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可哀想な男

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「ぐごー」
「…って、いったいどうすればいいんだ、コレ」

 整った顔立ちをしているのに、神様は美醜に関係なく平等にイビキという機能をお与えになったらしい。先程から間抜けな音が規則正しく繰り返されている。

 こんなに我が家に馴染んでいただいて誠に嬉しい限りですがね…って、いや、そうじゃないな。それほどこの人は疲れ切っているのだろう。あの仕事量を考えると、もしかして毎晩ロクに寝ていないのかもしれない。
 
 となると、いま起こして帰宅してもらうのは移動時間が無駄なような気もするから、このまま寝かせてあげる方向で頑張ってみよう。

 一応、我が家には前田お泊り用として常備してあった未使用の下着類や諸々のグッズが残っているし、問題は几帳面な廣瀬さんが2日続けて同じワイシャツとネクタイだと周囲に誤解を与えてしまうということだけだろうか。
 
 ん?それよりも先にこの人の服を脱がせた方がいいのかな?ベルト締めたまま眠るなんて苦しいよね、シャツもズボンも皺になっちゃうし…。

 そおっと、そおっとベルトに手を掛ける。座布団の上で“くの字”に体を曲げ、横向きになって眠る廣瀬さんのベルトはビクとも動かない。
 
 まずはベルト穴からバックルのピンを抜かないといけないのに、それはとてつもなく重労働のように思えた。あまりの苦戦っぷりに、最初のおずおずした感じは何処かに吹っ飛んでしまい、潔く大胆に突き進む。

「…ん、あれ?うわっ、な、何してんの千脇さんッ?!」
「ああ、良かった起きてくださったのですね」

「俺をぬ、ぬ、脱がせようとしてなかった?!」
「はい、このままでは寝にくいかと思ったので」

「いや、それはマズイって、だって、そんな、アッ──」
「ご期待に添えなくて申し訳ないのですが…」

 そして私は素直に自分の意見を述べる。食事が摂れないのと同様に、どうせ睡眠も満足に取れていないのだろうから、このままウチで泊まっていってはどうかと。そうすれば移動時間を睡眠に回せるし、朝ご飯も用意してあげられるからと。

「うーん、非常に有難い申し出なんだけどさ。でも、独身女性の一人暮らしのお宅に泊まるってなんか抵抗あると言うか…」
「廣瀬さんって真面目ですよねえ、そういうとこ。でもまあ、自意識過剰とも言いますけど」

 うぐっ、と言葉に詰まった上司に向かって私は尚も続ける。

「そんなに皆んなが皆んな、廣瀬さんを狙っていませんって。私なんてその筆頭みたいな女ですよ。いま貴方のことをどう思っているか分かりますか?」

 斜め上に頭を引っ張られているかのような複雑な表情を浮かべて、廣瀬さんは無言を貫く。だから私は即座に答えを教えてあげた。

「頑張ってるなあ、でも可哀想だなあ、きっと寝てないよなあ、このまま倒れられたら、私達に皺寄せが来るよなあ、せっかく自分の仕事はひと段落したのに、そうなったら困るなあ…と思っています!」
「え…、あ…、そう…なんだ」

「だから私達を助けると思って、このままウチで寝てください。大丈夫、手出しはしませんから」
「あー、うん、じゃあ、お言葉に甘えてそうしよっかな。でも俺、泊まる準備とかしてないけど」

 シュババッと私は動き回り、新品の下着や靴下、洗面用具などを差し出した。

「こんな感じでいかがでしょうか?残念ながらワイシャツとネクタイは無いので、2日連続で同じものを着て頂くことになりますが」
「それなら会社のロッカーに置いてあるから大丈夫だよ。っていうかさ、もしかして千脇さん、彼氏いる?それなら俺を泊めたりすると後でモメない?」

「彼氏なんていませんのでご安心ください!」
「え?じゃあどうしてこんな下着とか揃ってるの」

 一瞬だけ私は迷った。

 だが、もう終わったことだし、もしかして上司である廣瀬さんに伝えておいた方が色々と融通して貰えるかもと思い直し、伝えてみることにしたのだ。

 私と前田の関係を。

 
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