかな表情に変った。もっとも、不穏極まり無い会話の最中も、日常茶飯事のちょっとしたトラブルについての話をしているような顔だったが。
「い……いえ、結構です……」
「そちらの女性の方も?」
「は……はい……結構です……」
 ヘルムート・シュミット大尉の顔には引き攣った笑みが浮んでいる。多分、私の顔もそうだろう。休職させたり抗不安薬や抗鬱剤を処方する必要のある『グローブ』やら、強心剤の投与を検討せねばならない『サンドバッグ』と云うのが何を意味するかは、大体の想像は付いた。ひょっとしたら、せっかくの情報源の1つが、有益な情報を吐かないまま、死後の世界とやらへの逃亡に成功したのかも知れない。
「では、私だけ失礼して……。すまん、いつものを持って来れ。お客様の分は良い」
 公安部長は、近くの席に座っていた秘書と思われる東洋系の女性に声をかけた。
「あぁ……自己紹介の途中でしたな。小職は、世界政府禁軍・枢密院直属対特異獣人旅団・第1連隊所属のヘルムート・シュミット大尉。同行者は同じくミリセント……」
「ブリテン連合王国万歳‼世界政府万歳‼国王陛下と世界政府宰相に栄光有れ‼」
 どこからともなく絶叫。続いて銃声。更に続いて断末魔の苦鳴。
「気にしないで下さい。忙しい時には、良く有る事なので」
 謎の声と銃声がした方に、思わず顔を向けた私達を見て、公安部長は、落ち着いた表情のまま、そう言った。最初の絶叫と、最後の断末魔の声が、同一人物のものに思えない事も無かったが、多分、気のせいだろう。
「あぁ、そちらの将兵の方々が殺害された現場の付近の監視カメラの映像でしたな。御依頼のあった区域・時間帯の映像の複製は終っております。ただ、同時多発テロの影響で、停電や通信障害が起きていましたので、そちらの役に立つ映像の有無に関しては、あまり期待せんで下さい」
「なるほど……」
「あと、捜査資料もお渡しますが、この状態ですので、今の時点では、未整理の生情報がほとんどです」
「つまり?」
「現時点で、こちらが入手した情報で文書化が完了しているものは全て渡しますが、使える情報かどうかは、そちらで判別をお願いします。おそらく九五%以上は、そちらの役に立たない情報でしょう」
 丁度、その時、秘書らしき女性が中国風の急須と茶碗を持って戻って来た。
 公安部長は、急須の中の液体を茶碗に注ぎ、ズズッとすすると、リラックスした表情になって、私達に聞いた。
「これ、中々、いけるんですよ。いかがですか?やっぱり、いりませんか?」
 私と「兄」は一瞬、顔を見合わせた後、申し合わせたように、同じ言葉を口にした。
「いえ、結構です」
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