真冬のカランコエ

ももくり

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第一章

REAL 1

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 あの頃の彼と
 いまの彼は


 不思議なほどに同じで違う。


 まるでクラゲみたいに
 ふわふわしていて、
 

 ようやく掴んだと思うと


 隠し持っていた毒で
 私の心をチクリと刺すのだ。





 ────

 風邪薬を飲んで日曜は丸1日眠ったというのに、週明けになっても回復の兆しは無く。仕方なく月火と続けて休んでしまった。近所の病院で診てもらったところインフルエンザでは無いらしく、熱さえ下がれば仕事をしても良いと。


「バカは風邪引かないはずなんだけどな」
「ふー、ふー!」

 2日連続で芳が見舞いに来てくれて。それは多分、風邪の原因が舞美ちゃんだということに、責任を感じているからで。でも、あまり深刻になりたくなくて。お互いにその部分には触れず、ひたすらバカ話をして過ごした。

「『ふー、ふー!』ってお前、盛りのついた猫じゃあるまいし」
「うるさいよッ。それよりなんで見舞品の中に、漫画雑誌が入ってるワケ?!」

「そりゃあ、俺が読みたいからだろうな」
「しかもこのチョイス、喧嘩売ってんの」

 普通はスポーツドリンクとか、ゼリー系のものを選ぶだろうに。コンビニ袋の中に入っているのは缶ビールとチーズ。これガッツリ飲む気だよね?

「いや、こっちは俺専用だ。雅にはこっちをやるから」
「うわあい、抹茶アイスだあ。あとは蜜柑ゼリーにプリンと…」

「おいこら、全部は食えないだろ?どれか1つ選べ。後は冷蔵庫に入れてくるからさ」

 全部、私の好きなものばかりだった。舞美ちゃんの気持ちを考えると、帰れと言わなければいけないのに。風邪を引いて心細いせいか、それとも単に甘えたかっただけなのか、どうしてもそう言えなくて。そのまま芳は当たり前のようにウチに泊まり、朝早く着替えのために自分のマンションへと戻って行った。

 …そして、その次の火曜の夜も。




「芳?!お前ほんとアホなのかッ?普通は彼女を優先するだろうが!!」


 体調が復活した水曜の朝。

 仕事の遅れを取り戻そうといつもより30分ほど早く出社した。すると、パーテーションで仕切られたオフィスの一角から健介の声が響き渡る。なんとなく自分も関わっている気がして、そっと身を隠しながら耳を寄せると、勿論その話し相手は芳で。私は会話を盗み聞きしたことを激しく後悔する。

 …なぜなら昨日は、舞美ちゃんの誕生日だったらしく。前々から予約してあったレストランをキャンセルしたせいで、別れ話を切り出されているのだと。

「あのさ、こう言っちゃ何だけど雅は単なる女友達だろ?お前、マジで優先順位おかしいって」
「だって風邪をこじらせると最悪、命に関わることも有るんだぞ?!祐奈も健介も接待だったしさ、雅には俺しかいないじゃないか!!」

 もう、芳のバカ。そんな風にして私を甘やかすから、期待してしまうんだよ。単なる女友達を、どうして大事な彼女よりも優先してしまうの?なんだか頭の中がグチャグチャで。話を聞かなかったことにして、私はその場を立ち去ることにした。それから休憩室へ向かい、気持ちを立て直そうと考えたのに。


 私は見つけてしまうのだ。

 …彼を。


 最初はよく似た別人であることを願った。でも、背後から課長が彼の名を呼び、それが本人であることを決定づける。

「おはよう!番匠君ッ。今日から宜しく頼んだぞ!!あ、高橋さん!風邪は大丈夫か?」

 2人に向かって同時に話し掛けるから、私と彼も同時に答える。

「こちらこそ宜しくお願いします」
「はい、ご迷惑をお掛けしました」

 久々に聞いたその声にドキリとした。気のせいか記憶よりも少しだけ低くなっているようだ。

 ああ、そうか。
 そうなんだな。

 私を見ても、表情すら変わらないのか…。

 動揺を隠せず、ひたすらその横顔を見詰めていると彼はその唇を私に向けてゆっくりと開く。

「今日から営業部でお世話になるから」
「そうなんですか」

 転職したの?とか、私がここにいることを知ってたの?とか、質問すべきなのかもしれないが。今ではもう、そんなことはどうでもイイ気がして。私は軽く会釈を残し、休憩室を後にした。



 >おはようございます!
 >本日より我々の仲間となる
 >番匠 光正くんです。

 >前職は業界最大手のG&O食品。

 >客先で偶然会ったウチの部長が、
 >惚れ込んだ末に口説きまくり、
 >ようやく引き抜いた逸材です。

 >いいかァ、皆んな。
 >番匠くんの機嫌を損ねるなよ~!


 いつもならば早く終わることだけを願う朝礼が、陽気な課長の声で盛り上がり。更に紹介された本人の登場でフロア全体がどよめく。特に女性達が騒ぎまくっていた。健介以外に無関心なあの祐奈でさえも私に耳打ちしてきたほどだ。

「イ、イッケメ~ン。冗談みたいにカッコイイわねえ。私がもしクライアントだったら、あの顔で営業に来られただけで何でもハイって契約しちゃうわ」

 この日から光正…いや、番匠さんは我が社で注目度No.1の男性となり。そんな彼と付き合っていたなんて言おうものなら『それって妄想だよね?!』と叱られそうな勢いで。触らぬ神になんとか…だと思い、なるべく接触しないようにと決心した数日後のランチタイム。

「…えっと、高橋さん。一緒に食事に行ってもいいかな?」

 何故か向こうの方から接触して来たのである。





 生きていくのは面倒臭い。

 物理的には解決しているのに、
 精神的には未解決のままだなんて。

 恋愛を“物理的”と言って良いのかそこのところは不明だが、実際に私と光正はもう終わっているのだ。別れたことはハッキリしているのに、そこに至るまでの経緯とか事情とか、『じゃあ、仕方ないよね』と思わせる何か付加価値のようなモノを、後付けしたいのだろう。

 そんなの、もうどうでもいいのに。

 しかし、光正はそういう性格の人だから、私に恨まれたままのような気がしてスッキリしないのかもしれない。軽く首を傾げながら瞳の奥を覗き込むと、相変わらず優しさに満ちていた。

「ダメかな?営業部は外回りが多いし、昼に時間が合うなんて滅多に無いから。その、雅とゆっくり話がしたいんだけど」

 ザワザワと遠巻きに声が聞こえてくる。午前中のミーティングが予想外に長引き、私の他にも後片付けを命じられた人間は5~6人ほどいて。そのうちの女性2人は、確実に光正を狙っているはずだ。大振りに手を動かしながらホワイトボードを拭いていると、その作業を奪いながら光正は尚も続ける。

「ランチが無理なら、晩御飯を一緒に食べに行かないか?もちろん雅の都合のいい日で構わないよ」

 あまりにも必死なその姿に、絆されたというか。全身から『俺を許して欲しい』と叫んでいるようで。


「ふふっ」


 …思わず笑ってしまったのだ。

 私が怒ってると思っているの?
 バカだなあ、全然怒ってないよ。


 だって仕方無かったんだよね?入社してスグに転勤の辞令が出て。新しい環境に慣れることや仕事を覚えることなんかで押し潰されそうになったんでしょ?だから負担軽減の意味で、恋愛の方を切った。もし私がその立場だったら、同じ選択をしたかもしれない。直接会って別れを告げるのは辛いから、もう顔を合わせることも無いと思って、自然消滅させたんだよね?

 それは裏を返せば、そこまで好きな相手では無かったということで。誰とでも替えの効く、手軽な恋愛。若いうちにはよく有ることなのだ。

「ランチ、いいですよ。でも、2人きりだと変な噂が流れるので、他にも何人か誘っていいですか?」
「…え?ああ」

「それと、番匠さんは女性社員からとても人気が有るので、誤解されたくないんです。私のことは名前で呼ばないでください」
「うん、分かったよ」


 大丈夫。
 免疫はついていたから。

 芳からの連絡を1年待っていた、あの苦しい時期を乗り越えたお陰で、2度目の失恋は上手く対処出来たと思う。だから、気にしないで。

 …私は心の中でそう呟いて、精一杯の笑顔を光正に向けた。

 
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