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いきなり二人きり
しおりを挟む「あれ?もしかして2人、知り合いでしたか」
榮太郎様の問いに私たちは同時に答えた。
「私が以前、教育実習をした際の生徒です」
「わっ、私の恩人ですッ」
端正な顔を微かに緩めて榮太郎様は私に言った。
「恩人?恩師じゃなくて?」
「はい、恩人で間違いありません」
「じゃあ、今晩3人で食事とかどうかな?久々に会えたみたいだし、俺も富樫さんのこともっとよく知りたいから」
勿論、断る理由など無く。
応接室に入った2人にコーヒーを出した後、私は接待ファイルの中から幾つか候補となる店をピックアップする。予約の電話を掛け、もともと入っていた予定を別日へ調整するまでが私の仕事だ。
榮太郎様はここ連日、接待が続いているのでお酒ではなく食事メインの店にしよう。榮太郎様にとっては初対面の相手なのだから、会話が弾むような雰囲気の店がいいかもな。先生の移動のことも考えると駅に近い場所で…。そうして決定したのは小さな割烹料理店だ。
ほどなくして榮太郎様が応接室から出て来て、指示通りに私は各部署のシステム担当に先生を紹介して回る。さすがに勤務中なので仕事以外の会話は控え、それが例えエレベーターで2人きりになってもひたすら根性で耐えていたというのに。
ワクワクとドキドキが止まらない私の心臓を、雑巾のようにギュウギュウと絞る事件が発生。
「うわ~中林さん、本当にゴメン。突然、お祖父様から招集を受けちゃった。悪いけど今晩の食事会、2人だけで行ってくれないかな」
「…はい、かしこまりました」
いや、だって、そんな。
十数年ぶりに再会した人といきなり2人きり?
じゃ、じゃあ延期でッ…とも思ったが、残念ながらあの店は恐ろしいほど小さくて。たった2人のキャンセルでも大打撃だろうから、そう易々と日程を変えるなんて出来ないのだ。
終業後、自社ビルの前で待ち合わせた私たちは、恐ろしいほどのギクシャクっぷりでタクシーに乗り込み、会話の糸口を必死で探していた。私も秘書になって結構長いので、それなりの処世術は身に着けたつもりである。これが初見の社長などであれば衣服などを褒め、気分をアゲアゲにさせた上で当たり障りの無い話題を振るのだが。
だってこの人、私の過去を知ってるし。それもかなり深いところまで知ってるし。今更、上辺だけを取り繕うことも出来ないだけではなく、私、最初から負けを認めてるからね。すんごいキレ者だもん、この人。何もかもお見通しだから、嘘は吐けないもん。
「あ、この店です」
カウンター5席と4人用のテーブル席が2つの小さな小さな割烹料理店。2人だけなので、カウンターを案内されるかと思ったが『お得意様だから』と気のいい女将がテーブル席を案内してくれて。
おしぼりで手を拭きながら取り敢えずビールを注文した。その後、クセになっているのか私は改めて相手の身なりをチェックする。
ん?よくよく見ると仕立ての良さそうなスーツだな。多分これ、オーダーメイドに違いない。腕時計もパテ●ク・フィリップだし。いや、このモデルを前に身に着けていた社長が『200万円もしないよ』とか言ってたから、それに近い値段だってことだよ。
システム業者って、そんなに儲かるの??
そんなことを考えていると、よく冷えたビールが出て来て。乾杯すらせず2人とも無言のままゴクゴク飲み、グラスをテーブルに置いた途端、先生が言った。
「なんだよお前、さっきからジロジロ見過ぎ」
「先生、会いたかったです」
それはもう、反射的に口から出た。再会したら真っ先に伝えようと思った言葉だ。
「ああ、そうか、有難うよ」
「すっごくすっごくすっごく会いたかったです」
「くどい」
「だって、ぜんぜいぃ~」
もしかして冷たく突き放されるかと怯えていたのに、あの頃と変わらないそのぶっきらぼうな口調が私のテンションを上げまくる。
「ああ、もう、本当に成長してねえな。見た目は大人の女なのに、中身はガキのままか」
フッと口元に笑みを浮かべた先生は、胸元のネクタイを少しだけ緩めた。なんだかそれが妙に嬉しくて、私はもっと先生を喜ばせようとお道化る。
「それって、コナン君の逆バージョンですか?」
「アホか。コナン君は頭脳明晰だけど、お前は全然だろうが。比べ物にならねえよ」
「先生はお金持ちになったんですね。身に着けているものが何もかも高そうです。成り上がりですか?成り上がりなんですね?」
「お前、相変わらずフザけてるよな。…俺さあ、一応これでも副社長なんだぞ」
『YMシステムサポート』それが先生の会社だ。Yは富樫裕斗のYで、Mは羽柴満のMなのだと。
その昔、私の自宅に監視カメラを設置したことが有ったが、その設定方法を教えてくれたのが悪友の羽柴さんで。大学卒業と同時に一旦就職したものの、その後で2人揃って起業し、ここ数年でようやく軌道に乗ってきたそうだ。
「ていうかさ、羽柴がイイトコの坊ちゃんでさ、そのコネであちこちの会社から仕事を貰ってる。でなきゃ帯刀コーポレーションのシステム受注とかさ、絶対に俺1人じゃ無理だっつうの」
「そっかあ、じゃあ私は羽柴さんに感謝ですね。お陰で先生と運命の再会が出来ましたから」
食事メインで選んだ店のはずが、緊張と興奮のせいか日本酒なんぞを飲みまくり。結構イイ感じで出来上がってしまった気がする。なのでひたすら私は『スキスキ』言いまくった。…それは勿論、人間としての『スキ』なのだが。
途中で先生から『もう止めておけ』と諫められ、その制止を振り切って飲み続けた挙句、記憶が途切れ。
…目覚めたのは見知らぬ部屋だった。
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