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第一章
dear 2
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それから1カ月後。
表面上は何ごとも無く時間は過ぎた。
しかし、小さな事件は幾つか起きていたのだ。部署内の回覧が私の番で紛失していたり、私宛の伝言メモがゴミ箱の中に捨てられていたり、椅子に掛けてあったカーディガンが切られていたこともあった。
そんなある日、祐奈がボソリと言う。
「ねえ、もしかして嫌がらせの犯人、優美さんかもしれないよ」
「優美さんが?ど、どうして…」
営業部の1年先輩で、少しキツイ話し方をする女性だ。かなり以前にモデルばりの男性と付き合っていたが、相手の浮気で別れ。その男を見返すために見目麗しい彼氏を探しているとかで、お眼鏡に適った光正が何度か誘いを受けたと聞いたことが有る。だからと言って、私に嫌がらせするような人には思えない。本当にサバサバしていて、竹を割ったような性格の女性なのだ。
そう言い返すと祐奈も負けじと反論した。
「だって雅のカーディガンが切られた時、優美さんがそこにいてさ。なんかしゃがんでコソコソしてたもの」
「それだけじゃ犯人と断定出来ないよ」
「あとね、いつだったか雅のこと、番匠さんの相手として不釣合だって。そんなことを言う人なんだよ」
「でも確かに不釣合だしさあ。とにかく優美さんは違うと思うなあ」
給湯室での会話は廊下まで聞こえることが多い。そんなことを忘れていた私達の前に、優美さんが突然現れた。
「本当よッ。私、そんなことしないわ!もう、祐奈ったら失礼なコねッ」
瞬間冷凍されたかの如く祐奈は固まっていて、その傍で私はアタフタと弁明する。
「あのっ、本当に優美さんのことは全然疑っていませんからッ!!そういう陰湿な嫌がらせをする人じゃ無いって分かってますんでッ」
「うん、知ってる~。さっきの2人の会話、聞こえてたし」
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、優美さんは私の両肩をガシッと掴む。
「え…っと、な、なんでしょうか?」
「ほんっと水臭いわねえ…雅」
こ、怖いぃ。地の底から這い上がって来たような、そんな低い声で呟かれると震えちゃう。
「み、水臭いですかッ?」
「だって嫌がらせされてるんでしょ?カーディガン切られてたとか聞こえたよ。言ってくれれば犯人探し、協力したのに」
予想外の展開に戸惑う私。
「でも、あの、面倒に巻き込むことに…」
「こう見えて私、女子校育ちなのよね。だから女同士のモメごとには強いわよ」
ここでようやく祐奈が解凍されたようだ。
「優美さん、疑ってごめんなさい!!私、本当に失礼なことを…」
怯える後輩に向かって、優美先輩は豪快に笑いながら手をヒラヒラさせている。
「ああもう、いいのいいの。だって雅の椅子付近でしゃがみ込んでたのは事実だから。でもアレってさ、ほら私、ボールペンにキャップせず持ち歩いてたまにあちこちインク付けちゃうのね。昨日もソレをやっちゃって、付いてないか心配で確認してたのよ」
その確認をした際、カーディガンは切られていなかったと優美さんは付け加えた。それからこんなことも。
「番匠さん絡みなんでしょ、ソレ。こう言っちゃナンだけどさあ、絶対に恋愛経験の乏しい女性が犯人だと思う」
「…恋愛経験が乏しい?」
「だって一度も番匠さんと付き合ってないのに、嫌がらせしてくるとか思い詰め過ぎだし」
「そ、それもそうですね」
確かに。片想いの男性に彼女が出来て、その彼女に嫌がらせするとはいったいどんな心理なのだろうか?
「私はそれなりに恋愛経験あるからさ、お目当ての男に彼女が出来たらちゃっちゃと次を見つけようとするわ。彼女に嫌がらせしても自分が次の彼女になれる確証は無いし、それをネチネチ虐めるって、どうよ?そう考えるとかなり視野の狭い人かな。大ごとにならないウチに、早く犯人が見つかるといいね。なるべく私も注意して周囲を観察しとく。…あ、雅」
ハイと答える私に優美さんは、こう続けて話を締め括った。
「確かに『番匠さんと釣り合わない』と言ったけど、『大物をゲットしたね!』という賛辞の意味も込めているから。メチャクチャ美人じゃなくても、あんな大物をゲット出来るという希望を与えてくれて有難う。…頑張って幸せになって!」
あまりにも真面目なその表情に、私と祐奈は思わず大笑いした。
それから暫くは何ごとも無く。
もしかしてその“誰か”が嫌がらせをすることに飽きたのかもと思い、このまま平穏な生活が続くよう願っていたのだが。
「あれ?定例会の回覧がどうして?」
部署内で催される飲み会の出席確認。事前に会費を徴収する為、回覧と共に集金用封筒が添付されている。封筒に参加者の認印を押すことで、入金者が分かるようになっていて。お金が絡む話なので原則、手渡しというルールなのだが。それが私の机の上に放置されているとは。
…なんだか嫌な予感がした。
6人ワンセットという配置の我がシマは午後3時ということもあって誰もいない。恐る恐る封筒を手にしてみると明らかに中身は入っていなくて、そのくせ認印は10個以上押されている。見渡すとポツポツ人影が確認出来たが、かなり離れた場所なので何か起きても気づかないだろう。
「いち、にぃ…。全部で14人分かあ。3500円X14で4万9千円?!た、立て替えるなんてムリだわ」
ヤラれた…という思いだった。とにかく正直に話して真犯人を探すしかない。最後に認印を押している斉藤さんは恰幅の良い中年男性で、スケジュールボードを確認すると午後から納品で不在となっているので、彼では無く主任を待つことにした。
17時に主任が戻って来たので頭の中を整理出来ないまま、経緯を説明する。すると主任はニカッと笑って言うのだ。
「まあ、とにかく落ち着けって高橋さん。キミが嫌がらせを受けていることは事前に聞いているからさ」
「えっ、だ、誰から…?」
「キミの彼氏と、芳と健介と祐奈。あと、優美もそんなことを騒いでたな。誰も疑ったりしていないから安心しろ」
「そ、そうだったんですか?でも、実際にお金は紛失していますし…」
その笑顔は少々苦いものへと変わり、それから小声で説明を続けられた。
「これ以上、ウチの部署でそんなゴタゴタを起こされるのは迷惑だからさ。早期解決のために一芝居打ったんだよ」
「…は??」
「中身のお札は輪ゴムで束ねてあって、表側の千円札2枚以外は、単なる紙だ。だから実際は2千円しか紛失していない」
「それっていったいどういう…」
「たぶん、犯人は隠れてコソコソと封筒から金を抜き取っているだろうから、本物かどうかも確認していないだろうな」
「主任、つかぬことを伺いますが、犯人の目途がついているんですか?」
ああ、残念だけど…と主任は答え。それから何かのファイルを持って来た芳が、周囲に悟られぬよう私に囁く。
「ごめん、雅。これをやろうと言い出したのは俺なんだ。犯人をヤリ込めるためじゃなく、早く止めてあげたくてさ。多分やってる本人もすごく反省してて、誰かに止めて欲しいと願っているはずだ。今日の終礼で全て判明するから、不安だろうけどそれまで待っててくれ」
そっか、もう既に犯人の目処が付いているんだ…。なんだかその言葉だけで自分でも驚くほど落ち着いて、それが誰なのか問うこともしなかった。
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