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何と闘っているんだ、この人は。
しおりを挟むそのまま廣瀬さんは固まって動かない。これは大変だと焦る私に彼はか細い声でこう言った。
「メッチャかっこ悪…」
「えっ?!な、なんですか?」
「は…あ…」
「ど、どこか痛いんですか?まさか不治の病に冒されているとかッ?!」
一生懸命その背中を擦る私に、廣瀬さんはボソボソと答える。
「違う…、腹、減ってるだけ…」
「は?!何ですって?よく聞こえないんですがッ」
「俺、昨日の昼に蕎麦を食ったっきり、何も口にしてないんだ」
「な、なんで?!」
驚きの余り、敬語を忘れたことは許して欲しい。
「忙しいのと、性格的なもんかな」
「性格って」
「何かに夢中になると、食べることを忘れる」
「う、えええっ?!だからって昨日の晩からかれこれ4食も忘れます?!」
「お願いだから大声やめて、腹に響く」
「(コショコショ)このままじゃ死にますよ」
要望どおりに大声を止め、耳元で囁いたのに。どうやら耳が弱いらしく、ビクビク反応してくださる。なんだかダメな人だなあ。食べるのを忘れるって、子供じゃあるまいし。しかも倒れるまで気付かないって、自己管理くらい出来ないワケ??
「大丈夫、千脇さんのことを送るくらいの体力ゲージは残ってるから」
「(コショコショ)いやいや、そんなことで使い切らないでくださいよッ」
「さあ、帰る…ぞ…」
「ええっ?!だって、ええっ?!」
もうコショコショを忘れるほど、その頭はフラフラと揺れている。いったい何と闘っているんだ、この人は。
………
「は~っ、生き返った。ほんとごめんね千脇さん」
「いえ、お粗末さまでした」
ところ変わって、いきなり我が家である。
もちろん我が家というのは私のマンションのことだ。頑張れば最寄りの深夜営業の飲食店に行けないことも無かったが、4食も抜いていきなり油分多めの食事もいかがなものかと思い、強引に我が家に連れ込んだワケで。
いや、『連れ込んだ』というと語弊は有るがとにかくこのままでは放っておけなかったのだ。
「ところで俺が食べたのって何?」
「参鶏湯風雑炊です。1人用の土鍋に冷凍ご飯と手羽元、それに生姜、にんにく、豆苗と鶏ガラスープを入れてコトコト煮るんです。10分程度で出来るから覚えておくとラクですよ」
親切でレシピを教えてあげたのに、正直者の廣瀬さんは爽やかに微笑みながらこう返事した。
「教えてもらって申し訳ないんだけどさ。俺、自分じゃ作らないと思う」
「あ…あ、そうですよね、彼女にでも作って貰ってください」
「彼女がいないの知ってるクセに。ていうか、こんな生活してたらさすがに彼女も出来ないよ」
「まあ、それでもいいと言う奇特な女性が大勢いそうですけどね、廣瀬さんの場合」
「いや、でも現実は厳しいかな。会えない男より、いつでも会える男の方がいいに決まってる」
「はあ、まあ、そうかもですね」
後半、面倒臭くなったので適当に返事してみた。
その後、台所で食後のお茶を淹れながらふと気づく。強引にウチまで廣瀬さんを連れて来てしまったけど、この後『さあ、帰ってください』と言えるのか私?遥々ここまで来て頂いて、ご飯だけで帰らせるのはどうなんだ?それにもうこんな時間だし、廣瀬さんの方は終電が無いかもしれない。
ってことは、タクシーに?ウチから5駅ほど離れたところに住んでいるはずだが、この辺りは流しのタクシーはあまり見かけないし、であれば電話を掛けて配車を頼んだ方がいいのだろうか。
まさか廣瀬さん、私が自分を狙ってるとか誤解してないよね?よくよく考えたら、一人暮らしの部屋に招き入れて手料理を振る舞う女とか怪し過ぎ。きゃあ、もしかして私、大変なことをしてしまったのでは?!今からでも遅くない、廣瀬さんに違うと弁明しておかなければ。
そう結論付けて、熱々の湯呑みをトレイに乗せてそろそろと摺り足でリビングに向かったところ…
残念ながらそこで廣瀬さんが
熟睡していた。
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