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65・婚約は突然に

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 ここは事務局の一室。
 広い応接室に、続き間としてダイニングが付いている。
 このようなお客さんが来た時に、通すらしい。

 今、その応接室にいるのは、レクラムさん、ティグリスさん。
 アージェンのお父さんとお母さん? 男性が子供を産める世界なのは分かったけど、実際母親になった男性を見ると何とも言えない気持ちだ。
 その後ろに……ご両親のお付の人なのかな? 男性が一人控えていて。

 そして留愛とユース。
 アージェンと俺。…プラス謎の生き物。

 ユースとティグリスさんはそれぞれ、留愛とレクラムさんの後ろに立っていて。

 アルヴィスとフレメンはアージェンのお父さんが持って来た手土産という物を運ぶ手筈をしに行った。

 ダイニングの奥に続くキッチンでは、アージェンのお父さんが連れて来たシェフが昼食の準備をしているらしい。
 神殿を訪ねるのにシェフと食材持参とか。
 なんて用意周到なんだ。



 「では先に婚約証明証の書類を完成させてしまおう」

 事務局の人がお茶を用意して、部屋から下がると、アージェンのお父さんが口を開いた。

 「…父上。まだ、ルキに話しをしていません」

 「としてないのか」

 「想いは交わしましたが、婚約の話はしていません」

 「身体は?」

 「繋げました」

 っ…!? ちょっと?!! こ、こんな所でなんて事訊くんだっ!
 で、なんであっさり答えるの?! アージェン!! 留愛だっているのにっ、俺、恥ずかしいなんてもんじゃないよ? 居た堪れないんだけどっ?

 「なら問題ない。書類だけさっさと書いて、口説くのは後にしろ」

 ア、アージェンのお父さん? なんて身も蓋もない……。

 「…ルキ。突然ですまない。
 俺と婚約をして、この先も傍にいてほしい」

 はっきりとした言葉と口調。
 でも、俺を見つめる紫水晶の瞳は、まるでお窺いを立てる様に不安そうに揺れている。
 そんな表情しないでくれアージェン。
 だって俺も。

 「アージェン、俺、アージェンの傍にいたい」

 「決まりだな、さぁ書け」

 アージェンのお父さんは告白プロポーズの余韻にも浸らせてはくれなかった。
 ま…、まあ、俺もこんな公開処刑みたいな場で甘い空気を出すつもりはないけどさっ。



 テーブルの上に出された書面。

 アージェンの後見人欄には既にお父さんの名前が書かれてある。
 勢いのあるスパンっとした字だなぁ、これは性格が出てるんだろうか?
 俺も気を付けないと、勢いよくスパンっと…? ………怖い妄想は止めよう。

 次に俺の後見人欄にレクラムさんが記入する。

 レクラム・フロラロード

 あれ? レクラムさんの苗字ってこの国の名前なんだ?
 俺の残高確認カードに記載されている国名だよな。
 これは愛国心の表れなんだろうか。
 俺に例えれば、日本 留輝 みたいな?
 それはそれで、レクラムさんの祖先の国への情熱が窺えるな。

 そして当人。
 アージェンと俺の名を書き込む。

 「立会人はどうする。そこの虎は貴族籍を持っていないだろう」

 確かに立会人の欄は空いてるけど…、貴族でないとだめなのか?
 婚約する俺が平民なのに?

 「ユースにお願いします」

 「誰だ」

 「ユース・カウリス。そこにいる彼です」

 レクラムさんが視線で示せば、ユースの方に視線が集まり、ユースは静かに目礼をした。
 ユースのフルネーム、初めて聞いたなぁ。
 確か自己紹介の時は名前しか名乗らなかった。
 で、ユースも貴族なんだ?

 「先日、カウリス伯の嗣子ししとなりました。
 問題は無いでしょう。
 それに彼は、幼い頃から神殿に身を預けている神殿騎士ですので、信頼は出来ます」

 「カウリスか、良いだろう」

 こうして、ユースが最後の記入欄に名を記した事で、俺とアージェンの婚約は成立した。



 「ルキ君、これで君は、僕達の家族になった訳だけど、嫡子である上の子がまだ相手を見つけていなくてね。
 申し訳ないけど、婚約のお披露目は少し待ってほしいんだ。
 でもっ、ルキ君が我が家門ウチの嫁で、僕達の義息子むすこになった事はちゃんと認めているからね、だから僕の事はお義母かあさんって呼んでほしい」

 「はい、ありがとうございます」

 会ったばかりの俺に、こんな言葉を掛けてくれるなんてフォルナさんは気遣いの出来る優しい人だ。

 優しい人なんだけど……。
 義理とは言え男性とは言え『母親』という人と、こんな風に対話をするのは初めてで、どう接すれば良いのか分からないな。

 それにしても、上の子って…アージェン、お兄さんがいたんだ? 他にも兄弟とかいるんだろうか?
 俺、まだまだアージェンの事を知らない。
 これから少しずつでも知っていけたら良いな。

 そんな事を考えていたら、正面から視線を感じた。
 フォルナさん、お義母さんだ。
 どうしたんだろう? アージェンと顔の造りが似ているとは言えない。
 お義母さんは、おっとり型可愛い系美人だ。
 でも……何かをお願いする。と言うか、求める時の瞳がアージェンにそっくりだ。
 濃紫の瞳をウルウルと揺らしている。
 どうしよう? 俺に出来る事なら聞いてあげたいけど、何を求めているのか分からない。
 俺が「?」と首を傾げると。

 「母上を呼んでみてくれ」

 「はぁ…」と、どこかうんざりしたような溜息を吐いたアージェンが、俺の耳元で小さく囁いた。これって多分 母上 じゃなくて。

 「…お義母、さん?」

 だよね。正解だったみたいだ。
 俺が呼んだ瞬間、お義母さんは満足そうな笑顔を見せた。
 それが何とも天上の女神様の様で。なるほど、これは絶氷の悪魔も落ちるな。




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