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第二章
MAN ON THE EARTH
しおりを挟む許すこと、
許されること。
愛すること、
愛されること。
それを教えてくれたのは、
貴方でした。
永遠なものなんて、何も無い。
…でも、限りなく永遠に近いものは有る。
それを今から
貴方と2人で知っていくのです。
────
再婚の報告をすべき相手が、意外と多いことに驚く。…取り敢えず最初に伝えたのは石原さんと森嶋くんで。唯に於いてはタイミングが悪く、森嶋くんから貸してもらった携帯型ゲーム機に夢中だったせいか、母と自分の一大事だというのに『分かった』のひと言しか発さず、私達を拍子抜けさせた。
「祐奈と健介と、お互いの部署の人達、それからえっと…総務部にも報告して、家族への挨拶も早目にしておこうか」
光正の家族は実父が1人だけ。再婚相手とは折り合いが悪かったようで、かなり以前に離婚しているそうだ。
「実は俺、父親と疎遠になっててさ、出来れば電話報告だけで済ませたいな。もちろん雅のご両親には会いに行くけど」
「ええっ?でもほら、一応こんな女と結婚しますって顔を見せに行かないと。いきなり孫も出来ちゃうワケだしさ」
渋る彼の尻を叩いて電話を掛けさせる。すると異常に驚かれたらしく、しかも向こうの方から会いに来てくださるのだと。電話を切った光正が狐につままれたような顔をしていて、どうしたのかと訊ねると訝し気に首を傾げながら彼は答えた。
「考えてみたら、電話で話すのも10年ぶりくらいなんだよな。寡黙な人でさ、こっちの言葉に『ウン』か『ウウン』しか答えなかったイメージが有ったんだけど、今の電話では驚くほどよく喋ってさ。なんだか別人みたいで、ちょっと戸惑ってしまった」
そう言いながらも、その顔は何だか嬉しそうで。きっとこの人のことだから、祝福されないと思いながら掛けたのだろう。確かに一緒に暮らしていた頃は互いを理解し合えず疎ましく思っていたかもしれないが、離れていたからこそ見えない部分が見えてくることも有る。
ボソリと光正が呟いた。
「あ、もしかして自分の介護とか期待してんのかな?だとしたら…俺、地元に帰る気無いし、早目に諦めさせておかないと」
その背中をバシバシ叩いて私は言う。
「バカねえ。久々に息子から電話が掛かって来て、結婚の報告を受けたんだよ?真っ先に自分の老後の心配する親なんかいるはず無いって。この場合は本当に喜んでくれてるの。んもう、本当に光正は暗いんだから!そういう捻くれた考えをするのは止めて、素直に受け取りなさいよ。
『おめでとう』って言われたら、
『ありがとう』って答えるだけでいいの。
その裏の裏を探ろうとして勝手に悪い方に考えて落ち込むの、悪い癖だよ。『やった!父さんが喜んでくれた』でここはお終い。ね?そんなの簡単でしょ」
周囲の人たちはこぞって褒めるけど、この男は実に面倒臭い。他人に物凄く気を遣えるということは、他人にも同じくらい自分を気遣って欲しいと思っているワケで。その結果、どこまで気を遣えば良いのか境界線が分からなくなってしまうらしい。たぶん光正が私を気に入っているのは、どこまでして欲しいかをズバズバ要求し、逆に何をして欲しいかと逐一お伺いを立てるところだろう。過剰なまでの気遣いが出来るクセに、その匙加減が分からないという困った男。それが番匠光正なのである。
そんなことを考えていると、ようやく携帯型ゲーム機を手放した唯が改めて話に割り込んでくる。
「嘘ォ!ミツくんがお父さんになるの?」
「うん。よろしくね、唯」
「じゃ、じゃあ、いつも一緒?唯、ミツくんと一緒に住むの?」
「うん。唯とお母さんと3人で住むよ」
その言葉でいきなり実感が湧く。そっか私、これからずっと光正と暮らすんだ…。いま、部屋の中には5人いて。そのうちの3人を魔法のマジックで囲みたくなる。光正と私と唯の3人が、ひと家族です…と。バカバカしい空想にふと笑みが零れ、そんな私の顔を見て唯も歯を見せた。
「おかーさん、嬉しそう」
「ほら、唯ちゃん見てみて。光正おじちゃんも嬉しそうだから」
石原さんの言葉を聞いた唯が真っ直ぐに光正を見つめる。唯だけでは無い、森嶋くんも石原さんも私もとにかく光正以外の全員が彼を見つめている。
「ちょっ、いや、そういうの…。ああ、もうダメだって、見るなよ」
途端に赤く染まる頬。ダメ押しで唯がボソッと言う。
「ミツくん、なんかいつもと違う。お口ゆるゆるで、やらしい顔~」
「ゆい~~っ!そういうこと言うと泣くぞ俺」
堪え切れずに森嶋くんが吹き出し、それに続いて石原さんも笑い出す。私だけでも我慢しようと思ったのに、やっぱり笑ってしまい。結局、全員で大爆笑になった。その勢いで私の両親にも電話し、続けて祐奈と健介にも電話で報告した。驚くかと思ったのに意外と反応は薄く、母に於いては『…だと思った』と。私達が同じマンションに住んで頻繁に行き来していることを知っていたせいか、帰省の度に唯が光正の話をしたせいか。とにかく光正の父親とは2週間後に、私の両親とはその翌週に会うことが決定し、その日、私と光正は唯を寝かしつけてからコッソリと何年かぶりに触れる程度の
…甘くて優しいキスをした。
唇というのは本当に凄い。開けば言葉が出せてハッキリと気持ちが伝えられるし、好きな人の唇に重ねれば秘めた想いを伝えられるのだ。なんてことを柄にもなく考えていると光正が困ったように、はにかんだ。
「もっとキスしたいけど、止まらなくなりそうだからなあ。唯がぐっすり寝ていたとしても、石原さんは聞き耳を立てているだろうし。…残念」
普段は冷静なこの男が、心底悔しそうに『残念』と呟くその姿が、なんだか妙に愛おしく思えて。思わず私の方から光正にキスをした。あまりにもブランクが長かったせいか、距離の縮め方とか角度とかそんなものが上手く調節出来なくて。まるで初めてするみたいな、ぎこちないキス。
それはほんの数秒だったのに、唇を離した途端、言葉が溢れる。
「やっぱり戻ってきちゃった、…光正の元に」
「うん、…おかえり」
「た、ただいま」
「だって、ほら。井崎君には貸してただけだから。雅はもともと俺のだろ?」
ああ、そうか。
あの日、芳の病室で私が彼を選んだ時に光正は優しく言ってくれたのだ。
>…じゃあ、こうしようよ。
>俺はこのまま雅と付き合い続けるんだ。
>で、暫くの間だけ
>井崎君に貸してあげる
>だったら安心だろ?
>不謹慎なことを言うけど、
>もし井崎君が亡くなったら
>雅を俺に返して貰う。
>それが何十年先になっても、
>俺は平気だから。
もしかして私が罪悪感を抱かないようにそう言ってくれているのかもしれないし、そうでは無いのかもしれない。いま確かなのは、私は素晴らしい男達から愛されたということだけだ。
ねえ芳、見てる?
私、笑ってるよ。
大丈夫、これからも私は生きていく。
今日も明日も明後日も、前を向いて歩いて行く。
「井崎君、やっと返してくれたな。もう雅のことは心配するなよ、俺が必ず幸せにするから」
…そんな光正の独り言を、私は笑いながら聞いていた。
--END--
※長いあいだお付き合いくださり、誠に有難うございました。この後、番外編を4話ほど予定しております。自分的には番外編の方により『念』を込めて書いておりますので、宜しければ覗いてみてくださいませ。
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