スミレの恋

ももくり

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これでオサラバだ

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 普通の女子であれば、ここで彼氏に操を立てるのであろうが。ところがどっこい、私は普通では無いのだ。
 
 だから取り敢えず藤井と
 付き合ってみることにした。
 
 人生、何事もチャレンジすることが重要だし、親も安心させてやりたいし…っていうかもう潮時な気がして。貴臣が私のことを何とも思っていないのは、随分と前から分かっていたけど認めたくなかっただけなのだ。
 
 電話を掛けるのはいつも私から。会っても邪魔者扱いされ、目すら合わせて貰えないことも多い。というか、あの長い前髪で目は隠れているから、どこを見ているのかは正直いつも不明なのだが。
 
 とにかく別れを伝えるため会いに行ったところ、やはり面倒くさそうにこう言われた。

「なんだよ、いきなり来るなんて。俺、忙しいんだけど」

 どうせ本を読む以外に用事なんか無いクセして。そう心の中で毒づいていたら、彼は淡々とこう続ける。
 
「フィットネスクラブに通い始めたんだ。もう出掛けるからさ、用事なら早く言ってくれ」

 ああ、そうか…と思った。
 
 土日は読書で忙しくて、平日しか会えないと。そう言っておきながら本当はヒマだったようだ。だから体を鍛えて時間を潰しますよと。
 
 どんなに時間が空いても、
 私と一緒に過ごすという選択肢は無いらしい。
 
「スミレ?おい、どうした」
 
 なんかもうこの男に費やした時間が勿体無くて、喋る労力すら無駄な気がしてくる。
 
「俺、本当にもう行くぞ?いいんだな?」
 
 仕方なく最後に頷く程度の動きはした。

 おう、もういいぜ。
 これでオサラバだ。

 もう二度とお前とは会わねえよ!
 藤井一族の一員になってやる!

 モデルの藤井さんのように奔放で、歌手の藤井さんのようにモテモテで、芸人の藤井さんのように仲良し家族で、棋士の藤井さんみたく将棋が強くなってやる!
 
 逃がした魚は大きかったと後悔するなよ!
 
「う、えええん。ひっ、ひっ」
 
 帰り道、そう心の中で叫びながら泣いていた。
 10年間の思い出が走馬灯の如く蘇ったからだ。

 本当にあんな男のどこが良かったのか。
 
 外見はさておき、頭の良さもさておき、自分の仕事に誇りを持っていることもさておき、母親思いなところもさておき、友人が多くて信頼されていることもさておき、
 
 って、これ以上さておかせるな!
 
 …なんかさあ、あの人、たまに愛おしそうに私の手にキスするの。あれ、なんか好きだったなあ。『好き』や『愛してる』は言われなかったけど、不器用な彼の精一杯の愛情表現というかさ。
 
 一番好きな女では無かったかもしれない。
 でも、一番近い女だと思っていたのに。
 
 近いだけでは、どうにもならないんだな。
  
 
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