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初めてのシチュエーション

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 店長の表情がパアアッと明るくなり、それを見て一瞬だけ罪悪感に苛む。

 ごめんね。
 今からする話はヨリを戻そうとか、そういうんじゃ無くて。

 えっと…何と言うか…その…
 あ!そう、決別??

 チロチロと燻っていた恋慕の残り火を、バケツに入った水で鎮火するような感じなのだ。しかし、話の展開の仕方が悪かったのか、目の前の人は手放しで喜んでいて。次の言葉を発する隙を与えてくれない。

「はぐっ」
「うん、俺も…俺も好き。本当に良かった!アヤ、ずっとこうして抱き締めたかったよ…」

 肋骨を折られそうなほど力強く抱擁され、グイッと顎を掴まれたかと思うとそのまま唇が重ねられる。おずおずと入ってくる舌は可愛くトントンと二度ほど私の舌をノックして、そのまま情熱的に絡められていく。

 とろん、って…ダメダメ私ッ。
 そうじゃないでしょ?
 キッパリ言わないと!
 
 強い決心とは逆に弱々しい両手で押し退ける。

「ちょっ、離してッ」
「ダメだよ、やっとこうしてアヤを抱けるのに」

 グイグイとグイグイの応酬。でも、やっぱり男女の腕力の差は歴然で。アッという間に抱き締められてしまう。

「は、話は最後まで聞い…て…ょ…」
「もう絶対に離さないからっ。アヤ、俺、頑張るよ。あー、好き、ほんと好き」

 どうして『これでもう最後』と決意した途端に、この人の本音を聞けてしまうのだろうか?

 だって、私の予定ではこんなはずじゃなかった。アナタのことは好きだけど、でも好きなだけじゃ恋愛は続かない。アナタと一緒にいると幸せだけど、それ以上に不幸なことも多いのだと。

 だから私は浦くんを選ぶと伝えたかったのに。

 そしてそれを聞いた店長は、『勝手にしろよ』と冷たく答えるはずだった。なのに、どうしてこうなったのか?

 この人がこんなに私をスキスキ言うだなんて、想定外すぎて頭の中はパニック状態だ。追い討ちをかけるかのように、次なる展開へ。

「えっ?!何、いったいどういう…」
「はっ?!あ、う、浦…」

 店長の声に驚いて。でも、強めに抱き締められているせいで目しか動かせず、店長の腕越しでその方向を見た。

 そこには浦くんが呆然と立ち尽くしていて、手にしているコンビニ袋には店長の好きな銘柄の缶ビールが数本入っている。こんな時でも律儀な浦くんは経緯を説明し出す。

「あの…俺、恋愛下手だから、店長にアヤさんとのことを相談しようと思って。

 アヤさんと別行動するのは久々だし、今晩を逃すとなかなか機会が無いから、何度も店長に電話して。確かに電話には出てくれなかったけど、でも、そんなのしょっちゅうだし。どうせ入浴中だろうと思って、ココに戻って来たら案の定、店長の部屋が明るかったもんで、その…。

 いつもみたく勝手に入りました。一応、ノックもしたしドアの前で店長のことも呼んだんですけど、取り込み中のせいか気付かれなかったらしくて。

 あの…、なんかもう、動揺し過ぎて俺、正直パニックになってるんですけど。えっと、取り敢えずそこの2人、離れて貰ってもいいですか?」

 物凄い勢いで離れる私とは違い、店長は名残惜しそうにヤワヤワと離れて行く。

 しゅ、修羅場なんだろうか、コレって。やましいことなんて何も…って、あ…キスした。でもアレ、不可抗力だったしッ。

 さり気なくカニ歩きで浦くんの方へと移動する…はずだったが、店長が手首を掴んで離さない。

「ごめん、浦。俺はアヤのことが好きなんだ。だから、お前には譲れないんだよ」
「はあっ?!突然、何を言い出すんですか。アヤさんは俺と付き合っているんですけどッ」

 こ、こんなシチュエーション、初めてだわ。

 だって今までは逆パターンしか無かったし。店長の周囲にワンサカ女性がいて、私はいつも次から次へと湧いて出てくる敵と戦いっぱなし。心休まる時なんて、全然無かった。

 まったくもう私ってやっぱりダメな女だな。『本当に好きでいてくれたら耐えられた』とか茉莉子ちゃんに言ってたクセに。『好きだ』と言われた途端、今度は別の理由を見つけてしまうだなんて。

 私は深々と浦くんに頭を下げながら言う。

「ごめんね、今まで黙ってたけど私、店長と2年間だけ付き合ってたの。それから店長、私はアナタとは付き合えません」
「…えっ?!だっ、でも、アヤは俺のことを…」

 慌てふためく店長に向かって私は理由を述べた。

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