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Lesson16

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「アリカたん、これあげりゅ」
「わあ、有難う~」

「勇気、こっち来なさい。正幸おじちゃんと有香さんはね、パパにお話があるんだって」
「…あい」

 ぷくぷくの手足をブンブン振りながら、桐生さんの甥っ子はママの元へと駆けて行く。私の手に残ったのは赤ちゃん用のお煎餅1枚だけ。ふふっ、こっちを見て笑ってる。ほんと可愛いなあ、もう。

 ──あれから1カ月。
 今、私達は桐生さんのお兄さんの家で結婚の報告をするところだ。慰謝料やその他もろもろの支払いで実家は既に売却済らしく。バツ3のお父さんは現在『内縁の妻の家』に住んでいるのだという。

「ウチの兄貴さ、『女たらし』はもう廃業したんだって。もう結婚7年目だけど、今んとこ家庭円満だぞ。若い頃に遊び過ぎて、もうそういうのに飽きてんじゃないかな」

 兄嫁は意外と地味だが、非常に夫婦仲は良さそうだ。へえ、そっかあ。親が辿った道を子供も辿るとは限らず、反面教師にして逆になる場合もあるんだな。だったら桐生さんもそうなるといいのに…なんて、彼の横顔をジッと見つめていたら噂のお父さんが遅れて登場した。

 うん、やっぱり親子だな。

 挨拶もせず、いきなりリビングに入って来て『ゴメンゴメン』という感じで手を縦に振っている。今年53才だと聞いたけど、外見はかなり若く感じる。飄々としているのに色気もムンムンで…うん、確かにこれはモテそうだ。

「初めまして、三嶋有香と申します」
「うん、合格!!」

 緊張しながら自己紹介をしたのに、いきなり出鼻を挫かれた。

「へえ、有香ちゃんっていうの?とっても可愛いね。あ、もちろん文乃さんも可愛いよ。でもさ~、やっぱり初めて会うコの方が新鮮って言うかさあ」

 なぜか兄嫁の文乃さんに謝り始めたが、彼女はそれを当たり前のように無視する。

「そっかあ。息子2人で味気なかったけど、これで2人目の娘が出来ちゃうんだな~」

 …と、ここでドアの開く音が。

「あら、お客様かしら?」

 立ち上がろうとする文乃さんを桐生父が制した。

「ああ、俺のツレだよ。彼女の車に乗せて貰って来たんだ。コインパーキングに停めてくるって言うからさ、俺だけ先にこっち向かったの」

 その言葉で微妙な空気が流れ出す。

「父さんの『内縁の妻』って人?」
「うん、まあ見れば分かるよ、ぷぷっ」



「こんにちは~」

 暫くして現れたのは40代後半くらいの美しい女性。Vネックのカシミアセーターを着て、上品な素材のパンツをセンス良く穿きこなしている。その人はニコリと笑ってこう言った。

「正輝も正幸も、元気そうね」


「「か、母さん!?」」
兄弟仲良く、ハモリは続く。
「「ヨ、ヨリ戻したの?!」」

 桐生父は涙を流して笑い転げている。


 …なんだこの家族。っていうか、この人に育てられたらこう育っちゃうよなあ。

 私は初めて、桐生さんに同情した。

 訊けば、お父さんが浮気をしたので当時21才だったお母さんは子供2人を置いて家を出たのだと。しかし残念ながらお父さんは生活能力がゼロだったため、祖父母が桐生さんたちを育てたようだ。その後、お母さんは何度か子供たちを引き取ろうとしたが、頑固者と評判の祖父から激しく拒絶され仕方なく近所に移り住み、子供たちの成長を見守っていたらしい。

「覚えてないだろうけど、お前らに会わすためコッソリと母さんを家ん中まで連れ込んだことも有るんだぞ。それを浮気だと勘違いされてなあ…。お蔭でその後の結婚は2回ともダメになったわ」

 子育てはもちろん経済的にも世話になっていたため祖父に逆らうことは出来ず、その祖父が毛嫌いするお母さんを家に招き入れたことがバレないようにと事実を隠していたら、浮気認定されてしまったそうだ。その祖父が祖母の後を追うかのように他界したため、2年くらい前からヨリを戻したらしい。


「やっぱ原点に戻るわなあ。好きなんよ、コイツのことが」
「ったく、子供の前でヤメなさいよ」

 バチン、と背中を叩かれる桐生父。その横で桐生母は顔が真っ赤だ。なんだか私の常識では有り得ない話だけど、この家族にはこれが『普通』のようだ。

 家族なんて、缶詰みたいなもの。
 どれもよく似たラベルだけど。
 開けてみなくちゃ、分からない。




 ……
「なんかバタバタしちゃって、ゴメン」
「ううん、全然。桐生さんにとっても怒涛の1日だったね」


 帰り道。
 駅まで手を繋いで歩く。

 お母さんが車で送ると言ってくれたけど、『頭の中を整理したいから』と彼は断ったのだ。

「有香のお蔭、だな」
「えっ、何が?」

「結婚を決めたから、こうして久々に家族で集まった。…で、今まで女にだらしないと思ってた父親が、本当は母さんヒトスジって分かった。正直、ちょっと不安だったんだ。俺が女にだらしないのは『遺伝』かなって。今は落ち着いたけど、また暫くしたらブリ返してしまうんじゃないかって、ちょっと…いや、すごく怖かった」

 思わず握っていた手に力を込める。

「大丈夫だよ。私の王子さま」
「はは、俺、王子?」

「うん。貴方は私の王子さまなの。これ以上の人には、きっともう出会えない。何から何まで、素敵なんだもん。…好き、本当に大好き」

 彼の瞳が熱く潤み、それから急にその歩みを早めた。

「有香、急いで帰るぞ」
「え、あ、なんで?」

「もう、俺、猛烈にしたい。嫌って言ってもするからな!ネッチネチのギットギトに愛してやるっ。まずい、半勃ちになりそ。ああ、もうこんなときに限ってタクシーが…。いいか、有香、根性で停めるぞ!」
「は、はい!」

 …やっぱり両想いって『奇跡』だね。
 
 ダメダメ、『われ鍋にとじブタ』なんて言わないで。

 私たち、ベストカップルなんでしょ?
 ちょっと、もう、話を聞いてよ。


 ふふっ、私も大好きだよ。

 
 


 --END--
 
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