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卑屈な女

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 >な、なんか臭いのよ、この上着。
 >洗ってないんじゃないの?!
 
 そう言って誤魔化していたが、あれはどう考えても恋する女の表情だった。だって美香ネエ、内藤さんのこと目で追い過ぎ。奈月もよく見てるけどそれとは全然質が違うし。
 
 …ああ、気付かなければ良かったな。
 
 こんなこと誰にも相談出来なくて。必死で隠しているであろう美香ネエのため、胸の内だけで秘めておこうと決心したものの。たぶん、美香ネエの方も溢れる恋心に逆らえなくなってしまったのだろう。
 
 >あ、あのさっ。
 >私の大学時代の女友だちが結婚するんだけど、
 >そのお相手の実家がパン屋なのね。
 
 >老朽化のために改装を余儀なくされることに
 >なったからアンタのところの工務店で
 >安く対応してくれないかな?
  
 などと、突然内藤さんを頼り出し。彼はその話し合いのために急遽、休日出勤と相成ったのである。勿論、美香ネエも一緒にそのパン屋へ向かったので、話が纏まればこれからもずっと2人だけでパン屋へ通うことになるだろう。
 
 激しい不安が私を襲う。
 
 だって、美香ネエと私は結構性格が似ていて。なのに容姿は向こうの方が数倍、いや、数十倍も上なのだ。内藤さんが私の性格を気に入ってくれているのは知っている。だったら同じ中身で美人な方が得ではないか。今はまだ私との付き合いが長いからこちらを選んでくれているのかもしれないが、もしココで美香ネエとの時間を積み重ねれば、ひょっとしてどちらが得か気付いてしまうかもしれない。
 
 卑屈な女だと笑いたければ笑うがいい。だって、もし私が内藤さんだったら絶対に美香ネエの方を選ぶもんッ!!
 
 ゼエゼエ…。

「大丈夫~、香奈ちゃん?なんか顔色悪いけど」
「ぜ、絶好調だしッ」
 
「絶好調のワリにはなんか…。内藤さんともしかして上手くいってないの?」
「うっ」
 
 正直者の私は、嘘が吐けないのである。モゴモゴと口籠る友を目の前にして、癒し系のはずの愛子ちゃんはほんわか口調でこう言った。
 
「プロと素人とじゃ、徐々にレベルの差が出るわよねえ~」
「な、何のプロ??」
 
「恋愛の…というか、夜の営みの」
「はうあッ」
 
 い、痛いところを突いてきたな?!
 
 確かに私の性技は素人レベルのままで、いつまで経っても内藤さんに奉仕させている感は否めない。しかし、彼がそれで満足しているのだから問題は無いはずだ。
 
 って、本当に?
 
 このまま現状に甘えていたら、ある日突然、美香ネエに奪われてしまったりしないのか?──私はそんな焦りにも似た感情に、悩まされるようになっていく。
 
 
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