かりそめマリッジ

ももくり

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<零>

その20

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「そっかあ、結婚かあ。本社でのニュースは支店に伝わってこないから、全然知らなかったよ」
「あはは、そんなニュースってほどでも無いし」

 育ちが良いせいか、課長は食事中に話をしない。ひたすら食事に専念し、すべて食べ終えてからようやく会話に加わるタイプなのだ。だから現在は私と靖子の独壇場のため、軽快な女子トークでお届けしまーす。

「うわ、私、肝吸いって生まれて初めて飲む~」
「靖子ったら…って実も私もよ。なんかグロイ」

 ちなみに靖子は癒し系でとてもゆっくり話す。しかしその実体は真逆で、驚くほど俊敏に動くという素晴らしいギャップを持つ女なのだ。

「相変わらず零は食べるのが遅いわねえ。私もう食べ終わるわよお」
「いやいや、靖子が早すぎるだけだって。私の食べる速度が一般的なの。そうですよね、課長?」

 もぐもぐもぐ、ゴクン(無言)。

 ウッカリ話題を振ってしまい、後悔する私。
 いや、せめて頷くとかくらいしてくれても。

 無視された私を、靖子が憐れみの目で見ている。本当は不仲なんじゃと心配しているに違いない。

「ごちそう様でした。美味しかったです、課長」
「ああ、俺も1人寂しく食事しなくて済んだよ」

 丁度このタイミングで課長も食べ終わり、靖子の問いにだけ答える形になってしまう。だから靖子、そんな心配そうに私を見ないでッ。

 靖子がフォローするかのように、私と課長の馴れ初めを訊いてきた。食べることに専念した私は、全ての受け答えを課長に任せたのだが。

「ああ、零の方から告白してきてな。可哀想だから付き合ってやることにしたんだ」
「やっぱりですか」

 おい、こら。

「『スーパーかっこいい課長が、私の彼氏になってくれなければ死にます』って。泣きながら言って来たからさ。ほら、部下に死なれると困るだろう?」
「あはは、そうですよね」

 寝言は寝て言え。

 これ以上私のイメージを悪くされても困るので話題を変えようと思ったのに、間髪入れず靖子が次の質問を繰り出す。

「そこから一気に結婚ですものね。その決め手は何だったんですか?」

 私をバカにしたような答えでお茶を濁すかと思ったのに、課長は頬を染めてポツリポツリと語り出す。

「俺を特別扱いしないところ。あと意外と苦労してるのにそれを感じさせない明るさが…その、尊敬に値すると思っている。一緒にいても全然飽きないし、邪魔じゃない。空気が読めるし、俺のイヤなことは絶対しない。それとかなり…いや、すごく顔も好みだ。あ、オッパイが大きいのもポイント高いな」

 ひ、ひゃー。

 偽装結婚を隠すためのラブラブアピールだと分かっているけど、幾らなんでも言い過ぎ!顔から火が出るというのは、正にこのことだ。自分で訊いておきながら、後悔の念に襲われているらしい靖子は、強引に話題を変えた。

「そりゃ良かったですね…えっと、そ、そうだ。まだ辞令は出てないんですけど、私と高久さんが本社の営業部に異動するんですよ!」
「へ?靖子、ウチの部署に来るの??」

 靖子はウエルカムだが、もう1人の高久さん…この男が本当に曲者なのである。

 高久歩タカク アユム25歳。

 その名はご両親が『志はタカク、世界をアユム』という意味を込めて付けたらしい(本人談)。

 何故そんなことを知っているのかというと、院卒のため2つ年上だが彼も同期だからだ。最初は本社経理部で働いていたのに、諸事情により半年で支店へ異動となっている。

 諸事情というのは、ナアナアで許されていた上司のカラ出張費申請を受理しなかったとかで。それがおかしな方向に話を捻じ曲げられ、職務怠慢という汚名まで着せられて本社から追い出されてしまったというワケだ。

 ここまでのエピソードでは曲者とは思えないだろうし、むしろ善人だと褒め讃えられることだろう。しかし、それだけでは無いのだ。

 どうやら彼は貧乏人の子だくさんの家で育ち、奨学金とバイト三昧の生活により自力で大学院まで通ったというド根性の持ち主なのである。

 むしろ貧乏のお陰で己は磨き上げられたという持論を展開し、同類を探し出す嗅覚に長けている。見事、嗅ぎ当てられたのがこの私で、新人研修の頃から言い寄られまくりであった。

『本当にいいなあ、松村さんは。同じ服をさりげなくアレンジして着回すのは、とても好感が持てるよ。

 そうだよね、やっぱ人間は中身が重要なんだ。流行の服をとっかえひっかえ着飾ってみても、中身スカスカだと意味無いからさ。

 俺、この世で一番美しいのは松村さんだと思う』

 忘れもしない、あれで同期の女子の大半が私を敵認定してしまったのだ。断っても断っても食事に誘われ、支店へ異動する際には愛の告白を受けたが勿論それもハッキリと断った。

 だが彼は、『でも俺、諦めないから!』とはにかみながら言い残していったのである。そしてこうも言っていた。

『金も地位も名誉も無いけど、俺という人間自体がプライスレスだから!』

 …貧乏をこじらすと、ああなってしまうのか。

 私の中の危険人物・第一位、それが高久さんで、出来ればこのまま一生会いたくなかったのに。

「き、来ちゃうんだ?しかも同じ営業部に…」
「だよねえ。零には残念なニュースだと思う」

 項垂れる私をヨシヨシと慰め出す靖子。そんなこんなで昼休憩はアッという間に終わり、その日の終業後に課長から呼び止められた。

「なあ、零。昼に言ってたアレ、何か有るのか」
「アレって何ですか?」

「ほら、高久くんのことを嫌がっていただろ?」
「え、ああ。なんかあの人、私に固執してて、断っても断っても言い寄ってくるんですよ」

 そ、そんなに驚かなくても。

 そうですよね、私そんなモテそうに無いし。どうぞどうぞ存分に驚いてくださいませ。…という意味でフンと鼻息を吐いたのに、課長はおずおずとこう告白した。

「いや、実は俺が支店から高久くんと浦沢さんを引っ張って来るようにと命じたんだ。ほら、もうすぐ社長に就任するからな。そうすると営業部の方がかなり手薄になるし、有能な2人を是非にと思ったんだが…。

 でもそっか、裏目に出てしまったのかあ」

「いえ、仕事の面だけで言うと高久さんは優秀な人ですから…」

 気まずい沈黙。

 そして誰かが私の肩を叩き、慌てて振り返るとそこに

 ──噂の高久さんがいた。

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