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信じられない
しおりを挟む「貴臣、ねえ待って、私の話を聞いてよ」
多分、『ぁあん?』と言ったのだと思う。2人の間を分厚い玄関ドアが遮っているせいで、ただでさえボソボソモードの彼の声がより一層、聞き取り難くなっているのだ。
「開けて!開けてってば!!」
無言のまま数センチほどドアが開いたので、その隙間に素早く両手を突っ込む。火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、自分でも驚くほどの力強さでドアを全開にし、再び大場家へ入ることに成功した。
そこから真剣に話し合いをしようと思ったのに。
前髪センター分け…いや正確には6:4分けで丸見えとなっているご尊顔を直視したせいで、ついウッカリ見惚れてしまい。気づけばニヘラッと笑ってしまう。そう、まるで中年のオジさんが若くて可愛い女性を見て目尻を下げるみたいに。
「用件を早く言え。だいたい自分の方から別れると言ったクセして、何で勝手にヒトんちに上ってるんだ?お前はそういうケジメもつけられないのか?」
さあ、冷静且つ真摯に自分の気持ちを伝えよう。…愛されているのか不安だったのだと。そんなときに藤井から告白され、彼のことを意識してしまったのだと。
やはり貴臣以外の男性は愛せなかったけれども、アナタは私と一生を共にする気は有りますかと。
「お、怒っちゃヤダァ…。だって本当は知ってるんでしょ?私が貴臣ナシじゃ生きられないってこと。
貴臣さえいれば他には何も要らない。
お願い貴臣、私を捨てないでぇぇ…」
…お、おかしい。
クール・ビューティな大人の女になり切って、理路整然と話す予定だったのに。いつの間にか無様に媚びて泣きじゃくり、なりふり構わず懇願していた。
ああ、私という人間は
なんとカッコ悪いのだろうか。
いいよ、もう。バッサリスッパリ私を斬り捨てて。きっと貴臣はこういう女が一番嫌いでしょう?──そう思いながら、恐る恐る彼の顔を覗き込むと、何故か耳まで真っ赤だった。
「あああっ、何なんだよ、お前ッ」
「た…かおみ?」
「はァ、もう、くっそ……い。……ぎる」
「へ?」
「はァ、はァ、俺、いつかお前に殺されるかも」
「ええええ?」
そう言って彼は再び私を外に放り出す。また中へ入れろと騒がなかったのは、彼の言葉が信じられなかったからだ。聞き違いで無ければ、貴臣は確かにこう言った。
>はァ、もう、くっそ可愛い。
>好き過ぎる。
…と。
なんだかもうワケが分からなくなり。大場家にコートを置きっぱなしなことも忘れて、トボトボと帰路に就く。だって、信じられないではないか。
あの貴臣が、…そうあの貴臣が
どうやら私のことを好きみたいなのだ。
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