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痛い?
しおりを挟むそれからの私たちは、静かにゆっくりと恋人としてのステップを進んでいった。平日に2人きりで食事をして、休日にはデートをして、映画館の中でそっと手を繋ぎ、何回目かのデートで初めてのキスをして。
緊張で汗まみれの手、鼻息の荒い深夜の電話、徐々に増えていくLINEメッセージ。そんな微笑ましいエピソードを1つ1つを心に刻み込みながら、私は再び訪れた青春時代を謳歌していたのである。
「ごめ、なんか…、ちょっと痛い」
そうして迎えた初めての夜。清水さんのマンションの寝室で、私は大人しくリードされようと思っていたのに。ブラが上手く外せなかったり、避妊具の装着に何度も失敗したり、間違えて違う箇所を触りまくっていたりと、とにかく大人しくしていては先に進まないようなので仕方なく、そう、仕方なくシャシャリ出たのだが。
…『痛い』のだと。
いや、そう言ったのは私では無く清水さんだ。
『なぜ男の貴方が痛むことが有るのか?』と、ムーディーな間接照明から一転、煌々と照明を点けて彼の体をチェックしたところ、避妊具に陰毛が思いきり巻き込まれていたという事実。何と言えば良いのか分からなくて、取り敢えず黙ったまま私が付け替えてあげたのだが、たぶん清水さんのソレは人並み外れてフサフサしているせいかやはり痛いらしく、仕方なくハサミを持ってきてカットすることに。
ジョキッ、ジョキッ。
物凄く間抜けな絵面だ。色々と突っ込みどころ満載なのは確かである。とにかく軌道修正が必要だと思った私は、ベッドの上に敷いた新聞紙を素早く畳んでハサミも片付け、避妊具を装着させた。
「ごめんね、吉川さん。肝心な時にこんな…」
「気を取り直して、さあ!やっりますよお~」
慰めるつもりで明るく言ったところ、なけなしのムードが更に激減してしまった気がする。
だって、全裸で彼氏の陰毛をカットしてたんだよッ?!こんなの何をどうしてもムードなんか生まれないし!!ダ、ダメだ。だって清水さんにとっては31年間も夢見ていた憧れの行為なのだから。
ヨシ!
この分野では先輩の私が頑張らなければ!!
「え、あ…、吉川さん、そんなことを?」
「ふが、大丈夫、気持ち良くさせてあげます」
そんなワケで吉川桂・渾身のテクを全て使い、ひたすら奉仕しまくった…というか、リードしまくったのである。
「ああ、俺、もうヤバイ、気持ち良くて死ぬ、死にそう!…ん、あっ、ダメ、ダメ、そこ触っちゃイク、もう…うあああっ」
…で、初回でリードし過ぎたため、それ以降もそうすることが当たり前となってしまった次第だ。
………………
「清水さんだって普通の男なんだから、独学で色々と知識を得て手順なんかは分かっているはずだぞ。もしかしてあの人、遠慮してるんじゃないかな?」
「えんりょ?」
「不慣れな自分よりも、そっち方面では慣れている吉川さんにリードは任せておいて、自分は様子を窺っているんじゃないかと思う。ほら、板前の修業とかでよくあるじゃないか、見習いが先輩の技術を盗み見て成長していくアレだよ」
「みならい…」
珍しく須賀さんと2人きりで客先へ向かうことになり、社用車での移動中に清水さんとの性生活を赤裸々に相談してみたところ、恐ろしいほど的確な答えが返って来た。
それにしても、さすが私!こんな明るい昼間から、しかも若い男性と2人っきりの車内で臆さずにそんな話を切り出すだなんて、神経図太すぎ。これもきっと、苦労した過去のお陰だろう。
あの頃の自分は余りにも調子こいていた。そのせいで、転落ぶりが凄かったと言うか。妹に彼氏を略奪婚されるなんて、そこらの地味カップルであればそれほど目立ちもしなかっただろうに、私と直也は目立ち過ぎていたのだ。
何処を歩いても『可哀想な桂さん』とヒソヒソ噂され、その声が次第に『やっと痛い目に遭ってくれたんだ?今までが恵まれ過ぎていただけだっつうの、あははザマアミロ!』に脳内変換されるようになって、心の平穏を保つために人と会うことを極力避けていたら、そのせいで更に心を病むという悪循環。
結局、私が引き籠ることで繭が胸を痛めて食欲不信になってしまい、これ以上妊婦に精神的ストレスを与えてはいけないと自分で自分に言い聞かせて元の生活に戻ったワケだが、一番悲しんでいいはずの立場なのに、それさえも許して貰えないだなんて、なかなかの不憫っぷりではなかろうか。
でもまあ、しつこいけどそのお陰でメンタルがめちゃくちゃ強くなったのだから、人間、転んでもタダでは起きないように出来ているらしい。
男性というのは複雑怪奇な生き物で、直也を例に挙げると、彼は日頃とてもレディファーストで優しかったし、外食をする際や買い物なんかでも私の希望をよく優先してくれたが、性生活に関してだけは絶対に私がリードすることを許さなかった。
確か一度だけ、女友だちの体験を真似て直也の両手首を紐で縛って行為に臨もうとしたところ、烈火の如く怒られたことを記憶している。だからそれがもしかして、直也に限ったことでは無く、男性全般に共通した話なのかを確認したかっただけなのだが、それに対して須賀さんは『いやあ、俺は別に女性にリードされても平気だよ』と真顔で答え、そしてその後に続けて先の『見習い』発言へと繋がったのである。
…そしてそんなことをウダウダ話していたその晩、いつものように清水さんのマンションへ泊まりに行こうとしていたところを、直也に呼び出されてしまうのだ。
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