20 / 111
<零>
その20
しおりを挟む「そっかあ、結婚かあ。本社でのニュースは支店に伝わってこないから、全然知らなかったよ」
「あはは、そんなニュースってほどでも無いし」
育ちが良いせいか、課長は食事中に話をしない。ひたすら食事に専念し、すべて食べ終えてからようやく会話に加わるタイプなのだ。だから現在は私と靖子の独壇場のため、軽快な女子トークでお届けしまーす。
「うわ、私、肝吸いって生まれて初めて飲む~」
「靖子ったら…って実も私もよ。なんかグロイ」
ちなみに靖子は癒し系でとてもゆっくり話す。しかしその実体は真逆で、驚くほど俊敏に動くという素晴らしいギャップを持つ女なのだ。
「相変わらず零は食べるのが遅いわねえ。私もう食べ終わるわよお」
「いやいや、靖子が早すぎるだけだって。私の食べる速度が一般的なの。そうですよね、課長?」
もぐもぐもぐ、ゴクン(無言)。
ウッカリ話題を振ってしまい、後悔する私。
いや、せめて頷くとかくらいしてくれても。
無視された私を、靖子が憐れみの目で見ている。本当は不仲なんじゃと心配しているに違いない。
「ごちそう様でした。美味しかったです、課長」
「ああ、俺も1人寂しく食事しなくて済んだよ」
丁度このタイミングで課長も食べ終わり、靖子の問いにだけ答える形になってしまう。だから靖子、そんな心配そうに私を見ないでッ。
靖子がフォローするかのように、私と課長の馴れ初めを訊いてきた。食べることに専念した私は、全ての受け答えを課長に任せたのだが。
「ああ、零の方から告白してきてな。可哀想だから付き合ってやることにしたんだ」
「やっぱりですか」
おい、こら。
「『スーパーかっこいい課長が、私の彼氏になってくれなければ死にます』って。泣きながら言って来たからさ。ほら、部下に死なれると困るだろう?」
「あはは、そうですよね」
寝言は寝て言え。
これ以上私のイメージを悪くされても困るので話題を変えようと思ったのに、間髪入れず靖子が次の質問を繰り出す。
「そこから一気に結婚ですものね。その決め手は何だったんですか?」
私をバカにしたような答えでお茶を濁すかと思ったのに、課長は頬を染めてポツリポツリと語り出す。
「俺を特別扱いしないところ。あと意外と苦労してるのにそれを感じさせない明るさが…その、尊敬に値すると思っている。一緒にいても全然飽きないし、邪魔じゃない。空気が読めるし、俺のイヤなことは絶対しない。それとかなり…いや、すごく顔も好みだ。あ、オッパイが大きいのもポイント高いな」
ひ、ひゃー。
偽装結婚を隠すためのラブラブアピールだと分かっているけど、幾らなんでも言い過ぎ!顔から火が出るというのは、正にこのことだ。自分で訊いておきながら、後悔の念に襲われているらしい靖子は、強引に話題を変えた。
「そりゃ良かったですね…えっと、そ、そうだ。まだ辞令は出てないんですけど、私と高久さんが本社の営業部に異動するんですよ!」
「へ?靖子、ウチの部署に来るの??」
靖子はウエルカムだが、もう1人の高久さん…この男が本当に曲者なのである。
高久歩25歳。
その名はご両親が『志はタカク、世界をアユム』という意味を込めて付けたらしい(本人談)。
何故そんなことを知っているのかというと、院卒のため2つ年上だが彼も同期だからだ。最初は本社経理部で働いていたのに、諸事情により半年で支店へ異動となっている。
諸事情というのは、ナアナアで許されていた上司のカラ出張費申請を受理しなかったとかで。それがおかしな方向に話を捻じ曲げられ、職務怠慢という汚名まで着せられて本社から追い出されてしまったというワケだ。
ここまでのエピソードでは曲者とは思えないだろうし、むしろ善人だと褒め讃えられることだろう。しかし、それだけでは無いのだ。
どうやら彼は貧乏人の子だくさんの家で育ち、奨学金とバイト三昧の生活により自力で大学院まで通ったというド根性の持ち主なのである。
むしろ貧乏のお陰で己は磨き上げられたという持論を展開し、同類を探し出す嗅覚に長けている。見事、嗅ぎ当てられたのがこの私で、新人研修の頃から言い寄られまくりであった。
『本当にいいなあ、松村さんは。同じ服をさりげなくアレンジして着回すのは、とても好感が持てるよ。
そうだよね、やっぱ人間は中身が重要なんだ。流行の服をとっかえひっかえ着飾ってみても、中身スカスカだと意味無いからさ。
俺、この世で一番美しいのは松村さんだと思う』
忘れもしない、あれで同期の女子の大半が私を敵認定してしまったのだ。断っても断っても食事に誘われ、支店へ異動する際には愛の告白を受けたが勿論それもハッキリと断った。
だが彼は、『でも俺、諦めないから!』とはにかみながら言い残していったのである。そしてこうも言っていた。
『金も地位も名誉も無いけど、俺という人間自体がプライスレスだから!』
…貧乏をこじらすと、ああなってしまうのか。
私の中の危険人物・第一位、それが高久さんで、出来ればこのまま一生会いたくなかったのに。
「き、来ちゃうんだ?しかも同じ営業部に…」
「だよねえ。零には残念なニュースだと思う」
項垂れる私をヨシヨシと慰め出す靖子。そんなこんなで昼休憩はアッという間に終わり、その日の終業後に課長から呼び止められた。
「なあ、零。昼に言ってたアレ、何か有るのか」
「アレって何ですか?」
「ほら、高久くんのことを嫌がっていただろ?」
「え、ああ。なんかあの人、私に固執してて、断っても断っても言い寄ってくるんですよ」
そ、そんなに驚かなくても。
そうですよね、私そんなモテそうに無いし。どうぞどうぞ存分に驚いてくださいませ。…という意味でフンと鼻息を吐いたのに、課長はおずおずとこう告白した。
「いや、実は俺が支店から高久くんと浦沢さんを引っ張って来るようにと命じたんだ。ほら、もうすぐ社長に就任するからな。そうすると営業部の方がかなり手薄になるし、有能な2人を是非にと思ったんだが…。
でもそっか、裏目に出てしまったのかあ」
「いえ、仕事の面だけで言うと高久さんは優秀な人ですから…」
気まずい沈黙。
そして誰かが私の肩を叩き、慌てて振り返るとそこに
──噂の高久さんがいた。
2
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
継母の心得
トール
恋愛
【本編第一部完結済、2023/10〜第二部スタート ☆書籍化 2024/11/22ノベル5巻、コミックス1巻同時刊行予定☆】
※継母というテーマですが、ドロドロではありません。ほっこり可愛いを中心に展開されるお話ですので、ドロドロ重い、が苦手の方にもお読みいただけます。
山崎 美咲(35)は、癌治療で子供の作れない身体となった。生涯独身だと諦めていたが、やはり子供は欲しかったとじわじわ後悔が募っていく。
治療の甲斐なくこの世を去った美咲が目を覚ますと、なんと生前読んでいたマンガの世界に転生していた。
不遇な幼少期を過ごした主人公が、ライバルである皇太子とヒロインを巡り争い、最後は見事ヒロインを射止めるというテンプレもののマンガ。その不遇な幼少期で主人公を虐待する悪辣な継母がまさかの私!?
前世の記憶を取り戻したのは、主人公の父親との結婚式前日だった!
突然3才児の母親になった主人公が、良い継母になれるよう子育てに奮闘していたら、いつの間にか父子に溺愛されて……。
オタクの知識を使って、子育て頑張ります!!
子育てに関する道具が揃っていない世界で、玩具や食器、子供用品を作り出していく、オタクが行う異世界育児ファンタジー開幕です!
番外編は10/7〜別ページに移動いたしました。
『種族:樹人』を選んでみたら 異世界に放り出されたけれど何とかやってます
しろ卯
ファンタジー
VRMMO『無題』をプレイしていた雪乃の前に表示された謎の選択肢、『この世界から出る』か『魔王になる』。
魔王を拒否して『この世界から出る』を選択した雪乃は、魔物である樹人の姿で異世界へと放り出されてしまう。
人間に見つかれば討伐されてしまう状況でありながら、薬草コンプリートを目指して旅に出る雪乃。
自由気ままなマンドラゴラ達や規格外なおっさん魔法使いに助けられ、振り回されながら、小さな樹人は魔王化を回避して薬草を集めることができるのか?!
天然樹人少女と暴走魔法使いが巻き起こす、ほのぼの珍道中の物語。
※なろうさんにも掲載しています。
5度目の求婚は心の赴くままに
しゃーりん
恋愛
侯爵令息パトリックは過去4回、公爵令嬢ミルフィーナに求婚して断られた。しかも『また来年、求婚してね』と言われ続けて。
そして5度目。18歳になる彼女は求婚を受けるだろう。彼女の中ではそういう筋書きで今まで断ってきたのだから。
しかし、パトリックは年々疑問に感じていた。どうして断られるのに求婚させられるのか、と。
彼女のことを知ろうと毎月誘っても、半分以上は彼女の妹とお茶を飲んで過ごしていた。
悩んだパトリックは5度目の求婚当日、彼女の顔を見て決意をする、というお話です。
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
私のバラ色ではない人生
野村にれ
恋愛
ララシャ・ロアンスラー公爵令嬢は、クロンデール王国の王太子殿下の婚約者だった。
だが、隣国であるピデム王国の第二王子に見初められて、婚約が解消になってしまった。
そして、後任にされたのが妹であるソアリス・ロアンスラーである。
ソアリスは王太子妃になりたくもなければ、王太子妃にも相応しくないと自負していた。
だが、ロアンスラー公爵家としても責任を取らなければならず、
既に高位貴族の令嬢たちは婚約者がいたり、結婚している。
ソアリスは不本意ながらも嫁ぐことになってしまう。
氷の貴婦人
羊
恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。
呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。
感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。
毒の強めなお話で、大人向けテイストです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる