9 / 22
9.過去の恋
しおりを挟む……
「ふあっ、それってマジ??真剣と書いて“マジ”??」
京香さんの言い回しはイチイチ古臭いのだが、この人の美点は正にそこなのだ。見た目は百合の花のようにゴージャスで知的なクセして、実際に話してみるとダッサダサ。そのギャップが堪らないのである。
…ここは社員食堂の一角で、我らは少し遅れて昼食に入った。なぜなら12~13時は激混みだからで。秘書は内勤とは言えサポート的な立場に有る為、全員同時に休憩に入ることは許されず。だからこうして3交代でシフトを組んでおり、私と京香さんは一番遅い14時からの休憩だ。
お陰様で周囲にはほぼ人がおらず、こうして内緒話も気兼ねせずに出来る。もちろん京香さんにだけは、豊さんとの同居を打ち明けてあったのだが、更に結婚を申し込まれ、それを断ったことも追加で話し。その結果、先の古臭い反応をされたワケである。
「あ!秘書課のお二人だわッ。きゃあ~、ご一緒してもいいですか?」
…今日はいつもと違う1日のような気がする。朝から結婚を申し込まれ、昼には今まで挨拶程度しか交わしたことの無い、受付嬢2人組に突然話し掛けられるだなんて。『はい』とも『どうぞ』とも答えていないのに、脳天から出ているような甲高い声でA子さんは私と京香さんにこう言った。
「あのっ、私たち辰野室長の大ファンでッ。もう、毎日毎日、噂しているんですよお。早速ですが、辰野室長に彼女はいますか?」
もちろん京香さんは返事を言い淀む。私がその辰野室長からプロポーズされたことを知っているからだ。しかしそんな沈黙なんかお構いなしで、今度は受付嬢のB子さんが口を開いた。
「あらやだ、さすが秘書課!!仲間の個人情報は死守するんですねッ?!じゃあ、彼女の有無はもう訊きません。その代わり飲み会をセッティングしてください。そうしていただければ後は自力で頑張りますッ。秘書課と受付の親睦会という名目でどうですか」
う…っ。
なんかもう面倒な展開になるとしか思えない。
ていうかさ、どっちの課も女だらけでしょ?男は豊さん1人だけで、ハーレム状態じゃん?でも、あの人、すっごい神経質だから、外食するときの注意事項がいろいろ有って。アナタたちの思い描く、クール眼鏡でカッチョイー辰野室長像が、ドンガラガッシャーンと崩れるけどイイの?
などと言えるワケも無く。要検討ということで、連絡先を交換して別れた。
まったく、今日は本当におかしな1日だ。朝から結婚を申し込まれ、昼にはそんなに喋ったことの無い受付嬢2人に豊さんとの飲み会をセッティングしろと言われ、夕方には…。
「奈緒?久しぶりだなあ、俺だよ、俺!」
「げっ、東吾?!」
食料買い出しのために入ったスーパーで、死んでも会いたくなかった幼馴染と再会し。抵抗も虚しく彼の家へと連れて行かれ、こうしてクソ不味いお茶を飲んでいるところだ。
…瀬尾東吾は私と同じ年齢で、
その特徴はひと言で表すと“女の敵”だ。
小学生の頃に両親が離婚し、2つ年上の姉と共に母親に引き取られたのだが、数年でその母親が再婚。よくある話なのかもしれないが、新しい父親に暴力を振るわれた子供たちはウチの近所に住んでいる祖父母の元へ逃げ込み、それ以降、成人するまでこの町で暮らした。
こういう境遇の男のコは、2パターンに分かれて育つだろう。
1つは暗くて陰気な地味キャラ。
そしてもう1つは憂いを含んだモテキャラ。
残念ながらその差は単に容姿の違いなのだが、東吾はまさしく後者の方だった。この男は、とにかくアホみたいにモテた。『面の皮1枚の違いで、どうしてこんなに?』と問いたくなるほど、本当にモテモテだった。一緒に野っ原を走り回り、泥んこになって遊んだ私をいつしかコイツはバカにし、避けるようになって。
そういう遊びではなく、いわゆる“女遊び”に精を出すのである。
変わっていく幼馴染に驚いているうちに、どんどん距離を広げられ。会話は無くなり、いつしか挨拶すらしなくなって。同じ高校へと進んだが、特に接点も無く。一生このまま交わることも無いのだろうと思った頃に突然、東吾から話し掛けられた。
このままでは希望の大学に進めないので、勉強を教えて欲しいのだと。
どうか周囲には内緒でお願いしますと。
長年、放っておかれた憤りよりも頼られたことの方が数倍嬉しかったので、『喜んで』と即答した。場所は東吾の部屋。なぜなら父が神経質なせいで我が家は他人の出入りを制限されていたし、東吾の部屋はいわゆる離れで、彼の祖父母や姉と遭遇せずに入れたからだ。
サボリ癖のために勉強が遅れていただけでもともと頭の良い男だったから、みるみるうちに成績は上がり。志望大学も合格圏内となった。だから『もう私は必要無いね』と伝えたところ、珍しく東吾が真剣な表情でこう言ったのだ。『バーカ、俺の気持ち、分かってるだろ?』と。
恋愛に不慣れな私は、その一言で舞い上がった。この男が今まで付き合った可愛いだけの女と、自分は全然違うのだと本気で思い込み、なんとそのまま処女喪失。
…若さ故の暴走というヤツだ。
勝手に彼女気取りで、せっせせっせと東吾の元に通い続け。授業は上の空で塾もサボリまくった結果、成績は急降下。『女なんだから少しくらいバカでも平気。なんなら将来は東吾のお嫁さんにして貰おう』…などと脳内お花畑でいたら、突然、現実を突きつけられたのである。
いつも通り東吾の部屋に行くと、いかにもギャルな女のコがそこにいて。奥から慌てた様子の彼が出てきたかと思うと、気まずそうにこう言った。
「ごめん奈緒。もう飽きたから来ないでくれ」
私は驚くほど簡単に、それを了承したのだ。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
俺様エリートは独占欲全開で愛と快楽に溺れさせる
春宮ともみ
恋愛
旧題:愛と快楽に溺れて
◆第14回恋愛小説大賞【奨励賞】受賞いたしました
応援頂き本当にありがとうございました*_ _)
---
私たちの始まりは傷の舐めあいだった。
結婚直前の彼女にフラれた男と、プロポーズ直前の彼氏に裏切られた女。
どちらからとなく惹かれあい、傷を舐めあうように時間を共にした。
…………はずだったのに、いつの間にか搦めとられて身動きが出来なくなっていた。
肉食ワイルド系ドS男子に身も心も溶かされてじりじりと溺愛されていく、濃厚な執着愛のお話。
---
元婚約者に全てを砕かれた男と
元彼氏に"不感症"と言われ捨てられた女が紡ぐ、
トラウマ持ちふたりの時々シリアスじれじれ溺愛ストーリー。
---
*印=R18
※印=流血表現含む暴力的・残酷描写があります。苦手な方はご注意ください。
◎タイトル番号の横にサブタイトルがあるものは他キャラ目線のお話です。
◎恋愛や人間関係に傷ついた登場人物ばかりでシリアスで重たいシーン多め。腹黒や悪役もいますが全ての登場人物が物語を経て成長していきます。
◎(微量)ざまぁ&スカッと・(一部のみ)下品な表現・(一部のみ)無理矢理の描写あり。稀に予告無く入ります。苦手な方は気をつけて読み進めて頂けたら幸いです。
◎作中に出てくる企業、情報、登場人物が持つ知識等は創作上のフィクションです。
◆20/5/15〜(基本)毎日更新にて連載、20/12/26本編完結しました。
処女作でしたが長い間お付き合い頂きありがとうございました。
▼ 作中に登場するとあるキャラクターが紡ぐ恋物語の顛末
→12/27完結済
https://www.alphapolis.co.jp/novel/641789619/770393183
(本編中盤の『挿話 Our if story.』まで読まれてから、こちらを読み進めていただけると理解が深まるかと思います)
やさしい幼馴染は豹変する。
春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。
そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。
なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。
けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー
▼全6話
▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
敵になった好きな男【R18】
日下奈緒
恋愛
ある日、城の中でクーデターが起こった。
犯人は、騎士団長のラファエル。
あっという間に、皇帝である父と皇妃である母は、殺された。
兄妹達も捕まり、牢屋に入れられた。
私一人だけが、ラファエルの元に連れ出された。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる