上 下
40 / 74
~ファンタジー異世界旅館探訪~

【第1章】第29話「出発準備と買出し」(1)

しおりを挟む
「アルヴァーさんは、これからすぐにミラーレでしたっけ……近くの都市に戻るんですよね?」

 優希が昨日聞いていた予定を確認すると、アルヴァーは少し考え込んでから答えた。

「――いや、昨日までとは状況が変わってしまった。急いだ方が良いのには違いないが、そちらにも準備が必要だろう。急な話で驚くだろうが、優希も一緒にミラーレに同行して欲しい」

「え? どういう事です?」

 突然の提案ていあんにテーブルに着いていたほぼ全員がアルヴァーに注目した。榛名はるなちゃんだけはご飯に夢中だった。

「昨日までは、ここの存在を知られないように準備を進めるつもりだった。しかし、深夜、魔術師マギリーストクルアランが来訪らいほうした事によって、この場所の存在が領主に露見ろけんしてしまった」

「にゃにゃ! あの紅蓮グレンのクルアランが居たのかにゃ!?」

「何ですか、その物騒な二つ名!?」

「にゃ? 知らないのかにゃ? 魔獣デモナビーストの群れを森ごと焼き払った事からそう呼ばれるようになったらしいにゃ」

『怖っ! そんな人に刀で戦いを挑んだ自分自身にびっくりだった』

 脱線しそうになった流れを修正するように、アルヴァーは続けて語った。

「その、魔術師マギリーストクルアランによって、私の生存が伝えられるだろうから、こちらの都合だけなら急いで帰還する必要はなくなった。だが、不足がある内に、権力者と交渉しなければならなくなるのは、歓迎かんげい出来るものではない」

「つまり、その不足分をおぎなうために、坊ちゃんに同行して欲しいと?」

 ゲンさんは、料理以外で珍しく、けわしい目つきをアルヴァーに向けた。恵子も心配そうに優希を見ていて、そんな二人を撫子なでしこが好ましい視線を向けていた。アルヴァーは、そんな広瀬館の面々を説得するために話を続けた。

「――そういう事になる。これは出来るだけ早めに、しかもなるべく多く集める必要があるだろう」

「……集めるんですか?」

 優希は、今の時点で何を集めるのか全く見当が付かなかったので、自然に口にしていた。
 これに対しアルヴァーの返答は明確だった。

「そう、この交易通貨コメンサモネーロをだ」

 そういって、昨日、見せた交易通貨コメンサモネーロを再び取り出した。そしてもう一枚、今度は大振りで厚みがある楕円形だえんけいの金の塊らしきものを取り出してテーブルの上に置いた。
 と、それを見たノーチェの耳がピクッとしたかと思うと勢い良く立ち上がって叫んだ。

「にゃにゃ! 王金交易通貨レガオラコメンサヴァルートにゃ! もの凄い大金だにゃ!!!」

 騒がしいノーチェに比べて、優希達は価値が分からなかったので静かだったが、撫子なでしこ瞳孔どうこうが驚きからか大きく開かれたのを見ると、持ち運ぶには大金過ぎるのだろうと思われた。
 その王金交易通貨レガオラコメンサヴァルートを、アルヴァーは恵子の方に押し出すと意外な言葉を口にした。

「とりあえずの宿泊費をこちらで支払っておく。――もし今後、不足と感じたなら追加を用意しよう」

 その言葉にノーチェは卒倒そっとうしそうになったが、何とか踏ん張ると、急に辺りを見回しプルプルとふるえだした。

「にゃにゃ! もしかして、ここは、ものすごーくお高い宿屋ガステーヲだったのかにゃ?」

 その様子の変化に皆が注目していると、ふところを探って、お財布らしい小さな革袋を取り出した。そして中身を確認すると、耳をペタンとさせて小さくつぶやいた。

「そんなに持ち合わせがないにゃ。このままじゃ破産まっしぐらにゃ~……」

 その変わりやすい表情に、皆は思わず表情をほころばせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。

せいめ
恋愛
 メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。  頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。   ご都合主義です。誤字脱字お許しください。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完結】間違えたなら謝ってよね! ~悔しいので羨ましがられるほど幸せになります~

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「こんな役立たずは要らん! 捨ててこい!!」  何が起きたのか分からず、茫然とする。要らない? 捨てる? きょとんとしたまま捨てられた私は、なぜか幼くなっていた。ハイキングに行って少し道に迷っただけなのに?  後に聖女召喚で間違われたと知るが、だったら責任取って育てるなり、元に戻すなりしてよ! 謝罪のひとつもないのは、納得できない!!  負けん気の強いサラは、見返すために幸せになることを誓う。途端に幸せが舞い込み続けて? いつも笑顔のサラの周りには、聖獣達が集った。  やっぱり聖女だから戻ってくれ? 絶対にお断りします(*´艸`*) 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2022/06/22……完結 2022/03/26……アルファポリス、HOT女性向け 11位 2022/03/19……小説家になろう、異世界転生/転移(ファンタジー)日間 26位 2022/03/18……エブリスタ、トレンド(ファンタジー)1位

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

処理中です...