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Lesson10

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 私が決めたこと。

 もし、彼に他の女性の影が見えたらスグ別れる。そして派遣社員としての契約が満了する11カ月後に彼と別れる。

 …この2つだけだ。

 それまでは、好きな人と思う存分一緒にいようと決めたのだ。シゲルさんには『他に好きな人がいるから』と伝えた。彼は『待つよ』と言ってくれたけれど、それも丁重にお断りした。

 期限までは一生懸命、桐生さんを好きでいて、他のどんなものにも心を揺らさないでおこうと決めたからだ。賢い選択ではないだろうが、これできっと後悔はしないはず。

 そう、大丈夫…。

「なあ、有香。なんならもう、一緒に暮らさないか?」
「えーっ、ウチはお兄ちゃんが厳しくて。結婚前の同棲なんて絶対に許してくれないと思う」

 11カ月後に別れるつもりとは言えない。だから、嘘をつく。こうして1つ、また1つと嘘が増えていく。

「好きだよ有香。ずっと傍にいてよ」
「うん」

「このまま一緒にいような」
「うん」

 不安なのか、何度も何度も彼は私に問いかける。
 そのたびに私は嘘をつく。

 たぶん私は死んでも天国に行けないな。

 もうすぐ私の誕生日。その日のためにと彼が温泉旅行を用意してくれて…ふと思った。桐生さんの誕生日は9月で私の任期は来年8月までだから、お返しが出来ないなって。そう思ったら、すごく悲しくなってボロボロ泣いてしまった。彼はそれを見て、嬉し涙だと勘違いしてしまったようだ。

「もっともっと幸せにするから。泣くのはそれまで待ってよ」

 そう優しく言うから、また涙が溢れて止まらなくなる。辛いことも多いが、期限を決めてから心がラクになったみたいだ。うん、あまり深く考えずに彼の喜ぶことしだけしてあげよう。

「デートらしいことをしたことがない」

 なんて言うから、普通に水族館へも行った。大喜びの彼はスマホで撮影しまくり、いつの間にか待ち受け画面もそこでのツーショットになっていた。

 玲奈さんにだけ正直に打ち明けたら、『バカな子ね』とやっぱり叱られた。…相手のことも、期間限定のことも。

「わざわざ傷つかなくても」
「職場で毎日会うから辛いのであって、派遣期間が終わって、顔を見なくなったら我慢できるのかなと思って」

「そんな都合良く出来ていないよ、人間の気持ちは」
「うん、知ってる。でも桐生さんは絶対に他の女性のところへ行っちゃうだろうし。彼の心が離れていくのを実感するのは辛いもん。だから私を好きでいてくれるままの状態でサヨナラするんだ…」

 電話の向こうで玲奈さんの溜め息が聞こえたけど、気付かないフリしてそっと電話を終わらせる。来週は私の誕生日だから幸せな思い出を、たくさん作ろう。

 桐生さんと。





 ……
「なに、眠れない?」
「ううん、大丈夫」

 結局、同棲はしなくてもほぼ毎晩、彼の部屋に泊まっていて。たぶん、傍目から見ると順調なカップルで。

「有香くらいしか、俺の相手できないもん。もし他の女と浮気したら、すっごく怒られそ。愛されちゃってるし、俺」

 なんて呑気に言う彼が可愛くて、思わずギュッと抱き締める。

「バカ、例え話だよ。浮気なんかしない。大丈夫だから、な」

 それには答えず、ふっと微笑む。このままずっと一緒にいられればなあ…なんて心がグラグラする。

 ああ。やっぱり、私は弱い。





 翌日の水曜、会社帰りに映画を観に行く。

 昔、夢中になった『ザ・コミットメンツ』がミニシアターで上映すると聞いて。アイルランドを舞台に素人バンドの結成から解散までを描いた作品で、私はこれがとても好きなのだ。

「ごめんね。上映時間が長くて…」
「いいよ、20時開始の22時終わりなんて全然普通だし。有香、観たいんだろ?」

 小さく『うん』と答えると、桐生さんは目尻にシワを寄せて微笑む。

「こんな夜中に、有香を映画館でひとりにしとく方が嫌だよ」
「…あ、ありがと」

 未だに優しくされることに慣れない。照れていると、ギュッと手を握られた。

「…あれ?有香」

 その声に振り返ると、

「あ、お兄ちゃん」

 兄がいた。

「やっぱりお前もコレを観に来たのか。面白かったもんなあ、子供のとき一緒にDVDで観てさぁ。…で、この人は?」

 笑顔を崩さないまま、兄は桐生さんを見つめる。桐生さん、こういう挨拶とか苦手だろうなあ。なんと紹介すればいいのかな。同僚?友だち?さすがに、『知り合い』はおかしいだろうし。…などと悩んでいたら。

「有香さんとお付き合いさせていただいている、桐生といいます。どーも、初めまして」

 彼が自ら進んで答えてくれた。繋がれた手は一瞬だけ離され、そのまま私の肩へ。

「あの、大事にしてますんで。よろしくお願います」

 これには兄も笑うしかなかったようで。

「ははっ、うんと大事にしてやってくださいよ。あ、有香。俺、人を待たせてるからもう行くわ。じゃあな」

 …と足早に去って行く。

「び、びびった。やっぱ有香の兄さん、怖い。顔、整いすぎてて迫力がハンパない」


 なんて言うから思わず吹き出して、それから何度も彼の頭を撫でた。

 
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