上 下
2 / 26

嵐はまだまだ吹き続ける

しおりを挟む
 
 
 真っ直ぐ私に向かって歩いて来た彼は、手首を掴んだまま中央へ引っ張り出す。そして、全員の注目を浴びる私に対して浦くんは言ったのだ。

「ごめん実夕ちゃん、俺、実はアヤさんのことが…。

 矢田 綾子さん!
 ずっと好きでした!!

 4歳も年下で頼りないかもしれませんが、でも、この想いだけは誰にも負けません。どうか俺と付き合ってください!!」

 …これだけでは終わらない。
 嵐は、まだまだ吹き続けるのである。

「えっと、わ、私?本当に私でいいの?」
「はいッ」

 自慢では無いが、3年間も彼氏がいなくて家とこの店を往復するだけの毎日だった。

 独り身1年目のクリスマスイブには、女友だち2人と一緒に温泉旅行をし。

 2年目には女友だちの1人に彼氏が出来たので、私と残り1人とでオールナイトシネマを観て。

 3年目にはもう1人が自分磨きの為などと言いイギリスへ留学してしまったから、仕方なく1人ぼっちで部屋飲みした。

 しかも飲んでいたのはワンカップである。

 そんな侘しい28歳の女に突然、舞い降りたスウィートなお話。少しくらい浮かれても罰は当たらないだろう。堪え切れずニマニマと笑顔を浮かべていると、容赦なく実夕ちゃんが斬り込んでくる。

「な、なんで?!どうしてアヤさんなの??じゃあ私、誕生日は誰に祝って貰えばいいの?」

 お前も部屋でワンカップ飲んでろよ。
 …そう言いたかったが根性で口を噤む。

 やっぱ若いなー。自分の気持ちを拒絶されたことよりも、記念日の成功の可否について悩むのか。

 そんな実夕ちゃんを可哀想だと思ったのか、いきなり店長が口を挟んでくる。

「なあ、浦。1日くらいイイじゃないか。実夕ちゃんの誕生日を一緒に祝ってやれよ」
「無理です」

 んもう、清々しいほどの即答。
 迷いが無いって素晴らしい!

 しかし店長は苦笑しながら尚も言う。

「誕生日ってさ、1年に一度しかないんだぞ。若い頃ってそれがとても貴重だったよなー。お前だってそうだったんじゃないか?そのまま付き合えとは言ってないじゃないか、一緒に過ごしてやるくらい、してやれよ」
「いえ、ダメです」

 直立不動で浦くんは更に続ける。

「…だって、誰にでもイイ顔をして、好きな女性に誤解されたくないんです。優しくするのはアヤさんにだけだと決めている。だから実夕ちゃんの相手は出来ません」

 そして再度、浦くんは実夕ちゃんに頭を下げた。

 その姿は私にとって衝撃だった。

 元カレは誰でもハイハイと受け入れる人で、私と付き合っていながらも別の女性と食事をし、その女性と朝まで飲み明かすことも有ったから。

 彼自身は『清廉潔白だ』と言っていたが、その言葉を信じられるほど私は成熟しておらず。次第に嫉妬という魔物に蝕まれ、挙句の果てに自滅し、自分の方から別れを告げてしまう。

 …そう、既にお分かりかもしれないが、元カレというのは目の前にいるこの店長である。私たちはその昔、2年も付き合っていたのだ。

 付き合っていたあの頃のことを思い出すと今でも胸が痛む。天国と地獄を一度に味わうような、そんな忙しい日々だった。



 大学を卒業した私はスグにこの店へと就職する。

 学生時代からアルバイトとして働いていたので、内部の事情には詳しいと自負していたのだが、実際に働いてみるとホール担当の女性たちの激しいバトルにひたすら驚いた。

 バトルの原因は店長らしく、誰もが皆、彼の関心を自分に向けようと必死だったのだ。

 初めのうちは私も傍観者という立場を守り、女性たちの愚痴を個別に聞いてあげていた。

 恋に狂う女というものはこれほど醜悪なのかと若干引き気味で、こんな風になるまいと決心し、店長から距離を置くようにしていたのである。

 それがある日、ホール担当の女性たちが一斉に辞職すると言い出し、店長と私の2人だけで店を回す事態へと陥り。まあ、そうなれば距離もクソも無い。父のツテで、他店の従業員を臨時で貸して貰い。改めてホール担当を雇い入れるまでの数週間で、私たちはみるみるうちに打ち解けてしまった。

『打ち解けた』というよりは、『陥落した』という表現の方が正しいかもしれない。

 新見 大雅は実に懐が深い人間で。失敗すると優しくフォローし、ほんの少しの努力でも褒め讃え、過剰なまでに先回りして仕事をやり易くしてくれるのだ。

 それは私生活でも同様で損得を考えずに尽くし、時には本気で叱ってくれて、まるで自分のことのように親身になって心配もしてくれる。その優しさときたら底なしで。しかもそれを、相手を選ばず無意識にしているのだから罪深い。

 とにかくまあ見事に嵌った私は自分から告白し、彼もそれを受け入れてくれて、ラブラブカップルになったのである。
 
 もちろんオーナーだった父には内緒にした。なぜなら雇われ店長とオーナーの娘という立場から考えると、『もし破局したら』という思いがこの恋の障害になるかもと考えたからだ。

 そうして店長は、職場でも私生活でも最高のパートナーになっていった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

授かり相手は鬼畜上司

鳴宮鶉子
恋愛
授かり相手は鬼畜上司

彼の子を身篭れるのは私だけ

月密
恋愛
『もう一度、触れさせて欲しい』『君にしか反応しないんだ』 *** 伯爵令嬢のリーザは、一年前に婚約者に浮気された挙句婚約破棄され捨てらて以来、男性不信に陥ってしまった。そんな時、若き公爵ヴィルヘルムと出会う。彼は眉目秀麗の白銀の貴公子と呼ばれ、令嬢の憧れの君だった。ただ実は肩書き良し、容姿良し、文武両道と完璧な彼には深刻な悩みがあった。所謂【不能】らしく、これまでどんな女性にも【反応】をした事がない。だが彼が言うにはリーザに触れられた瞬間【反応】したと言う。もう自分に一度触れて欲しいとリーザは迫られて……。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【R-18】私と彼の八年間〜八年間付き合った大好きな人に別れを告げます〜

桜百合
恋愛
葵は高校の頃から8年間付き合っている俊の態度の変化に苦しんでいた。先の見えない彼との付き合いに疲れ果てた葵は、同棲していた家を出て彼と別れる決心をする。 長年付き合った彼女をおざなりにした結果、失って初めてその大切さに気づくよくあるテンプレのお話。 最初は彼女視点からスタートし、最後に彼氏視点が入ります。 ムーンライトノベルズ様でも「私と彼の八年間」というタイトルで掲載しております。Rシーンには※をつけます。 ※10/29、ムーンライトノベルズ様の日間総合ランキングで2位になりました。

腹黒王子は、食べ頃を待っている

月密
恋愛
侯爵令嬢のアリシア・ヴェルネがまだ五歳の時、自国の王太子であるリーンハルトと出会った。そしてその僅か一秒後ーー彼から跪かれ結婚を申し込まれる。幼いアリシアは思わず頷いてしまい、それから十三年間彼からの溺愛ならぬ執愛が止まらない。「ハンカチを拾って頂いただけなんです!」それなのに浮気だと言われてしまいーー「悪い子にはお仕置きをしないとね」また今日も彼から淫らなお仕置きをされてーー……。

【R18】鬼上司は今日も私に甘くない

白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。 逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー 法人営業部メンバー 鈴木梨沙:28歳 高濱暁人:35歳、法人営業部部長 相良くん:25歳、唯一の年下くん 久野さん:29歳、一個上の優しい先輩 藍沢さん:31歳、チーフ 武田さん:36歳、課長 加藤さん:30歳、法人営業部事務

【R18】熱い一夜が明けたら~酔い潰れた翌朝、隣に団長様の寝顔。~

三月べに
恋愛
酔い潰れた翌朝。やけに身体が重いかと思えば、ベッドには自分だけではなく、男がいた! しかも、第三王子であり、所属する第三騎士団の団長様! 一夜の過ちをガッツリやらかした私は、寝ている間にそそくさと退散。まぁ、あの見目麗しい団長と一夜なんて、いい思いをしたと思うことにした。が、そもそもどうしてそうなった??? と不思議に思っていれば、なんと団長様が一夜のお相手を捜索中だと! 団長様は媚薬を盛られてあの宿屋に逃げ込んでやり過ごそうとしたが、うっかり鍵をかけ忘れ、酔っ払った私がその部屋に入っては、上になだれ込み、致した……! あちゃー! 氷の冷徹の団長様は、一体どういうつもりで探しているのかと息をひそめて耳をすませた。

処理中です...