青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第1章:平和の時代(ユートピア)

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 もう1人のオートリキシャの運転手からは、役に立ちそうな情報は聞けなかった。彼女の言う事を信じるなら、亡命者地区でのオートリキシャの運転手は、新しく始める者も、やめる者も、1日に何人もり、互いに良く知っている同業者の方が少ないらしかった。
 私は、背中の傷の応急手当をした後、船の乗り場の待合室のトイレで服を着替えた。
 だが、何か、トイレの外の様子がおかしい。
 個室のドアの向こう側から、複数の人間の気配や小声の会話が伝わってくる。
 どう云う事だ?食中毒騒ぎでも起きたのか?
 私が何者かに狙われているのだとしても、武器が無い。
 私はトイレのドアを用心深く開いた。そして……。
「何をやってるんですか?」
「いや、何となく心配なので……」
 個室の外に居た1人目はテルマだった。
「彼女を1人にする訳にはいかないので」
 2人目はコ事務官。
「戦闘訓練を受けてない者2人では不用心過ぎるのでな」
 3人目はヴェールマン中尉。
 結局、バラバラの格好の4人が同時に女性トイレから出る事態になった。目立つ事、この上無い。
「大丈夫なのか?」
 テルマがこの問いをしたのは、この数十分で何度目かはいちいち数えていない。
「出血は止まっています。打ち身も、それほどでは……」
 やがて、大したトラブルも無く出国手続は済み、我々はフェリーに乗り込んだ。
 亡命者地区の東岸には、「自由の女神」のレプリカが見える。本物は世界統一戦争の際に、ニューヨークに複数発落された原子爆弾により粉々になった。
 そして、本物の「自由の女神」の台座に刻まれていたと云う「疲れた者たち、貧しい者たち、自由の空気に焦がれひしめく人たちを、私の元に寄越しなさい」は、今や中国政府によるプロパガンダの常套句となっている。
 だか、そんな先入観を排除すれば、船の甲板から見える上海の夜景は美しかった。
「美しいな……」
 私の横に居るテルマがそう言った。
「そうですね……」
「い……いや、本当に綺麗だな……」
「え…っと……どうしたんですか?」
「い……いや、普通は、恋愛映画などでは、こう云う場合、『君の方がもっと綺麗だ』とか答えるモノでは無いのかね?」
「はぁッ?」
「……すまん……忘れてくれ」
「あの……映画なんて、誰でも観てるようなモノしか知りませんが……最近の恋愛映画って、そんな大時代的なセリフが有るんですか?」
「だから、忘れてくれと言ってるだろ……」
「おい、少尉、ちょっと来てみろ」
 今度はヴェールマン中尉の声だった。その横には、中尉附きの下士官が居る。
「ちょっと待って下さい。人に聞かれそうな場所で『少尉』はマズくないですか?」
「じゃあ、ええっと……ミリィでいいか?」
「へっ?」
「『ちゃん』を付けた方がいいのか?」
「『ミリィ』でいいです……ええっと……『リサ』」
 私は中尉の元に駆け寄りながら、そう返事した。
「階級無しで呼ばれるのは変な気分だな」
「私も少尉を『ミリィ』と呼んで問題有りませんか?」
「ミリィで問題有りません……えっと……」
「ハンナとお呼び下さい」
「その口調だと、身分を隠してるとは言えんな」
 私と下士官の「ハンナ」の会話をそう評しながら、中尉は私に双眼鏡を渡した。
「ともかく、ミリィ、あっちの方向を見てみろ」
「えっ?」
 普通の双眼鏡に偽装した暗視機能付きの双眼鏡だったが、驚いたのはその事では無い。
 私達のフェリーに併走する小型船が複数有った。
「何者なんでしょうか?」
「判らん。だが、香港に到着するまで、睡眠は交代で取るべきだな」
「あの2人にも協力を要請してきます」
 ハンナが、そう言うと、中尉は軽くうなづく。そして、ハンナは客室の方に走り去って行った。「あの2人」とは、おそらくグルリット中佐附きの下士官達の事だろう。
「しかし、私達以外に香港に集められている『鋼の愛国者』は無事なのでしょうか?」
「少尉……じゃなかったミリィ、まだ気付いていないのか?」
「何をです?」
「『3組一緒に同じ船』は流石に上にとっても想定外だろうが、死んでも代りが居る者や、上の覚えがめでたく無い者は、民間人を装って、そうでない者は、もっと安全な方法で香港に集められているに決っているだろ」
「あ……」
「あと、私の相棒からの伝言だ」
「えっ?」
「『アーリマン』を過度に『人間』として扱うな、だとさ」
 その後、何故の船団は何もしてこなかった。まるで、このフェリーを護衛でもしていたかのように。そして、香港に到着する頃には、船団は姿を消していた。
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