上 下
22 / 45

いきなり二人きり

しおりを挟む
 
 
「あれ?もしかして2人、知り合いでしたか」

 榮太郎様の問いに私たちは同時に答えた。

「私が以前、教育実習をした際の生徒です」
「わっ、私の恩人ですッ」

 端正な顔を微かに緩めて榮太郎様は私に言った。

「恩人?恩師じゃなくて?」
「はい、恩人で間違いありません」

「じゃあ、今晩3人で食事とかどうかな?久々に会えたみたいだし、俺も富樫さんのこともっとよく知りたいから」

 勿論、断る理由など無く。

 応接室に入った2人にコーヒーを出した後、私は接待ファイルの中から幾つか候補となる店をピックアップする。予約の電話を掛け、もともと入っていた予定を別日へ調整するまでが私の仕事だ。

 榮太郎様はここ連日、接待が続いているのでお酒ではなく食事メインの店にしよう。榮太郎様にとっては初対面の相手なのだから、会話が弾むような雰囲気の店がいいかもな。先生の移動のことも考えると駅に近い場所で…。そうして決定したのは小さな割烹料理店だ。

 ほどなくして榮太郎様が応接室から出て来て、指示通りに私は各部署のシステム担当に先生を紹介して回る。さすがに勤務中なので仕事以外の会話は控え、それが例えエレベーターで2人きりになってもひたすら根性で耐えていたというのに。

 ワクワクとドキドキが止まらない私の心臓を、雑巾のようにギュウギュウと絞る事件が発生。

「うわ~中林さん、本当にゴメン。突然、お祖父様から招集を受けちゃった。悪いけど今晩の食事会、2人だけで行ってくれないかな」
「…はい、かしこまりました」

 いや、だって、そんな。
 十数年ぶりに再会した人といきなり2人きり?

 じゃ、じゃあ延期でッ…とも思ったが、残念ながらあの店は恐ろしいほど小さくて。たった2人のキャンセルでも大打撃だろうから、そう易々と日程を変えるなんて出来ないのだ。

 終業後、自社ビルの前で待ち合わせた私たちは、恐ろしいほどのギクシャクっぷりでタクシーに乗り込み、会話の糸口を必死で探していた。私も秘書になって結構長いので、それなりの処世術は身に着けたつもりである。これが初見の社長などであれば衣服などを褒め、気分をアゲアゲにさせた上で当たり障りの無い話題を振るのだが。

 だってこの人、私の過去を知ってるし。それもかなり深いところまで知ってるし。今更、上辺だけを取り繕うことも出来ないだけではなく、私、最初から負けを認めてるからね。すんごいキレ者だもん、この人。何もかもお見通しだから、嘘は吐けないもん。

「あ、この店です」

 カウンター5席と4人用のテーブル席が2つの小さな小さな割烹料理店。2人だけなので、カウンターを案内されるかと思ったが『お得意様だから』と気のいい女将がテーブル席を案内してくれて。

 おしぼりで手を拭きながら取り敢えずビールを注文した。その後、クセになっているのか私は改めて相手の身なりをチェックする。

 ん?よくよく見ると仕立ての良さそうなスーツだな。多分これ、オーダーメイドに違いない。腕時計もパテ●ク・フィリップだし。いや、このモデルを前に身に着けていた社長が『200万円もしないよ』とか言ってたから、それに近い値段だってことだよ。

 システム業者って、そんなに儲かるの??

 そんなことを考えていると、よく冷えたビールが出て来て。乾杯すらせず2人とも無言のままゴクゴク飲み、グラスをテーブルに置いた途端、先生が言った。

「なんだよお前、さっきからジロジロ見過ぎ」
「先生、会いたかったです」

 それはもう、反射的に口から出た。再会したら真っ先に伝えようと思った言葉だ。

「ああ、そうか、有難うよ」
「すっごくすっごくすっごく会いたかったです」

「くどい」
「だって、ぜんぜいぃ~」

 もしかして冷たく突き放されるかと怯えていたのに、あの頃と変わらないそのぶっきらぼうな口調が私のテンションを上げまくる。

「ああ、もう、本当に成長してねえな。見た目は大人の女なのに、中身はガキのままか」

 フッと口元に笑みを浮かべた先生は、胸元のネクタイを少しだけ緩めた。なんだかそれが妙に嬉しくて、私はもっと先生を喜ばせようとお道化る。

「それって、コナン君の逆バージョンですか?」
「アホか。コナン君は頭脳明晰だけど、お前は全然だろうが。比べ物にならねえよ」

「先生はお金持ちになったんですね。身に着けているものが何もかも高そうです。成り上がりですか?成り上がりなんですね?」
「お前、相変わらずフザけてるよな。…俺さあ、一応これでも副社長なんだぞ」

『YMシステムサポート』それが先生の会社だ。Yは富樫裕斗トガシ ユウトのYで、Mは羽柴満ハシバ ミツルのMなのだと。

 その昔、私の自宅に監視カメラを設置したことが有ったが、その設定方法を教えてくれたのが悪友の羽柴さんで。大学卒業と同時に一旦就職したものの、その後で2人揃って起業し、ここ数年でようやく軌道に乗ってきたそうだ。

「ていうかさ、羽柴がイイトコの坊ちゃんでさ、そのコネであちこちの会社から仕事を貰ってる。でなきゃ帯刀コーポレーションのシステム受注とかさ、絶対に俺1人じゃ無理だっつうの」
「そっかあ、じゃあ私は羽柴さんに感謝ですね。お陰で先生と運命の再会が出来ましたから」

 食事メインで選んだ店のはずが、緊張と興奮のせいか日本酒なんぞを飲みまくり。結構イイ感じで出来上がってしまった気がする。なのでひたすら私は『スキスキ』言いまくった。…それは勿論、人間としての『スキ』なのだが。

 途中で先生から『もう止めておけ』と諫められ、その制止を振り切って飲み続けた挙句、記憶が途切れ。

 …目覚めたのは見知らぬ部屋だった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

すれ違わない二人の恋の話

能登原あめ
恋愛
*  本編完結後よりR18、ほのぼのラブコメです。  9歳の時に一目惚れしたアンジーの婚約者になれた僕、ヴァル。  彼女はふっくらしたやわらかい体でいつだってかわいいのに、なんだか自信がないみたい。  政略結婚だからと父上に諭されたり、彼女の妹オーロラが邪魔してきたり、僕の同級生オリヴァーが彼女にちょっかいをだしたりするけど、守るし誤解なんてさせないよ!    二人で幸せになるためがんばるから、僕の真っ直ぐな気持ちを受け止めて!   * コメント欄すべて解放してます。ネタバレ含みますので、お気をつけくださいませ。 * 1話1000字ちょっとでさらっと読めます。 * 全11話+R18シーン含む小話予定。Rシーンにはサブタイトルに*つき。R含まない小話のほうが多くなりました。 * 登場人物の年齢を引き上げて、ささやかに改稿しました('22.01) * ふわっとお読みいただけると嬉しいです。 * 続編が『すれ違わない二人の結婚生活』となっております。 * 表紙はCanvaさまで作成した画像を使用しております。

【R18】ファンタジー陵辱エロゲ世界にTS転生してしまった狐娘の冒険譚

みやび
ファンタジー
エロゲの世界に転生してしまった狐娘ちゃんが犯されたり犯されたりする話。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

最凶の悪役令嬢になりますわ 〜処刑される未来を回避するために、敵国に逃げました〜

鬱沢色素
恋愛
伯爵家の令嬢であるエルナは、第一王子のレナルドの婚約者だ。 しかしレナルドはエルナを軽んじ、平民のアイリスと仲睦まじくしていた。 さらにあらぬ疑いをかけられ、エルナは『悪役令嬢』として処刑されてしまう。 だが、エルナが目を覚ますと、レナルドに婚約の一時停止を告げられた翌日に死に戻っていた。 破滅は一年後。 いずれ滅ぶ祖国を見捨て、エルナは敵国の王子殿下の元へ向かうが──

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。  魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。  つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──? ※R15は保険です。 ※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。

処理中です...