青き戦士と赤き稲妻

蓮實長治

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「赤き稲妻」第1章:平和の時代(ユートピア)

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「正しき行いを阻む者どもよ‼燃え尽きよ、我が力で‼天照大神アマテラスオオミカミの炎で‼」
 その者が、そう叫んだと同時に炎の魔鳥が上空に現われ、夜の闇を払い、かつて「伊勢神宮」と呼ばれていた廃墟を照らした。
「悪しき者達は我らが手で癒す‼」
 私は、それに答えるように「鋼の愛国者」の「誓言」を叫んだ。
 だが、彼女が叫んだ「誓言」には魔術的な意味など無い(そもそも彼女の能力は歴史上存在したありとあらゆる魔術や宗教や神秘主義の体系とは一切無関係だ)。彼女の能力の発動に必要なものは、彼女の意志のみである以上、あの「誓言」を唱えた理由は、単に活劇映画の主人公でも気取っているだけなのだろう。
 もっとも、こちらの「誓言」も、慣習的に「誓言」と呼んでいるだけで、魔術的な意味での「誓言」、つまり自分を支援してくれる霊的存在への誓いではなく、彼女に力を与えている化物よりも遥かに格下でまだ人間の理解の範囲内にある霊的存在にすら、何の影響も与える事が出来ない。あくまで人間社会の約束に過ぎず、喩えるなら警官がバッジを見せる程度の意味しか無い。
 彼女は「上霊ルシファー」と呼ばれる者達の1人だ。正確には「上霊ルシファー」とは、彼女達に力を与えている超古代より存在する強力な霊的存在の事だが、現在では、彼女達のような「上霊ルシファー」により力を与えられた者達の事も「上霊ルシファー」と呼ぶのが一般的だ。
 彼女は、私より少し年上で、側頭部のみを刈り上げた独特かつ奇妙な短い髪型の「美女」と云うより「美青年」と呼びたくなる顔立ちの若い東洋人の女性だ。男物の動きやすさを優先した服を着ている。東洋系の女性にしては背も高く、服の上からでも、ちょっとした女性アスリート並の筋肉が付いているのが判る。事前情報が無ければ、私も男性だと勘違いしたかも知れない。「男装の麗人」なる退廃的なものに魅力を感じる変態も居るだろうが、少なくとも、私には、どこかいびつに思える。
 とは言え、彼女は外見は人間でも、人と「人ではない者」の間に生まれた種族の末裔「劣等擬似人類チャンダーラ」の中でも、人ならざる者の血が強く発現してしまった者達の一人だ。
『アーリマン1=13、彼女の炎を打ち消せますか?』
『すまないが、不可能だ。私達が、上霊ルシファーの力を打ち消せる、と云うのは正確では無い。彼等の真の力は、この世界に自分が司っている事象に関連する「歪み」をもたらす事。彼等の能力の内、人間の従来科学や神秘科学シアンス・ゾキュルトで再現困難か再現不可能なものの多くは、言わば限定的な「現実の書き換え」「因果律への介入」の結果に他ならない。そして、彼等に対する抑止力の顕現である私達の真の力は、その「歪み」を打ち消す事だが、残念ながら、私達が打ち消せる「歪み」は一定限度以上のもの……この世界そのものが持つ「歪み」に対する修復能力を超えたものだけだ』
『それは訓練生だった頃の座学で何度も聞きましたが、何度聞いても良く判らないその理屈を、この状況に当て嵌めると、どうなるんですか?』
『では、正確さより判り易さを優先した比喩的表現を使おう。早い話が、彼等が一個師団を壊滅させて猶余り有るほどの力を使おうとしたらなば、その力が発動する前に打ち消せるが、わざと奴等が一個中隊を跡形も無く消し去るのがやっとの力しか使わなかった場合は、逆に打ち消せない』
 離れた場所に居る上司にして相棒からは残念な返事が返ってきた。
 敵の頭上の炎の魔鳥がはばたくと、無数の炎の矢が私に向って放たれる。しかし、今の所は「鎧」の装甲の断熱効果で大事には至っていない。
 幸いな事に、今回の敵に力を与えている「上霊ルシファー」が「天照大神」の分身の中でも、「生命力」と「浄化」に特化した力を持つ「大禍津日神オオマガツヒノカミ」または「荒祭宮アラマツリノミヤ」と呼ばれる存在だと云う情報は正しかったらしく、敵の攻撃は、悪霊や死霊や魔物にとっては致命的かも知れないが、物理的な熱量は、それほどでも無いようだ。
 上霊ルシファーは単に強力なだけではなく、現在、存在が確認されている他の霊的存在とは根本的に異る極めて特異な存在だ。
 例えば、古代末期~中世にかけての日本で「魑魅魍魎や人間の死霊なら人間の使う呪法により『力づくで屈服させる』事が出来るが、『神』に対して、『力づくで屈服させる』タイプの呪法を使うと、どんな強力な呪法であれ、その呪法の使い手は破滅する」と云う考えが有ったらしいが、当時の日本人が「神」と認識していた存在こそ、我々の時代で云う「上霊ルシファー」に他ならず、「広い意味での通常の人間が訓練で身に付け得る魔術・心霊術・超能力では、『上霊ルシファー』に対抗出来ない」と云う経験則を当時の日本人も持っていたらしい。
 「上霊ルシファー」と云う呼び名は、現在の新しき科学シアンス・ゾキュルトの基礎を築いた者の1人であるルドルフ・シュタイナーの理論において「月の周期」と呼ばれる時代の末期に出現したとされる神霊の名前に由来するが、我々が「上霊ルシファー」と呼んでいる存在と、ルドルフ・シュタイナーの理論で云う「ルシファー」が本当に同じ存在を指すのかは不明であり、近年では専門家の間でも否定的な意見が大勢を占めている。
 つまり、「上霊ルシファー」について確実に言える事は4つだけだ。
 1つ。「上霊ルシファー」と呼ばれる、言わば「堕ちた神々」が存在する。少なくとも「上霊ルシファー」が存在しているように見える現象は起きている。
 2つ。「上霊ルシファー」が起す超常現象は魔術・心霊術・超能力などとは表面上似ていても、その原理や本質は根本的に異なる。むしろ、魔術・心霊術・超能力と呼ばれるモノこそが、「上霊ルシファー」の力の模倣に起源を持ち、現代を含めた人類史の全ての時代において地球上のどこであれ、それらの「技術」「学問」「修行・訓練の体系」「宗教や神秘主義思想」により身に付けた能力が「上霊ルシファー」の力の「本物とは異なる原理による不完全極まりない模倣」の域を出た事は無い。通常の魔術・心霊術・超能力などでは、「数百年に1人」級の超が付く達人であろうと、最弱クラスの「上霊ルシファー」にさえ対抗する事は極めて困難である。そして、「本物」である「上霊ルシファー」の力と、「模倣」である通常の魔術・心霊術・超能力などは相性が悪いようで、両方を使える者は、今までに確認されていない。
 3つ。「上霊ルシファー」は、必ず、自由意志と肉体を持った広い意味での人間…ほとんどが劣等擬似人類チャンダーラを介して、この世界に力を及ぼす。何故か、元人間か否かを問わず、あらゆる霊的存在は、「上霊ルシファー」によって「力を与えられる」事は無い。
 4つ。「上霊ルシファー」に関するほぼ全ての仮説は、今の所、タワ言以上の意味は無く、「上霊ルシファー」とは何なのかは、ほとんど、解明されていない。
 そして、もし、人類が進化途上の神々だと云う仮説が本当だとしても、今の時点では、「神々」としか呼べぬ謎多き存在の力を操れる者達に対抗する手段は皆無に等しい。ただし、通常の場合は……。
 現代においても世界各地で暗躍している、上霊ルシファーに対抗する為、「世界政府」は上霊ルシファーの抑止力となる神霊「神の秩序アーリマン」と接触し、「神の秩序アーリマン」の「巫女」を生み出す事に成功した。
 現在、存在する「神の秩序アーリマン」の巫女は十三人。「世界政府宰相」直属の「禁軍」の中でも「人造純血種」のみで構成され、「鎧」を着装まとう資格を認められた精鋭「鋼の愛国者」と同じ数だ。
 神の秩序アーリマンの巫女と、神の秩序アーリマンによってもたらされた未知の神秘技術により作られた「鎧」のお蔭で、私達「鋼の愛国者」達は、上霊ルシファーの馬鹿げた力……やろうと思えば瞬時に町1つ壊滅させる事が可能なほどの凄まじい力に対抗する事が可能となった。
 なお、「対抗する事が可能となった」と云うのは「近接戦闘において即死せずに済む事も有る」と云う意味だ。
 上霊ルシファー達の能力の内、直接、相手の肉体や精神を操作するものや、純粋に霊的な攻撃は「鎧」の動力源である「カーネル」が持つ未知の力により防ぐ事が出来るが、鎧の防御力を遥かに上回る物理現象を起こされた場合は、あっけなく殺される。
 そして、まるで上霊ルシファーが生身の人間を介してこの世界に影響力ちからを及ぼすのと対になるように、「鎧」の動力源である「カーネル」も、生身の、それも一定以上の脳改造や精神操作が行なわれていない人間が「鎧」を着装した場合のみ起動する。
 そのせいで、上霊ルシファーと戦う際には、必ず「鎧」を着装した「生身の人間」が上霊ルシファーと対峙する必要が有る。無論、核兵器その他の選択肢も有るが、「放置すれば一万人の人間の生命に危険が及ぶ存在を鎮圧するのに、十万人の人間の生命を危険に晒す」ような真似をすれば、そんな作戦の立案や認可を行なったお偉方は、更に上のお偉方から初歩的な計算能力が欠けていると見做されるか、一九世紀のブリテンの推理小説「折れた剣」よろしく死体の山を築かねばらない個人的な事情が存在する可能性を疑われる羽目になり、結果として、お偉方の首がいくつ有っても足りなくなる。
 そもそも、今まで判っている限りでは、1人の人間としての上霊ルシファーを殺害しても、その力は、別の誰かに受け継がれ、またしても同じ力を持つ上霊ルシファーが出現する場合がほとんどなので、上霊ルシファーが出現する度に核兵器を使おうものなら、知性の欠如を疑われて地位を剥奪された元高官が余生を送る収容所が十分な数有ったとしても、今度は核兵器がいくつ有っても足りなくなる。そして、仮に、核兵器の数の問題が下手に解決出来た場合には、地球上のありとあらゆる場所に、核兵器による死者を悼む慰霊碑が林立する事態になるか、さもなくば、地球上のありとあらゆる場所が、放射能その他の影響で人類の生存に適さない環境に変貌するかのどちらかだ。
 遺憾ながら、上霊ルシファーについての知識が不十分で「鎧」が開発される以前は、そのような愚かな真似が行なわれていたのだが、五〇年ほど前に、日本の阿蘇山と富士山の明媚な風景とブリテン島のシェフィールドの工業地帯を焼け野原に変貌させ、壮麗なるサンフランシスコの金門橋とインドのタージ・マハルとチベットのポタラ宮を消し去った挙句、ロサンジェルスの人口の3分の1をベジタリアンでなくても食欲が湧かないであろう焼き具合に重大な問題が有るローストに変え、日本の名古屋の面積の2分の1を「世界統一戦争」の際のニューヨークに次ぐ超巨大な火葬場にした上で、大量の「早すぎた埋葬」ならぬ「早すぎた火葬」を行なってしまった辺りで、世界政府上層部も流石にマズいと気付いたようだった。ブッダガヤを核の炎で焼き払ってしまい、全世界の仏教徒を敵に回しかけた時には、ありとあらゆるインド学者と歴史学者と仏教学者に「今までブッダガヤとされていた場所は本当のブッダガヤではない、と証明する方法は無いか?」と云う問い合わせが有ったと言われている。せめて、世界政府への敵対勢力の支配地域に居る上霊ルシファーに対して核兵器を使用したのなら、まだ、言い訳が可能だろうが、この上なく残念な事に、これらの問題が起きたのは全て世界政府の勢力圏内だ。
 つまり、我々「鋼の愛国者」が上霊ルシファーと戦うのが上霊ルシファーへの対処法として一番「効率的」なのだが、困った事に歴代の「鋼の愛国者」達の中で、十五年以上生き延びる事が出来た者は1人もらず、初戦で戦死した者も少なくない。幸い、例外的に物理的な攻撃力が低い上霊ルシファーが相手だったお蔭で、私は、この初戦で戦死する羽目にならずに済みそうだが……。
『「赤き稲妻Roter Blitz」‼気を付けろ‼もう一人居るぞ‼別の上霊ルシファーが接近中だ‼』
『えっ⁉』
「ようやく、御到着か」
 敵が、そう言うと、炎の魔鳥が上方へ移動する。
 そして、敵は、私では無い誰かを見ていた。その視線の方向……私の一〇mほど後方には、見た事もない青いモーターサイクルに乗った小柄な人物が居た。黒い作業服めいたツナギに、モーターサイクル用の黒いフルヘルメット。顔は見えないが、体型からすると、どうやら女性のようだ。
 おかしい。
 その人物はモーターサイクルで接近したにも関わらず、エンジン音は聞こえなかった。そのモーターサイクルの外見にも、理由の判らない違和感を感じる。
「何者だ⁉」
「迎えに来た。仲間の撤収は完了した。行くぞ」
 モーターサイクルの人物は、私を無視して、日本語でそう言った。だが、声がおかしい。何らかの小型装置で声を変成させているのかも知れない。
『用心したまえ。新しく現われた相手は、かなり強力な上霊ルシファーだ。力は……「水」全般。おそらく、水を司る上霊ルシファーの中でも最上位の存在「九頭竜クトゥリュウ」の5体の娘にして分身の1つ、瑠璃色の「宮帝羅クティーラ」だ』
 相棒から有益と思える情報が入る。ただし、残念な事に、私は、地球上に残存する千体以上と言われる上霊ルシファーの名前と能力の全てを暗記している訳では無い。身体能力のみならず、知能・知性においても遥かに常人を凌ぐ「人造純血種」と言えども、そこまでの記憶力は無い。
 相棒からの通信が終るのと前後して、上空の魔鳥から無数の炎の矢が放たれる。
「うおおおおおお~っ‼」
 私は「鎧」の標準装備である大型戦斧を構えると、一人目の敵の方に突撃する。しかし、私が突撃を始めて数秒で、炎の矢の攻撃は止み、その代りに五十鈴川から霧が立ち上って来た。
 霧は、瞬く間に私を取り巻く。炎の矢で炙られた装甲と細かい水滴が接触する度に、しゅうしゅうと云う音がする。
「何だと?」
 霧を構成する水分は、やがて氷へと変貌し、私の鎧に付着していく。私の鎧は、敵まで後数歩の所で、氷漬けになり動きを拘束される。
カーネル出力増強』
 私は鎧の擬似知性電脳に命令を出す。
 私達の鎧の動力源であるカーネルは、死霊を呼び出し、その死霊を「喰う」事でエネルギーを生み出すのだ。私の命令と共に、鎧の背中に埋め込まれた3つのカーネルから、何度聞いても慣れない、あの不気味な音がした。
 そして、カーネルにより召喚された死霊が、地面より無数に現われる。もっとも、この「死霊」に関して確実なのは、霊的存在である事と、通常の場合、人間には「死霊」としか呼べない「姿」で認識されると云う事だけだ。早い話が、本当に死者の霊なのかは不明なのだが、ともかく「死霊」と呼ばれている存在だ。
「馬鹿め。エサに食らい付いたな」
 目の前の敵がそう言った。そして、後方に居た筈のモーターサイクルは、いつの間にか、私の前方に移動し、彼女の仲間を拾っていた。
 まただ。モーターサイクルは完全に無音ではないにせよ、少なくともエンジン音はしない。
「じゃあな、新米の『鉄の処女』さん」
 敵はそう言い残すと去っていく。
『早く死霊を吸引して‼』
『御命令の解釈に失敗しました』
 鎧の擬似知性電脳は相変らす「擬似が付く知性」でしかない。死霊どもを「カーネル」に「喰わせ」て、鎧の出力を上げ、無理矢理、氷の拘束を破ろうとしたが、思ったより時間がかかる。
 しかし、その時、私はある事に気付いた。
 何故、周囲は明るいままなのだ?そして、何故、敵は「エサに食らい付いた」などと言ったのか?
 次の瞬間、まだ、上空に居た炎の魔鳥が無数の炎の矢を放った。
 狙いは私ではなく、死霊達だ。
 死霊が浄化されると共に衝撃波……と言うよりも、少なくとも物理現象としての「衝撃波」を伴なう「何か」が発生する。
「馬鹿な‼これは⁉」
 太陽の光に含まれる霊力を用いて死霊を浄化する際に副次的に発生する膨大な「力」。それこそが「鎧」の動力源だ。敵は、「鎧」の動力源である「カーネル」の動作と同じ現象を引き起した。
 衝撃波を食らい薄れゆく私の意識の中に、無数の疑問符が生じていた。
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