スミレの恋

ももくり

文字の大きさ
上 下
13 / 21

信じられない

しおりを挟む
 
 
「貴臣、ねえ待って、私の話を聞いてよ」

 多分、『ぁあん?』と言ったのだと思う。2人の間を分厚い玄関ドアが遮っているせいで、ただでさえボソボソモードの彼の声がより一層、聞き取り難くなっているのだ。
 
「開けて!開けてってば!!」
 
 無言のまま数センチほどドアが開いたので、その隙間に素早く両手を突っ込む。火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、自分でも驚くほどの力強さでドアを全開にし、再び大場家へ入ることに成功した。
 
 そこから真剣に話し合いをしようと思ったのに。
 
 前髪センター分け…いや正確には6:4分けで丸見えとなっているご尊顔を直視したせいで、ついウッカリ見惚れてしまい。気づけばニヘラッと笑ってしまう。そう、まるで中年のオジさんが若くて可愛い女性を見て目尻を下げるみたいに。

「用件を早く言え。だいたい自分の方から別れると言ったクセして、何で勝手にヒトんちに上ってるんだ?お前はそういうケジメもつけられないのか?」
  
 さあ、冷静且つ真摯に自分の気持ちを伝えよう。…愛されているのか不安だったのだと。そんなときに藤井から告白され、彼のことを意識してしまったのだと。
 
 やはり貴臣以外の男性は愛せなかったけれども、アナタは私と一生を共にする気は有りますかと。

「お、怒っちゃヤダァ…。だって本当は知ってるんでしょ?私が貴臣ナシじゃ生きられないってこと。
 
 貴臣さえいれば他には何も要らない。
 お願い貴臣、私を捨てないでぇぇ…」
 
 …お、おかしい。
 
 クール・ビューティな大人の女になり切って、理路整然と話す予定だったのに。いつの間にか無様に媚びて泣きじゃくり、なりふり構わず懇願していた。
 
 ああ、私という人間は
 なんとカッコ悪いのだろうか。

 いいよ、もう。バッサリスッパリ私を斬り捨てて。きっと貴臣はこういう女が一番嫌いでしょう?──そう思いながら、恐る恐る彼の顔を覗き込むと、何故か耳まで真っ赤だった。

「あああっ、何なんだよ、お前ッ」
「た…かおみ?」
 
「はァ、もう、くっそ……い。……ぎる」
「へ?」
 
「はァ、はァ、俺、いつかお前に殺されるかも」
「ええええ?」
 
 そう言って彼は再び私を外に放り出す。また中へ入れろと騒がなかったのは、彼の言葉が信じられなかったからだ。聞き違いで無ければ、貴臣は確かにこう言った。
 
 >はァ、もう、くっそ可愛い。
 >好き過ぎる。
 
 …と。
 
 なんだかもうワケが分からなくなり。大場家にコートを置きっぱなしなことも忘れて、トボトボと帰路に就く。だって、信じられないではないか。
 
 あの貴臣が、…そうあの貴臣が
 
 どうやら私のことを好きみたいなのだ。
 
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オフィスラブなんか大嫌い

ももくり
恋愛
オフィスラブの悲しい終わりと、それから。幼さゆえに別れた2人は、再び恋人同士に戻れるのか?意地っ張りな晋吾と雪の物語。

かりそめマリッジ

ももくり
恋愛
高そうなスーツ、高そうなネクタイ、高そうな腕時計、高そうな靴…。『カネ、持ってんだぞ──ッ』と全身で叫んでいるかのような兼友(カネトモ)課長から契約結婚のお誘いを受けた、新人OLの松村零。お金のためにと仕方なく演技していたはずが、いつの間にか…うふふふ。という感じの王道ストーリーです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...