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私たちの始まり
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私と前田の始まりは、2年前の花火大会からだ。
人材開発課が発足して1年以上が経過し、そこそこ打ち解けた我らは5人一緒なら何をしても面白く感じる時期で。チャラい北村くんを発足人にして、花見はもちろんバーベキューや野外ライブと常に全員参加で楽しんでいたのである。
自分で言うのも何だが、私という人間はそういう集まりに人一倍気合いを入れる傾向が強く、花火大会でもコソコソと隠れて頑張りまくった。
だって汚名返上のチャンスではないか。
日頃からマリちゃん推しの男性社員たちに一泡吹かせようと考えた私は、複数の呉服店を回って最高の浴衣を手に入れるのだ。透け感の有る水色の生地に白く菊花が描かれたその浴衣は絹紅梅というらしく、値段もそれなりだ。
見栄のために大金を失ってもいいのか?と自問自答してみたものの、『これは見栄ではなくてプライドの問題だから』と強引に己を納得させ、分割払いで即購入。更に美容院でのヘアメイクや着付け、草履から見えるだろうとペディキュアもプロに依頼し、気付けばたかが4時間程度のイベントで散財する結果に。
そこまで気合いを入れた甲斐あって、北村くんも宮丸くんも大絶賛してくれた。もちろんマリちゃんも浴衣を着ていたのだが、それはいわゆる量産型の浴衣だったせいか2つの浴衣を並べるとその差は歴然で。
たぶん、そんな意地悪い考えでいたから
罰が当たったのだろう。
予想どおり花火会場の周辺は混雑していて、それでも私達は所狭しと並ぶ屋台を眺めながらベストポイントを目指して歩いていたのだが。
「あーっ!ごめんなさい」
「え?」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
ドンとぶつかった衝撃を感じて、それが小学生くらいの女の子だったということだけは覚えている。歩くだけでも困難な状況にも関わらず、嫌な予感がしてふと下を見た。…そして固まってしまう。どうやらあの女の子はこの人混みの中でりんご飴を食べ歩きしていたらしく、それが私の浴衣に付着して淡い水色の浴衣が真っ赤に染まっていた。
しかも当の本人は謝っただけで気が済んだようで、既に姿を消していない。硬直している私の肩を誰かが掴み、進行方向から逸れた脇道へと誘導する。のろのろと視線を上げたところ、そこには前田が心配そうな表情で立っていた。
「いいの?花火、こんなところにいたら、皆んなとはぐれちゃうよ?」
「バカか、千脇は。大事な浴衣なんだろう?早くシミ抜きしないと。この人混みだとタクシー捕まえるのも無理そうだし、取り敢えず俺んちに行くか?」
訊けば前田が一人で暮らしているマンションは、ここから歩いて15分程度なのだと言う。
「えっと、じゃあ、迷惑じゃなければ、前田んちで応急処置をしたい」
「分かった。他の3人には俺が電話して事情を説明しておくから」
これぞ吊り橋効果とでも言おうか、とにかくいつもは冷たい前田が、困っている時に颯爽と登場して助けてくれたのだ。それもテキパキといま自分がすべきことを的確に指示してくれる。
それが妙にカッコ良く見えてしまった。
そんな変化に戸惑いなからも、
私は前田の後を追い掛ける。
大通りほどでは無かったが裏道もそれなりに混雑しており、慣れない草履で人を避けながら歩いていくうち段々と足が悲惨な状態になっていく。草履でも靴擦れと言うのだろうか??いや、もう『擦れ』どころか『剥け』になっているはずだ。こんな時にも泣き言が言えない私は我慢して笑顔で歩き続け、目的地に到着して草履を脱ぐと同時に悲鳴を上げてしまう。
「いっ痛う!!」
「えっ?うわッ、血だらけじゃないか」
てっきり『なんで黙ってたんだよ』と叱られるかと思ったのに。前田は慌てて私の足をウエットティッシュで拭き、絆創膏を貼りながら何度も何度も謝った。
「ごめん、俺がもっと気を遣ってゆっくり歩いてやれば良かったのに。我慢させてしまって、本当に悪かった」
日頃あんなに冷たい前田が、どうしてこんなに優しいのか。あまりにも驚き過ぎて、次の言葉が出てこない。少し長めの沈黙が続いて、それからふと気づいた。そうだ、こうして前田と2人きりになるのは初めてかもしれない。
共通の話題なんか有ったっけ?
まさかこんな時に仕事の話なんて野暮だよね。
考えれば考えるほど言葉に詰まる私に向かって、
前田は突然口を開いた。
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