真冬のカランコエ

ももくり

文字の大きさ
上 下
16 / 44
第一章

YOU 1

しおりを挟む
 

 本心なんて、

 自分のものすら分からないのに
 他人のものなんて分かるはずも無く。


 だから本心すら分からない
 曖昧な私達は、


 誰かと分かり合うなんて
 たぶんきっと有り得ないのだ。


 それでも誰かと一緒にいたいと
 思ってしまう。


 相手のことを
 分かりたいと願ってしまう。



 私達はなんて哀れで、
 
 愛おしい生き物なのだろうか…。






 ────
 >ねえねえ、
 >朝礼前に主任が言ってたの聞いた?

 >えっ、何のこと?

 >あのね、番匠さんと瞳さんが
 >どうやら付き合ってるみたいなの。

 >嘘?!あの2人が??


 私がこの会社に就職することを決めた理由の1つとして、若くして就任した社長の理念そのままにとにかく社員が伸び伸びしていることだ。有休はキッチリ取得させられるし、年功序列や男尊女卑も無い。基本的なルールとマナーさえ守ればある程度自由にさせて貰えるので、たぶん他社と比べると働きやすいと思う

 …のだが。その分、垣根が無いというか、フランク過ぎてパーソナルスペースにズカズカ入り込む人が多い気がする。私と芳が過去に交際していたことがバレた際も、恐ろしいほどの速度でそれが広まり。ランチタイムや飲み会などの集まりで、ネタに詰まるとその話題を出された。

 そして今回の光正と瞳さんの件に関しても、真偽を確認しようとする人は殆どおらず、ただ口寂しくなるとその話題を出してしまうという調子で。しかも光正はかなり目立つ存在だった為、格好のネタになってしまったらしい。同期の男性社員が詳細を知りたがって祐奈に電話してきたと聞いた時は軽い感動すら覚えたほどだ。

 そしてその晩、光正と食事をしたところ、瞳さんから謝られたという話題になった。

「えっ、なんで?だって勝手に噂されて困っているのは瞳さんも同じじゃないの」

 私の言葉に光正もトンカツを頬張りながら深々と頷く。

「うん、俺もそう思うんだけどさ、『番匠さんの彼女に申し訳ない』って。『同じ営業部の人でしょ』とも言われた。さり気なく探られてる感じだったな」

 瞳さんは不器用な人だから、“さり気なく”が出来なかったのだろう。

「そ…っか、そりゃそうだよね。相手の名前を聞くまで信じられないかも。『言い寄って来る女を牽制するための嘘』だと思い込もうとして勝手に期待する。私だったらきっとそうなっちゃうなあ。ねえ光正、もう言っちゃおうか?下手に隠すからこれほど話が拗れちゃったんだし」

 一瞬、嬉しそうな顔をしたかと思うと、すぐに口元を引き締めて光正は答える。

「でも俺、雅が佐久間さんとか他の女性社員から嫌がらせされるのはなんかイヤだなあ。俺がいつも傍にいて守れればいいけど。雅が必死で仕事しているのを知ってるし、その環境を悪くするのは心苦しいよ」

 こんなことを言い切ってしまうほど、この人はモテまくっているワケで。それは私が想像するより何倍、いや何十倍も凄いのかもしれない。取り敢えず公表するのは保留にして身内…すなわち芳、健介、祐奈の3人に相談してみようという話で一旦は纏まった。

 そしてその機会はスグに訪れる。翌日、芳と健介が帰って来て、そのお疲れ会をすることになったのだ。メンバーはいつもの4人に、光正を加える形で。いや、私からすれば光正とのことをカミングアウトする決意を固めたので、光正の参加は必須なのだが。


「夜7時にいつもの居酒屋ね。私と健介は先に行って待ってるから」
「はーい、分かったよ」

 出先から飲み会の場へ向かうと言う祐奈にそう告げて、私は主任から頼まれたプレゼン資料を必死で完成させようとしていた。

「ただいま戻りました~」
「おっ、芳。お疲れ様。俺も今、戻ったところだ」

 芳と主任が同時に出先から帰って来て。まるで友達同士みたいにじゃれながら、スケジュールボードに向かって遂行済みの予定を消している。主任が自席に座ったことを確認した私は、素早くプレゼン資料を差し出した。

「おー、高橋さん。急かして悪かったな。もう出来たのか?」
「お疲れ様です。…あの、実はまだ完成していなくて、この箇所の比較データがどこに有るのか、教えて欲しいのですが」

 すべて頭に入っているらしく、主任は共有フォルダ名をスラスラと答え、そのまま突然こう言った。

「あ、そう言えば。残念だったな、小西くんとのこと」
「……」

 今ここで、翔との破局について切り出されるとは。心の準備をしていなかったため思わず黙ってしまう。そんな私に代わって芳が返事をした。

「へ?嘘、雅、お前あの男とダメになったのか?」
「……」

 斜め後ろから登場した伏兵に驚き、またもや黙ってしまうと次は主任が答える。

「いやあ、実は今日、久々に客先で小西くんと会っちゃってさ。順調だと思ってたから、高橋さんとのことを揶揄ったんだよ。そしたら『実は…』とか言われて。ウチの高橋さんを振るなんて、アイツ何様だっつうの、なあ?」

 …まずい、なんだかまた拗れそうな予感がする。

「振られた?!本当か雅」
「芳、声が大きいってば。ああ、はい、そうですよ。私のことは女として見れないんですって」

 でも、ずっと私を好きでいてくれた人がすぐ傍にいたから、今はその人と付き合っています。そう言いたかったが、さすがにこの場では言えるはずも無く。下唇を噛み締めたその姿を見て、どうやら芳も主任もこう思ったらしい。“ようやく出来た彼氏にフラれ、傷ついた女性を晒し者にしてしまった。どうにか取り繕わなければ”

「雅、来て」
「えっ?!な、何??」

 芳がいきなり私の手首を掴み、主任に向かって言う。

「主任!俺ら10分ほど休憩してきます」
「おっ…おお、分かったぞ」

 明らかに私達は目立ってるのに周囲の目をまったく気にせず、芳はそのまま私を屋上へとつれ去った。もう春になったからか、夜7時近くになってもまだ空は明るい。妙に低い位置で見える月が、いつもより大きく見えた。

「まっ、満月かな?」
「はっ?」

 予想外な芳の質問に思わず笑ってしまったのは、私も月のことを考えていたからだ。

「ああ、きっと違うな。なんだか右側が欠けてる気がする」
「そうかなあ?私には左下が欠けて見えるんだけど」

 普段通りのその会話に胸を撫で下ろし、この状況をこう解釈した。…そっか、あのままオフィスにいたら滝沢主任がどんどん暴走して、私の失恋話は更に掘り下げられ明日には社内中の噂の的になっただろう。そこから助けてくれたんだな。芳、やるじゃん。

「──か?」
「えっ?あ、何?もう一度言って」

 芳は私から目を逸らしたまま、挙動不審な感じで繰り返す。

「うー、えっと、あのさ。“お疲れ会”が終わったら雅んちに寄ってもいいか?」

 やっぱり、いつもの芳とは違う。いつもなら『いくぞ』と断言するクセに、なぜ質問口調なのだろうか?

「ご…めん。今日は先約があって…」
「先約?!…誰と??」

 報告するつもりではあったが、そのタイミングは今では無い。

「だ、誰って…。私にも色々ある…よ」
「バカ言え。夜中に誰かと約束だなんて、雅にそういう相手は俺以外いないはずだ」

 は??

 まったく、その自信はどこから出てくるのか。芳は私の全てを知ってるつもりだけど、それは勝手な思い込みだよ。ふつふつと湧き出る反抗心。いや、もしかしてこれは捻じ曲がった自尊心なのかもしれない。

 ねえ、芳。私を好きになる男性なんて、いないと思っているでしょう?でも、いるの。本当にいるんです。…下水道を手探り状態で歩いていたら、見えない誰かに背中を押された気分だ。ダメ、まだ歩く速度を上げちゃ。先に何が有るか分からないのに。

「…ば、番匠さんがウチに来るのっ」
「はあん?!なんで番匠さんが??あの人、瞳さんと付き合ってるんだろ?」

 だからダメなんだってば、もっと慎重に歩かないと。だってほら、いきなり下水道が途切れ、河川に落ちる可能性だって有るでしょ。

「ち、違う。番匠さんの相手は瞳さんじゃない」
「なんでそんなこと雅が知ってるんだ?いや、それより先に今晩の話を進めよう。番匠さんとは何時に解散予定だ?」

 ザッパ──ン!!!

 背後から大量の水が押し寄せ、私は身体ごとその濁流に流される。

「ば…ううん、光正はそのまま泊まるの。あのね、私達、付き合ってるんだよ」

 恐る恐る芳の顔を覗き込むと、どうやら固まっていて。たぶん驚いているのだと思い、ゆっくりと繰り返した。

「…あのね芳、黙っててゴメン、光正と付き合ってるのは私なの」

 なぜか芳は軽く怯えた表情を浮かべ、一呼吸おいてから目を逸らす。

「雅、俺さあ、そういう冗談って嫌いなんだけど」
「じょ、冗談??」

「だってあの小デブにフラれて、数日後に番匠さんへ乗り換えるなんてさ、俺の知ってる雅はそんな女じゃない。じゃあ、小デブとは本気じゃなかったってことか?それで次は誰でもいいからって、見た目重視でイケメンの番匠さんかよ。そうじゃないよな?雅はもっと何事にも真剣で、恋愛なんてその最たるもののはずだ。だいたい、あの番匠さんと雅に接点なんて無いだろ?

 …そっか、アレか。お前、相手の言葉を好意的に解釈するクセが有るからな。きっと番匠さんが社交辞令で言ったのを自分の中で都合よく変換して、付き合ってるつもりになってるんだろ?番匠さんって男は、無駄に優しいからなあ。よーし、分かった。今日から俺が慰めてやるからさ、番匠さんにはお役御免だと言ってやれ。…な?そうしろ、雅」

 驚くというよりも、なんだかもう笑えてきた。

 どれだけ私の価値を低く見ているのか。格が違うって?瞳さんほどの美人なら納得だけどって?言っておくけどね、そういうアンタも私と付き合ってたんだよ?『光正と付き合っている』と聞かされて、なぜ真実じゃないと決めつけるの?

「芳のバカッ、もういい!」
「は?な、何だよバカって。あのさ番匠さんを狙う前にまず俺だろ?」

「何がよ?!」
「やっと恋愛してみようと思って、即行で小デブにフラれて、『じゃあ次』ってなったら、真っ先に俺が浮かぶはずだろうってそう言ってんだよッ」

「イヤだよ!芳なんて誰とも長続きしないじゃん。そういう遊びの恋愛はしたくないのッ」
「バッ、バカ、俺だって本命とだったら末永く幸せに暮らせるんだよッ」

「じゃあ尚更のこと私じゃダメじゃんッ。ていうかアンタの本命、多過ぎだし!よくもまあ次々と本命が見つかるわね!」
「はあん?!ここんとこ付き合ってたのは皆んな本命じゃないし」

 少し苛ついたようにして、芳は続けた。

「いいか、よく聞け。俺が付き合った女の中で、本当に好きだったのは1人だけだ。それ以外は全部、向こうからしつこく言い寄って来て、『遊びでも構わない』というから仕方なく付き合った女達なんだ。『遊びでも構わない』と言いながら、結局、最後には束縛し始めて、それで別れるの繰り返し。あのな、俺には本命がいるんだよ。…ずっとずっと好きな女がさ」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】探さないでください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
私は、貴方と共にした一夜を後悔した事はない。 貴方は私に尊いこの子を与えてくれた。 あの一夜を境に、私の環境は正反対に変わってしまった。 冷たく厳しい人々の中から、温かく優しい人々の中へ私は飛び込んだ。 複雑で高級な物に囲まれる暮らしから、質素で簡素な物に囲まれる暮らしへ移ろいだ。 無関心で疎遠な沢山の親族を捨てて、誰よりも私を必要としてくれる尊いこの子だけを選んだ。 風の噂で貴方が私を探しているという話を聞く。 だけど、誰も私が貴方が探している人物とは思わないはず。 今、私は幸せを感じている。 貴方が側にいなくても、私はこの子と生きていける。 だから、、、 もう、、、 私を、、、 探さないでください。

聖女は誘惑に負けて悪魔公爵の手に堕ちてしまいました。

星華
恋愛
 没落貴族のセリーナは、両親を病で失い 貧しいながらも必死に働いて幼い兄妹を育てていた。 そんなある日、魔獣が町を襲い危機一髪の状況で 兄妹は覚醒して白魔法が使える様になる。 その噂を聞きつけた神殿は、神官と聖騎士を派遣し才能があるからと攫われる様に兄妹は神殿に連れて行かれ独りぼっちになってしまった。 独りになっても貧しい事には変わりなく、遅くまで仕事をして暗い夜道を足早に帰っていると、家の近くで貴族の令息らしき少年が倒れていた。 今にも死んでしまいそうな少年をなんとか助けたいと一晩中必死に看病した翌朝。 なぜか悪魔的に美しい大きな男にベッドに押し倒されていて……。

昔の恋を、ちょっとだけ思い出してみたりする

ももくり
恋愛
デート中だろうと深夜だろうと、他の女性の呼び出しに応じて去っていく…そんな男が綾子の元カレだった。恋人とその他大勢が同じ扱いだなんて、どう考えてもおかしいではないか。次に誰かと付き合う時はまともな人を選ぶのだ。優先順位の付け方が、まともな人を。そんな風にグダグダ言っていたら、彼氏いない歴がどんどん更新されてしまい。少しだけ焦った綾子に突然告白をしてきたのは、同僚で見るからに一途そうな浦君。戸惑いながらも前に進むことにしてみたのだが…。 ※『かりそめマリッジ(茉莉子編)』に登場していた、アヤさんこと綾子がメインのお話です。コメディよりの切ないお話となっていますが、前作を読まなくてもたぶん大丈夫な気がします。

【完結】あなたの色に染める〜無色の私が聖女になるまで〜

白崎りか
恋愛
色なしのアリアには、従兄のギルベルトが全てだった。 「ギルベルト様は私の婚約者よ! 近づかないで。色なしのくせに!」 (お兄様の婚約者に嫌われてしまった。もう、お兄様には会えないの? 私はかわいそうな「妹」でしかないから) ギルベルトと距離を置こうとすると、彼は「一緒に暮らそう」と言いだした。 「婚約者に愛情などない。大切なのは、アリアだけだ」  色なしは魔力がないはずなのに、アリアは魔法が使えることが分かった。 糸を染める魔法だ。染めた糸で刺繍したハンカチは、不思議な力を持っていた。 「こんな魔法は初めてだ」 薔薇の迷路で出会った王子は、アリアに手を差し伸べる。 「今のままでいいの? これは君にとって良い機会だよ」 アリアは魔法の力で聖女になる。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

すみれは光る

茜色
恋愛
藤崎すみれ(ふじさきすみれ)と本田光太(ほんだこうた)が出逢ったのは4歳の春。その日から二人は、いつでも一緒に過ごす仲良しの幼なじみとなった。 大人たちは二人の仲睦まじさを「双子の兄妹のよう」と微笑ましく思った。当人たちは「兄妹」よりもっと深い愛情でお互いを大事に想いあった。その繋がりはいつしか、親には言えない秘密の絆へと育っていく・・・。 ☆ 全16話です。4歳(回想)から始まって、20代へと続く物語です。「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しております

手に取るように分かる仲

菜華美
恋愛
切ない、数年未来の恋愛ものです。 読み切り短編です。

俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛

ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。 そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う これが桂木廉也との出会いである。 廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。 みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。 以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。 二人の恋の行方は……

末っ子第三王女は竜王殿下に溺愛される【本編完結】

恋愛
精霊の国と言われるオーレア王国の王国の第三王女は、訳あって幼児の姿になっていた。中身は十五才のリディアは、大国である竜王国の王太子レオナルドに番認定を受けてしまい、六才児の姿のままで嫁いでいくことになった。竜王国サザーランドは様々な獣人族が住んであり、その頂点に立つがレオナルド達竜人だった。彼らは強いがゆえに、小さく可愛いものが大好き。なかなか迎えることが出来なかった王太子に可愛い番が出来て、大歓迎される。そして、幼児から実年齢の体に戻るリディアにレオナルドは・・・。 ※R18は最後の方です。気長にお待ちになれる方向け。  他所でも投稿していますが、こちらでは心情などを加筆修正をしております。 ※4/19本編完結いたしました。2022/03/23/-24 2日間だけHOTランキング女性向け1位頂けました♪ ※番外編をもう少しと考えておりましたが、時間が掛かりそうなので「完結」表示にいたします_(._.)_

処理中です...