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それをしちゃダメなのに
しおりを挟む人はピンチに陥ると、とにかく早く解決しようと思う生き物である。
先生は酔っていた…それも泥酔だ。
つい先程までスイスイ歩いていたはずなのに、まるで電池が切れたかのように突然のOFF。しかも豪快に路上で大の字になって寝ている。いくら小さな商店街とは言え、いつ車が通るか分からないので、私は丸太を転がすようにしてゴロゴロと先生を路肩へ移動させた。
…ふう、問題はこの後だろう。
さすがに女の細腕でこれ以上運ぶのは無理だ。タクシーを配車して貰って運転手さんの助けを借りながら先生の自宅まで連れて行けたとしても、鍵は?…勝手に先生のカバンの中を探ってどうにか開けられたと想定してみよう。
うん、閉めることが出来ないねえ。まさか私が一晩滞在せねばならぬのか?いやいやだって明日も仕事だし着替えたいしお風呂にも入りたいしメイク落としや基礎化粧品はコトリセレクトの拘りの逸品しか使いたくないし
って、ああやっぱりこの案は却下!!
ゼエゼエ…。
なんかもう、それをしちゃダメだと分かってる。分かっているけど他に選択肢は残されていない気がした。なので早々にメッセージを送信する。
>浦くん、
>仕事が終わったら連絡ください。
仮にも恋敵であるはずの富樫先生を、我が家に泊めるなどと。しかもそれを運ぶのを手伝えと。…いや、手伝うどころかほぼメインだな。だって私は非力な女性なのだから。
そんな鬼のような依頼を今から私はするのだ。
「ヒマだなあ」
年季を感じさせる生花店のシャッターにもたれ、ひたすら眠っている先生の隣りでまるでLAにいるかの如く小粋なポーズをキメて立っていると突然先生が覚醒した。
「ゴメンなコトリ!干場のクソ野郎を殴らなくて」
「ん?ああ、いいんですよ。だって先生は副社長なんですもん」
「でも、お前があんな酷いことを言われたのにあの程度の抗議しか出来なかった…。俺、本当に本当に悔しいよォ」
「副社長は社員たちの生活を背負ってるんです。客先でトラブルを起こさない様にするのは当然でしょ?私は大丈夫。あんなのはスグ忘れます」
ここで私はふと気づくのだ。
飲むとどうなるのか分かっているはずの先生が、どうしてソレを口にしたのかを。
「あの…まさか先生、干場さんに歯向かうことが出来ない自分に苛立って…その…お酒を??」
「んあ、そう…、お前、やっぱ鋭いなあ」
本当のことを言うと干場さんにはメチャクチャ腹が立っていて、許すつもりは全然無かった。死ぬまで呪ってやると決心していたほどなのに。
自分の為にこんなにも怒ってくれる人を目の前にすると、なんだか心が浄化されていくようだ。
「ははっ。やだなあ、先生ったら」
「…スー」
って、ここでまた寝るのかいッ!!
酔って丸見えになった先生の“本心”は、あまりにも嬉しくて。ホッコリして思わず笑みを零しているところに、浦くんからの電話が掛かってきた。
「もしもしっ!コトリさん、どうしましたか?」
「んあー、浦くん…」
気付けば、いつの間にか23時になっており。忠犬ウラ公は、閉店と同時に電話してきたようだ。きっとこの後、片付けなども有るだろうから手短に話そうと思っていたのに。どうやら私という人間は、こんな時でも自分の心証をどうにか良くしようと思っているらしく。
他部署の課長に酷いセクハラを受け、それに歯向かえなかった事を恥じた富樫先生が下戸なのにヤケ酒を浴びるように呑み、その結果、泥酔して駅の近くの商店街の中ほどにある生花店の前でかれこれ2時間を過ごしていることをただひたすら話し続けてしまい。
肝心の用件をさあこれから言いましょう。…というそのタイミングで、向こうから怒鳴り声が響いた。
>おいこら浦!いつまでサボってんだ?!
>早く厨房を片付けろっつってんだろ!!
…こっわ。
新見店長って、こんなだったの?
その迫力にビビッた私は、慌ててしまい。
「あの、ごめ、その、でね!迎えに来て」
それだけ言って電話を切った。
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