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父からの電話

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 分かっていた。
 ああ、そうさ分かっていたのである。

 浦 拓真ウラ タクマという男が、実に使い勝手が良い男だということを。試用期間の前から既に私のマンションで半同棲状態だったのだから、その生活形態は把握しており、且つ、その性質も知っていた。それは軽く感動するほどに。

 父や兄弟という少ない例としか比べることは出来ないが、彼らと浦くんは余りにも違った。男女の枠にとらわれず積極的に家事を行ない、こちらからの要求も無条件で受け入れ、そして忘れずにそれを実行してくれるのだ。

 一番風呂は私に譲ること。入浴後は必ず掃除をして、洗面所に髪が1本も落ちていない状態を保つこと。エアコンの設定はどんなに暑くても27度以下にはせず、朝は換気すること。食洗器は使用せずにすべて手洗いし、布巾は専用洗剤で毎日洗うこと…等々。

 まるで軍隊並みに細かく指示を出す私に呆れもせず、積極的に従ってくれる。

「だってほら、俺って仕事でも見習いですし。いつも店長の指示を仰いでいるので慣れてます。むしろ気になることを言って貰った方がお互い快適に暮らせるでしょ?」

 同居人がお試し彼氏に格上げされても、やはりその従順さは変わらず。それを『男らしくない』と受け取るのか、『気楽でいい』と受け取るのかは人それぞれだ。

 どうやら私は後者の方だったらしく、言いたい放題で甘やかされていることを実感しつつも、夜は夜で盛りのついた獣みたいに交ざり合う。

「…浦くんて全然セックス下手じゃないよね?なのにどうして元カノは下手って言ったのかな」
「ほ、本当に?俺、ウマイ??」

「うーん、ウマイと言い切るのは抵抗有るけど。でも、下手では無いと思うよ」
「ぐふ、頑張った甲斐が有りました!」

 彼は言った。

 ED状態に陥りながらも勤勉な拓真青年は、ネットや雑誌、DVDなどで情報を収集し、独学で女性を喜ばせる方法を習得したと。

「へえ、頑張ったんだね」
「そりゃもう死活問題ですから」

 一緒にいる時間がなかなか作れないのも、むしろこうして濃密な時間を作り出すスパイスとなり。とにかく怖いくらい私たちは上手くいっていた。

 …その平穏な日常を壊したのは、父からの電話である。

 自慢するワケでは無いが私はかなり頑固なので、例の件が有ってから家族とは疎遠になっており。父との連絡はいつもあの安藤弁護士経由だった。そんな父と、何年ぶりかで顔を合わせたのは、榮太郎様に同伴したパーティーで。代議士や会社社長が多くいるその場所で、父は久々に会った娘にニコリともせずこう言うのだ。

「コトリ、お前は面倒ばかり起こす奴だ。小椋さんの不興を買ったそうだな?ようやく真面目に働き出したかと思えば、すぐにバケの皮を剥がしやがって。いいか、二度と俺に恥をかかせるなよ!」

 小椋??

 一瞬、茉莉子さんの顔が浮かんだが、よくよく考えるとその父親の方だと理解する。そっか、榮太郎様と一緒に自宅まで話し合いに行って、あまりの分からず屋っぷりにキレてしまい、お茶をぶっ掛けたんだっけ…。

 いや、それだけじゃなく、結構汚い言葉で罵り、向こうをブチ切れさせた挙句に包丁で刺されそうになって、でも結局刺されたのは榮太郎様で。

 うん、反省してる。

 榮太郎様にだけは申し訳ないことをしたと心の底から反省しているけど、小椋のハゲ親父にはこれっぽっちも悪いと思っていないんだな。

 会場の入り口で、どこかの社長と歓談していた榮太郎様がようやく解放され。私を目で探していたのを口実に、父から離れてそれきりになったはずが。

 …数日後、父は電話でこう言った。

「コトリ、お前を貰ってくれる男を見つけたぞ」
「それはどういう意味でしょうか?」

 もちろん、結婚相手を見つけて来たことくらい私にも分かっている。しかし、敢えてそれを訊いたのだ。

「自分の年齢を分かってないな、もう28だぞ。知ってるか?女は25歳を過ぎると売れ残ったクリスマスケーキと同じ扱いになるらしいな。いい加減、焦ろうとは思わんのか、まったく」
「おほほ。お父様ったら、ふっる~い。最新データに寄ると女性の初婚平均年齢は29歳という時代なの。昔と今とじゃ全然違うわよ」

 吹雪の中で電話しているのかと思うほど、超荒い鼻息を響かせて父は悠々と話し続ける。

「ブヒュー、それでもあと1年だろうが!!どうせお前のことだから、まともな相手を見つけることは出来んのだろうがな」
「そんなことはありません、第一、私には…」

 父は人の話を最後まで聞いてくれない。ここからは怒涛のブッタ切り話法で進められていく。

「ブヒュブヒュ、そんなことだろうと思ってピッタリの縁談を用意してやったぞ!!安心しろ、お前も知っている男だから」
「えっ?!私の知っている男性って…その…」

 それはイコール、私の派手な異性関係も知っているということでは無いのでしょうか??

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